お題【ロールシャッハ】 【揺れる天秤】 【貧者の一灯】 【焦がれた日々】

 yE gu"I"Lty? : ファンタジー

「人類は善悪の知識の実を手にした」


 そんな見出しが新聞を飾ったのは、もう半世紀以上も昔らしい。

動力源を蒸気機関に依存するこの世界において、初めて作り出された「蒸気以外を命の糧とする」機械。

"彼"はその機能にちなみ、「ロールシャッハ」と命名された。


 人口増加に伴い増える犯罪数、高まる未然防止の声に応えるべく開発された"彼"は、対象とする人間の善悪を判断する機構を有する。

"彼"は犯罪を未然に防ぐ"英雄"として鋳造され、その職務を全うしているのだ。


 ある者は畏敬の念を、ある者は恐怖の念を。また、ある者達は憧憬を。

多くの眼差しを背負う"彼"に、幼少から憧れていた1人の青年がいた。

他の多くの人類と同様、その天秤が正しく執行の判決を下していると、信じ焦がれていた、青年が――。


















 ビルの上を、乾いた風が吹く。大都会を見下ろせる27階建てのビルの屋上。そこに二人の人影が対峙していた。一つの影が……緑のツナギの痩身の男が、ふぅと煙草の煙を風に吐いた。


『yE gu"I"Lty?』


 機械音声が彼に問う。

向かい合う影が……金魚鉢を逆さにしたような、例えるなら宇宙服にも似た姿の"英雄"が……彼に尋ねる。

汝は罪人か、否か。

飽きるほど繰り返し聞いてきたセリフ。

その言葉が、正しく振るわれていると信じていた日々を思い出す。


「……さて、どっちだと思う?」


 向けられた銃口にも、しかし彼の感情は動かない。

"英雄"の顔を覆う金属に刻まれた翼を広げた鷲のような意匠は……今、彼の目に映らない。

否、映ってはいるが、そのデザインは彼にとって、獲物を見下ろす悪魔に他ならない。

その奥に明滅する赤い光を見つめながら、青年は吸っていた煙草を放り投げ、隠し持っていたスイッチを入れる。


 刹那、蒸気がツナギから吹き出し、可変機構が青年を覆った。

エンジニアであった父親の残したスケッチを元に作り上げた、パワードスーツ。

従来の蒸気機関を数倍上回るジェネレーターを内蔵し、かつほぼ瞬間的に身に纏うことのできる戦闘兵器だ。

……父親が、"英雄"に悪と見做された、その理由の武器だ。


『……"I" condEmns』


 "英雄"は、罪人を補足した。

続く、判決の言葉――。


『yE gu"I"Lty』


 汝は罪人なり。

その宣言と同時に、"ロールシャッハ"は背部装甲に搭載された推進補助装置を起動。

構えていた銃を乱射しながら、接近する。

青年は全身を覆う蒸気機器を操作し、比較的装甲の厚い右腕で銃弾をいなしつつ、衝撃に備えた。

大型車に撥ねられたような衝撃、直後金属同士がぶつかった甲高い音。

上げられたガード、空いた腹部。

その空白に、"ロールシャッハ"が拳を叩きつけた。

再び空に響く、スーツの悲鳴。

――蒸気機関特有の出足の遅さが、完全に裏目に出ている!

"英雄"の瞳の奥で、融合炉が妖しく緑色に揺らめいた――。


「――なあ、英雄殿よ」


 辛うじて。

辛うじてだ。

青年は血の流れる口元を拭うことさえできないまま、"英雄"に対峙する。


 結果は見えていた。

如何にあがこうと、"正義"には届かない。

それは彼が、犯罪者と断罪された男の息子だから。

――彼が、悪だから。


 届かない刃を、それでも振るいたかった。

政治犯の息子として奪われた全てを、その断罪者に突きつけたかった。

……かつて正義と信じた"英雄"に、あるいは信じていた事実を……あるいは、振るわれた鎚の真偽を問いたかった。


「俺はエンジニアだ……近隣の病院の……患者の生命維持装置の……」


 絶え絶えな息、呟くような言葉。

"英雄"は、その無機質な瞳を彼に向ける。


「ジェネレーター……俺の心拍数に……左右される……」


今、彼が掲げたのは疑問の一灯。


「なぁ、人質の有無を……確認すらしないお前は本当に……正義なのか?」


 機械的な判断、その一刀に切り伏せられた者達の代弁。

積み重ねられた「悪」達の、魂の声を青年は呟いた。

"ロールシャッハ"の……判断機構の天秤を揺らそうとしたのだ。

――かつてその"正義"に焦がれた日々の、憧れのゆえに。


 青年を見下す、その顔の悪魔の奥に赤々とセンサーを灯し……"ロールシャッハ"は数秒、その動きを止めた。


















『……noPE."I" "I"s onLy stagE sEt."I" "I"s not HEro』


 舞台装置ゆえ、"正義"は不要。

その無機質な機械音声が、掲げられた一灯を吹き消した。

直後青年を、正義の鉄槌が貫く。

紙の様に易々と侵入を許す装甲……避ける力すらない彼を"ロールシャッハ"は断罪した。


「クッソ……」


 賭けには――。

続く言葉を紡ぐ命の灯火も、勢いを失う。

振り抜かれるままに、青年は……父の遺産と共に、ビルの屋上から投げ出される。


 その灯の消える数秒。彼の瞳が捉えた"ロールシャッハ"の顔。


 "英雄"を義務付けられた"舞台装置"の顔の、獲物を見下す悪魔が……ほんの一瞬だけ、血の涙を流す有翼の……さながら――。






 ――gamE ovEr.

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