お題:エアー・キル

『殺す者は裁かれる。しかし、その意思を持った時点で……あなたは心の中で殺人を犯すことになるのです。神の御前においては――』


 透き通るほどの青空と、冷たいコンクリートの屋上の間に挟まれながら、彼はぼんやりとラジオの声に耳を傾ける。緩やかに流れる雲を、うららかな三月の日光が、ただ瞳に映っては流れ、流れては消えていく。

 ……確か二十一世紀初頭の、クリスチャンの集会で語られた言葉だとラベルには書いてあった。


 ――皮肉な言葉だった。

肥大化した人間の欲望が、ついに頭蓋を超えて現実にまであふれかえってきた、この世界においては……皮肉以外の何者でもない言葉だった。

















「またそれ、読んでるの?」


ひょっこりと覗き込み、耳元で誰かが呟く気配。うんざりして目を上げた僕の視線は、純然たる好奇心の瞳に絡み取られた。図書室だというのに遠慮する気配すらない目の前の幼馴染に、僕はいつものように溜め息を返す。


「悪いかよ、放課後に図書室で本読んで」

「んーん、好きなんだなって思ってさ」


背中で手を組んで、彼女は胸を少し反らした。中学生になってから、なぜだか今までより彼女に「女」を感じる瞬間が増えた。だからと言って、どうこうできるわけじゃあない。彼女は、幼馴染。それ以上でもそれ以下でもないのだから。


「今度、映画化するんだってね」


話しながら、彼女は自分のカバンを図書室の床に置こうとすらしない。きっと、僕が本を片付けて帰路に立つのを待っている。


 ――いや、そんな都合のいい想像をした自分に腹が立つ。そんなわけがないのだ。彼女はクラスの人気者で……。

















「わり、先帰っててよ。僕は行くとこあるし」


そう、見えてしまったのだ。図書室の入り口で彼女を待つ、クラスメイトの女子が。その嘲りと好奇心が入り混じった、悪意の視線が。だから、彼女を振って……カバンの中に、つい先ほどまで読んでいた本を押し込んで……僕は学校の屋上を目指した。


 誰にも知られず、死ぬために。

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