第4話 格好悪い俺と、格好良い俺

 街道を丸一日歩いた俺は小さな橋が架かった小川で野宿する事にした。あと半日ほど歩けばイーストクロスに着くはずだが、夜歩くのは危険だから止めておく。


 俺は不老不死じゃ無いからな。


 野宿をする時、特に寒くなければ俺はそのままの格好で眠る。これは周りを警戒してと言うよりも面倒だというのが一番大きい。俺は川で水浴びだけして岩陰に腰掛けた。街道からは影になって見えない場所だ。ピヨールは俺の板金鎧の上が気持ちいい様で、軽くイビキをかきながら寝ている。


 犬ってイビキかくのか。


 そう言えば、ピヨールは出会ってから一度も糞やおしっこをしてない。勇者になると不老不死と共に神的な存在になるからそう言うものが必要なくなるのかも知れない。さらに言うならメスと交尾したくなるという事も無いのかも知れない。ピヨールは子犬だから元々関係ない可能性もあるが。


 そう言えば勇者には子孫はいない……何かそのあたりに裏がありそうだが、こればかりはなってみないと分からない。


 確かに勇者の伝説では姫に求婚されてもそれに答える事なく旅立っている。世界を救う旅を続ける為という理由になっているが本当は違うのかもな。


 俺、勇者にならなくて良かったかも。


 辺りが徐々に暗くなる中、月だけが夜空に輝いていた。月より星が見える方が俺は好きだが、そんな薄明るい夜の中岩の向こうにある橋を馬車が走り抜けて行った。


 夜中に馬車で走るなど危険極まりない。まあ、そんな事は分かっていてやっているのだろうが……急ぎの用件か、逃げている途中か……いずれにせよ俺には関係ない。


 その馬車が走り去ってすぐに合計8頭の馬が後を追うように橋を渡った。


 あれは盗賊だな。蹄の音を聞いていればなんとなく分かる。


 こんな夜中に走っていれば盗賊に狙われて当然だ。橋の先は右に曲がっていて先が見えにくいから馬車だとやばいかも知れんな。


 ガガッガラガガッ!!


 何かが土手を転げ落ちる音が響いた。


 やったか……。


 ピヨールがその音で目覚めて顔を上げる。そして尻尾を振り出した。なんだかやる気満々の瞳が月明かりに照らされている。そしてほんのりと輝きだした。


 「お前、行きたいのか?」


 俺の問いにピヨールが即答する。


 「ワン!」


 仕方ない勇者様が行くと言うのだ。これではどちらが主人か分からんな。俺はまだ少しだけ濡れている髪をかきむしり、いつもの兜を被る。月明かりを頼りに街道にでるが、先の様子は暗くてはっきりしない。


 「お前、光れるか?」


 「ワン!」


 俺の肩にいるピヨールが吠えると、辺りが昼間の様に明るくなった。


 何でもありだな。


 俺は走った。行くと決めたからには全力でやらないとこっちが怪我をする。馬車は予想通り街道の曲がり角で見つかった。馬車の周りには8人の人影があり、こちらを見て驚いている。


 魔物だとでも思ったかな?


 どう見ても盗賊のそいつらを俺は近い者から順に斬りつけた。


 俺がお前らなんかに殺られるか。


 最後の1人が構えるよりも速く俺はそいつの喉元を貫く。


 本当は喉を正面から斬るのは良くないんだがな。


 相手の剣でこっちが怪我する可能性があるからだが、相手が構える前ならありだ。それに相手がこちらよりも土手の下側にいたので高さ的に丁度良かったのだ。突き刺した剣を引き抜いて起きてくる奴がいないか確認する。


 全部やったな。


 警戒をしたまま土手を下ると木に引っかかっている馬車を見つけた。盗賊がモタモタしていたのはこのせいか。完全にひっくり返った上に、ぶつかって倒れたっぽい老木が両方の扉をふさいでいる。


 この老木、動きそうに無いな。


 俺は馬車に剣を突き立てテコにして老木を押し上げた。重いが何とかなりそうだ、さらに力を込める。


 ガキーン


 うそ! やっちまった! 俺の剣が握りの少し上の部分から折れた。長年使って傷んではいたが折れるとは思っていなかった。


 数打ちだが気に入っていたのにな。


 俺は切れ味より重さと頑丈さで剣を選ぶ。斬り合う度に細かな手入れなどしてられないからだ。この剣はそう言う意味でいい剣だった。明日、新しいのを買いに行くしかないか。次はもう少し勇者っぽいのを買おう。


 「ワン!」


 俺の肩の上でピヨールが吠える。


 こいつ、ずっと肩の上にいたのか? なんで落ちないんだ。


 結構、余裕な感じで楽しそうに肩の上で吠えるピヨール。しがみついていない事を考えると、多分これも神的な何かなんだろう。光り輝くピヨールを眺めていると手元の変化に気がついた。


 「ひ、光ってるぞ」


 そう、さっき老木の重さに負けて根元あたりから折れた剣が元どおり生えていた。しかも光っている。折れた剣先はまだ馬車に刺さっているからこれは新たに生えてきたという感じだ。


 「光ってるぞ」


 俺は自分に言い聞かせるように同じ言葉を口にした。


 俺はその光る剣をそっと老木の上にあてて力を入れた。


 ズドォーン


 俺が剣を動かしたままに老木は切れ、真っ二つになって馬車の上から土手の下までずり落ちた。


 切れすぎだ。


 だが前の長剣以上に手になじむ。勇者の武器って勇者が自分で作っていたのか? 勇者に自分の武器を作る能力があったとして、このピヨールがその武器を自分用ではなく、俺が使いやすい剣として作ったという事は、この犬の勇者は自分で闘う気は全くないということか。


 俺はお前の護衛じゃないぞ。


 「ワン!」


 ピヨールが元気に振る尻尾が俺の兜の後頭部をペシペシと叩く。


 何故喜ぶ? まあ、これはありがたく頂いておくことにするか。今後、ピヨールの期待に応える事への前払いの報酬として。光る剣は鞘に収めると普通の剣のようになった。一体、何の素材でできているのか。明日明るくなったらもっと良く確かめるか。そうして俺は、邪魔な老木が無くなった馬車の扉を開いた。


 馬車の中は真っ暗で何も見えない。俺は身を屈めてピヨールの光で中を照らした。中には数名の人影がある。服装からすると女の様だ。


 「生きてるか?」


 俺は中の連中に声をかける。しかし、中から返事はなかった。俺はピヨールをつかんで中をくまなく照らす。

 「貴族か?」


 中には2人の女がいた。どちらも意識が無いか既に死んでいる様だが、着ている服が身分の高さを表していた。見ただけで分かる良さげな生地の服だ。何という素材なのかは知らないが少し光沢のある滑らかな生地だ。


 金がありそうだな。持ち金全部、決定事項だからな。


 俺は馬車の中に降りてからそれぞれの首元と手首を触り脈を取る。どちらも弱いが脈はあった。


 2人いるから2人分の持ち金という事になるな。


 俺がピヨールを女の胸の上に置くと、ピヨールが強く光る。もう一人の女の上にもピヨールを乗せて治療する。治療後に2人の脈を計ると消えそうだった脈が強くなっていた。俺は横倒しの馬車の天井部分を新しく手に入れた光の剣で斬り裂いて出口を作ると、2人を馬車の外へと運んだ。土手の上まで運ぶのは面倒なので転がる老木にもたれる様に座らせる。


 目を覚ますまで待つか。新たな野盗や魔物を一応警戒しながら俺は女達の前に腰掛け少し眠る。が、少しのつもりががっつり寝てしまっていた。昨晩寝ている途中で起こされたのが原因かもしれない。高く上がった太陽が倒れた老木のお陰で日当たりのよくなったこの場所に直接降り注ぐ。俺がその日光の眩しさで目覚めると2人の女の姿は無かった。


 2人分の全額……貰いそびれたな。


 これは格好悪い。旅慣れていると思っていた俺が、周りの気配を感じられなくなる程、野宿で眠ってしまうとはな。女2は俺の事を間抜けな盗賊とでも思ったのかも知れない。


 俺はやれやれと立ち上がり俺の胸の上で寝ていたピヨールを肩に乗せて街道へ戻る。一応、馬車の中を確かめたが金目や食糧になりそうな物は一つも無かった。女達が持って行ったのか初めから無かったのか。まあイーストクロスで買う事になりそうだった剣は、このピヨールのおかげで買わなくてすんだのだ。そう考えれば損はしていない。この剣はすごそうだからな。


 俺は昨日寝ていた小川の橋まで戻り、橋を渡って街道を進んだ。急いでいるつもりは無いがピヨール効果でどんどん歩く速さが上がっていくのを感じる。快調に歩いていると前方で人だかり出来ていた。5人ぐらいの男達と昨晩助けた女と同じような服装の2人の女だ。


 まだこんな所に居たのか。


 女2人で夜の街道を歩いたら朝までかかってもこんなもんなのかも知れない。何処かで明るくなるのを待ってから移動を始めた可能性もあるか、そんな事を考えながら近づいていく。男たちの顔がはっきりとわかるまで近づくと男の中の何人かが俺に気づいて振り返り身構えた。手には小型のクロスボウを持っている。


 また野盗か?


 よく襲われる2人だな。今回も助けるとは思うなよ。俺はそのまま近づきクロスボウをもった男達から目を逸らさずに横を通り過ぎた。


 「お待ちください!」


 まあ、そうなるか。


 女が俺を呼び止める。


 「うるせえ! 勝手にしゃべんな! てめえも、さっさと行きやがれ!!」


 女達を取り囲んだ男が女と俺を威圧するように交互に睨む。どうやら、こいつらは人さらいの様だ。何人かが縄を手に持ち、女たちの様子を伺っている。商品を傷付けたく無い様で、それでモタモタしているのであろう。逆に声をかけて来た女の方が野盗を殺る気まんまんだ。手にナイフを持って男達を威嚇している。だが、それも時間の問題だ、野盗達が傷をつけてでも捕らえると覚悟を決めたら女に勝ち目はない。だがその女は自分の体を盾にして後ろの女を護ろうとしている様だった。


 「ワン!」


 ピヨールが吠えた。仕方ない助けるか。


 「2人を見逃せ。そうすれば命は助けてやる」


 俺はここまできてやっと格好良い俺を取り戻した。

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