第7話 俺がこの世でもっとも苦手なロンダ

 厄介事は店の入口に立っていた。俺はその姿を見て自分の考えの甘さを後悔した。


 「すまん、俺は先に帰る」


 「いや、ちょっと待て、私は金を持っていない」


 確かに。馬を売った金は俺がまとめて持っていた。俺は懐から財布ごと取り出すと無言でアンに渡す。金もある、ピヨールはマリアの腕の中に居る。アンは剣を持っている。


 「よし、俺が居なくても大丈夫だな」


 アンとマリアは意味が分からないと言う顔をしている。だが今の俺にそれを説明している暇はない。


 「……すまん」


 その言葉に全てを込めて俺は店の入口に向かう。厄介事が店の入口に陣取っているのは分かっているので、顔を逸らし視線を合わせない様に横を通り過ぎる。


 「待て」


 厄介事が俺を呼び止める。俺は聞こえないフリをして店を出た。


 が、直ぐに引き戻された。


 「待て待て」


 そのまま厄介事の前に引っ張られる。相変わらず凄い力だ。


 「ピヨール。探していたぞ!」


 「俺の名はアレク、アレクサンダーだ。人違いだな」


 両肩を掴まれた俺は身動きが取れないので、必死に首を捻って視線を逸らし続ける。


 「いやいやいや、お前はピヨールだ。俺がそう言っているんだ、間違いない。お前達もそう思うだろ?」


 厄介事が店にいる客達に大声で叫ぶ。客達は戸惑いながらも返事をする。


 「ええ」


 「そうですね」


 「姉さんの言うとおりで」


 「はい」


 客だけでなく店員も返事する。


 「顔を見せろ」


 俺は俯く。


 「相変わらず照れ屋さんだな。いいから顔を見せろ」


 片方の手が肩から離され俺の顎に触れると、俺の顔はいとも容易く正面に向けられた。


 「ほら、やっぱり俺の可愛いピヨールじゃないか。わざわざ嘘をつくとは相変わらず面白いなお前は」


 顔は笑っているが肩に込められている力は尋常ではない。


 「ひ、久しぶりだな。ロンダ」


 「ロンダじゃないだろ? お姉ちゃんだ! ちゃんと言うまで許さないぞ」


 俺の顎の骨がきしんでいる。ピヨールは助けに来ないのか。


 「そこまでだ! 手を離せ」


 ピヨールではなくアンが来た。俺の肩にあるロンダの手を掴んだようだ。


 「アン、や、やめろ」


 「アンだとぉ? 何だその馴れ馴れしい態度は! お前! ピヨールの何なんだ!? ま、まさか! 女? ピヨールの女なのか!?」


 ロンダは俺の肩から手を離し自分の顔に手を当てる。肩が自由になったが顎をつかむ手の力だけで俺は動きを封じられていた。


 「ピヨール? それは犬の名だ。彼はアレクサンダーだ。そして私は彼の連れ、騎士のアスタルテと言うものだ」


 ロンダは俺の顔を自分の顔の近くまで持ってくる。


 「お前、どう言う事だ? 俺がつけてやった名前が犬の名前だと? ちゃんと説明してもらおうか」


 ……俺は逃げるのを諦めた。


 俺たちは元の席に戻される。一番奥の壁際の席に俺、その隣にロンダが座り俺の逃亡を阻止する。アンとマリアは反対側に並んで座り、ピヨールはマリアの膝の上に居る。


 ロンダは3年前から毎日この店に来て、この席で閉店まで居座っていたらしい。目的は俺だ。俺がこの店を気に入っていたことは俺が姿を消した後にルネから聞きだしたらしい。


 あいつめ……剣と鎧の金はこれでチャラだ。


 アンが俺とロンダの関係を聞いてきた。俺の事が心配と言うのではなくロンダの素性を知りたいのだろう。俺はアンにロンダの事を説明した。


 俺には家族が居ない。よくある話だがいつ何処で生まれたのかも知らない。ただ、運良く俺は山間の村アンデーヌの教会に拾われた。その教会には俺以外にもう一人、子供が拾われていた。それがロンダだ。牧師のマルテン夫妻には子供がおらず、身寄りのなかったロンダを引き取ったのだと言う。だが慈善活動として孤児を引き取れるほど裕福ではなかった為、ロンダを我が子として引き取ったらしい。


 そのロンダだが、家計を助ける為と言う理由で周りの山々に入り狩りをしていたらしい。最初は木の実やキノコを集めるだけだったらしいが、10歳に満たない頃には鳥やイノシシや熊を狩ってきたと言う。さすがに熊は嘘だろう。俺はそう思っていたのだが、ロンダの胸にある3本の傷を見ると本当なのかも知れない。


 ある日、ロンダが狩りに出かけた時に山の麓で俺を見つける。俺は岩陰に隠れていたらしい。


 俺は昔から岩陰が好きだった様だ。


 俺に話しかけると、自分の事を何も覚えていないとロンダに言ったらしいが、その出会いについても俺は覚えていなかった。ちなみに、俺の一番古い記憶はロンダに殴られている記憶だ。


 「ピヨール!!」


 と大きな声で怒鳴られながら俺は狩りを手伝わせられた。後からマルテン婦人から聞いたのだが、俺を家に引き取りたいとロンダがお願いしてきたらしい。


 「この子は私が育てます。狩りも教えます。だからここにおいてもらえませんか?」


 マルテン婦人は狩りなどしなくても良いと言ったが、ロンダは自分のワガママだから迷惑はかけたく無い。と言って聞かなかった。


 その日から俺はピヨールになった。


 ロンダは俺に自分が身につけた狩りの方法を全て教えてくれた。それはまさにロンダ流という感じの自己流の方法だが、動物や魔物よりも鋭いのではと思う野生の勘で次々に獲物を仕留めていった。


 もちろん俺にはそんな勘は無い。いつも狩りの足を引っ張っていたが、他に生きる術のなかった俺は必死に食らいついた。


 常にロンダの後ろについて歩いていた俺を、村の人は暖かく接してくれた。ロンダの弟として。


 ロンダはその美しい顔立ちに似合わず、恐るべき肉体の持ち主だ。村の老人達からは何でも運んでくれると好評だったが、同年代の若者や年下の者達からは恐れられていた。


 俺もロンダを恐れていた。


 恐れてはいたが感謝もしていたし、家族と言うか仲間だと思っていた。俺の体が大人になってきて一人でも狩りが出来る様になりロンダと狩り勝負をする様になったある日、俺にひとつの思いが浮かんだ。


 勇者にならねば。


 それは思いついたと言うよりは思い出したと言う感じだった。その日、ロンダにその事を話すといつも通り殴られた。


 「俺に狩りで一度も勝てないお前が、勇者になるだと!? ふざけるな!! それにまだ、父さんと母さんに受けた恩も返せていないだろ! もちろんお姉ちゃんであり、師匠でもある俺にもな!!」


 一晩中殴られたが俺の決心は変わらなかった。殴られ続ける俺を助けてくれたマルテン夫妻は、自分たちのことは気にするな、自由に生きなさい。それが私たちへの一番の恩返しだと言ってくれた。


 俺はしこたま殴られた次の日、教会を旅立った。ロンダには必ず帰ってくる様に約束させられた。


 まあ、それから10年、一度も帰っていないのだが……。


 俺が旅立って数年が経ち、俺を待てなくなって毎日イライラしているロンダに俺を探してきて欲しいとマルテン夫妻がお願いしたらしい。


 イライラをすべて狩りにぶつけていたロンダのせいで、村人から山から動物がいなくなったと苦情が来たのだ。魔物がいなくなるのはいいのだが動物までいなくなるとそれはそれで困るらしい。


 そして、ロンダは俺を追ってアンデーヌの村を旅立った。


 俺は何故か東に行かねばならないという気がしていたが、旅をする為の金が無かったのでアンデーヌの村から南にあるルルド領に向かった。コリントスで賞金稼ぎになる為だ。ロンダのお陰で狩りの自信はあったので、しばらくルルド領のマセの街で魔物や動物を狩って稼いでいた。ルネと知り合ったのもこの頃だ。


 結局、俺はマセの街に3年程居続けた。最初の1年で俺の旅の金は貯まったのだが、ルネが店を出す為の金には全然足りなかったので、それが貯まるまで付き合ったのだ。


 俺はそんなに急いで無かったからな。


 その頃、実は俺とロンダはどちらもマセの村にいたらしい。ロンダは金もない俺がコリントスに向かうだろうと村を出て真っ直ぐマセに向かったのだ。俺の行動は見透かされている。


 だが、その頃俺はコリントスでの狩りにも慣れて長期の依頼を受けていた。それにピヨールと言う名前が嫌で、ルネ以外には偽名を使っていたからロンダの聞き込みは成果なく終わり、ロンダは一旦、マセを離れた。その数か月後、依頼の賞金でルネは店を出す。路地裏の小さい店だったが、今はその何倍もある。


 ルネと別れた俺はマセから東に向かった。へレーン王国の東の端に勇者の伝説がある事は誰もが知る話だ。俺は一応の目的地をそこに決めて東に向かっていた。イーストクロスまであと数日と言うところまで来た時、俺に電撃の様にある思いが働いた。


 このまま東に行くのはやばい。


 マセでの賞金稼ぎの仕事のお陰か、俺には全く無いと思っていた野生の勘だった。初めての感覚で、どうするか迷ったが結局、俺は背筋を走ったその感覚に従う事にした。結局、その感覚が無くなるまで西に引き返していたらマセまで戻ってしまった。


 さすがにへレーンから外に出るのは嫌だったので、少しでかくなっていたルネの所に出向き事情を説明して泊めて貰った。昼は隠れて夜だけドラゴン亭に通うと言う生活を続けたが、寒気は減るどころか徐々に増していったので俺は思い切ってマセを出る事にした。ただし東にではなく、一旦北に向かいそれから東に向かったのだ。


 運が良かった。どうやら、その直後にロンダはルネの店に立ち寄っていたらしい。


 そこまで来てロンダは狩りを我慢できなくなる。俺を見つけるよりもその思いが先立ち自分も賞金稼ぎになった。1年も経たないうちに凄腕の賞金稼ぎとしてロンダの名は知れ渡る。


 当然、ルネの耳にもその噂が入り、難しい狩りを依頼したらしい。ルネはロンダが持ち帰った獲物を見て、驚いた。その狩り方や処理の仕方が俺と同じだったからだ。そこでルネは俺の名を出してしまう。


 「ピヨールみたいだな」と。


 その瞬間、ルネはロンダに殴り飛ばされたらしい。前に来た時に知らんと言っただろう、俺に嘘をつくとはいい度胸だと。ルネは俺の事を全て吐いた。ロンダは自分に出会った事を口止めさると、それから毎日、昼は狩りをし、夜はドラゴン亭で俺が来るのを待ち続けたらしい……3年間。


 俺とロンダの話を聞いて、アンとマリアはロンダに正式に挨拶をする。そして俺に命を助けられミノアに向かう途中である事も告げた。ロンダはそれを聴いて昔の様に俺を抱きしめた。それを見た他の客がどよめく。店員は運んでいた料理を器ごと床に落としていた。


 「ピヨールの癖に! 人助けなどと生意気だ!!」


 脇腹の柔らかい所を殴りながらロンダは上機嫌だ。そして席を立つと高々と宣言した。


 「こいつは俺の弟ピヨールだ! そしてこの2人はミノアの王族だ! 国を乗っ取られて逃げている所を弟に救われたらしい! 俺は弟と共にミノアに向かう! 賞金稼ぎどもよく聞け!! もし俺の弟やこの2人の命を狙う者がいたら、俺がそいつを死ぬよりも辛い目に合わせてやる! 分かったな!!」


 ロンダはそう言って笑った。

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