第6話 何故か俺の嘘はすぐばれる
普通なら1日に100km進んでも、イーストクロスからルルド領に入るのに5日はかかる。
だが今回は違った。ピヨールがいるのだ。
勇者の伝説で良くある千里の道を1日で渡ったと言うのは嘘では無かった。馬が疲れない方法を見つけたのだ。それに気がついたのはイーストクロスを出てすぐの所で、馬に乗り慣れないマリアがお尻を痛がって休憩せざるを得無かった時だ。お尻にピヨールを付けるのはどうかと思ったので、再び頭の上にピヨールを乗せる。犬が怖いらしいマリアは恐怖で硬直していたが、テンションの上がったピヨールがマリアの腕の中に飛び込んだ。
反射的にピヨールを掴んだマリアの手がピヨールのお腹をまさぐると、それが気持ち良かったのだろう、ピヨールが漏らすように鳴いた。
「クゥゥーン」
そして光った。強くは無いがその光は広範囲に届きマリアだけでなく俺やアンの疲れも癒された。
「よし、マリアにはそのままピヨールを抱き続けてもらおう」
俺の提案にマリアは顔を青ざめて抗議する。
「だが急いでいるのだろう?」
俺の言葉とアンの説得によりマリアは渋々頷いた。俺とアンは手綱を持って馬を操るから、ピヨールの腹を書き続ける事は出来ない。アンの後ろでしがみ付いているだけのマリアならそれが可能だ。
身体をアンと縛りつけたらと言う前提だがな。
マリアはアンと背中合わせになって縛りつけられる。半泣きになりながら後ろ向けの恐怖と犬の恐怖に耐え続けるマリアは。アンの馬が俺の前を走るたびに俺を睨みつけてくる。
まあまあ、そんなに怒らんでも。
だが、その手に抱かれたピヨールは相変わらず至福の表情だ。
おっさんよりも若い女がそんなにいいのか。
俺たちはそうやって全く疲れ知らずで走り続け、伝説よりは遅いが通常の半分以下の時間、たった2日でルルド領に入った。
王都のような関所は無いが街道の周りに広大な田園が広がるとそこはルルド領だ。反対側の王国とコリントス自治区との境界には長い塀と砦があるが国内側には特に領地を隔てるものは無いのだ。
ルルド領の領主であるルルド家では、代々、不要な関所は商いの邪魔にしかならないと言う考えがあるとか無いとか。王国だけでなくコリントス自治区にとっても重要な食糧生産地なので国境の砦以外に関所等が無くても大きな問題は起きにくいのである。
コリントス自治区に入る前に俺たちはルルド領の中心にある街マセでいろいろと準備をする事にした。俺やピヨールがいるとは言え、準備も無しに入れるほどコリントスは甘くはない。
俺たちはマセの町の入口で馬を降りた。ピヨールを光らせたまま街には入れないからな。ここまで頑張ってくれた馬を引き払い、その金を宿代と旅支度の装備代にすることにした。コリントス自治区に武器や防具を持たずに入るのは危険すぎるからだ。
馬は思っていた通り、まあまあの高値で売れた。これならましな装備を揃えることができるだろう。
マセはコリントス自治区と直接接している町であり、町の西側には国境の砦がある。砦の近くには多くの宿と武具を取り扱う店が並んでいる。砦で待たされる為と身を守る装備の購入、または不要になったり壊れてしまった装備の売却、修理が行われるのだ。
俺たちは先に宿を決めてから装備を揃える事にした。買いに行くのは俺とピヨールだけだ。女連れで行くと甘く見られて吹っ掛けられるのだ。マリアはすぐに納得してくれたがアンは不服な顔を隠せずにいた。
「私は騎士だ! 女である前に騎士なんだぞ!」
いやいや俺に言われてもな。だがアンは行く気満々だ。俺は普段使わない頭を使う。
「マリアを連れて行くのは危険だ。だがここに1人で置いて行くわけにもいかない。アンにマリアを守ってもらいたい」
と説得してみた。それを聞いてアンは何も言えなくなってしまったようだ。
「どんな剣が使いやすい」
俺が聞くとアンは真の騎士は剣を選ぶような事はしないと睨みつけて来た。このままこいつらをここに捨て置いて出て行こうかという考えが俺の頭を過ぎった。
「ワン!」
馬を降りてからもずっとマリアの腕の中で腹をかかれているピヨールがこちらを見て吠えた。
こいつ俺の考えている事がわかるのか?
「ワン!」
わかるのか……と言うかお前もマリアと一緒にいるのか。まあいい、アンがいると言ってもナイフしか持っていないしな。
俺は1人で町に出た。
マセの町に来たのは3年ぶりぐらいだが特にどこも変わった様子は無い。見慣れた道を進み、表通りの店ではなく裏筋のボロい店に俺は入った。
「ルネは居るか?」
店内で皮装備の修理をしている男に尋ねる。
「店長は今、店にはいません。でももうすぐ戻りますよ。お待ちになられます?」
職人の割に愛想が良く丁寧な喋り方の男に俺は頷いてルネを待つことにした。ルネは昔の仲間だ。コリントスで出会った。俺は旅の資金を、ルネは店を出す金が目的だった。ルネはうまく店を出せたうえに、今も上手くやっている。俺は自分が勇者になれなかったことをルネにどう説明するか悩んだ。
まあ正直に言うしかないな。
時間を潰すために店先に立てかけられている剣を見る。
「これ、振ってもいいか?」
職人の男に許可を取って俺は剣を一本ずつ振ってみる。
お、これいいな。
一本の剣が気になって何度か降り続けた。
「それが、お気に召しましたか? 勇者どの」
振り返るとそこにルネが立っていた。俺は剣を元に戻しルネの肩を掴む。ルネも俺の肩を掴む。俺たちが共に旅していた時の挨拶だ。
ゴン!
相変わらずルネの頭は硬い。額をぶつけ合ったおっさん同士が大声で笑い合う。それを見ていた職人の男が目をシロクロさせていた。
俺はルネと久しぶりに飲んだ。店長が昼間から酒を飲んで店は大丈夫なのかと尋ねたら昼過ぎに客は来ないらしい。この辺りのよろず屋に客が来るのは早朝と夕方だと言う。朝はこれからコリントスに向かう者、夕方はコリントスから帰って来る者。そのほとんどが賞金稼ぎだと言う。
ひょっとするとマリアやアンに賞金がかかっているかも知れない……。
賞金稼ぎは依頼を受けて何でもする者達だが、その実力はピンキリだ。街で迷子を探したり魔物を討伐したり戦争に参加したり暗殺したり、どの依頼を受けてどの依頼を受けないか自分で決める事が出来る代わりに準備などの費用は自分持ちだ。怪我などしようものなら大損となる。俺とルネも出会った当時は賞金稼ぎだった。
俺はルネにマリアの事をそれとなく聞いてみたが知らない様だった。まだ賞金はかけられていない。
ということはあいつらは追手ではなく、ただの野盗だったようだ。
俺は勇者になれなかった事をピヨールの件だけは秘密のままに伝え、今は旅の連れが居ることを話した。目的地はミノアだと言うとルネは嫌な顔をする。
今、ミノアに行くのは止めた方がいい。
ルネはそう言い切った。情勢が怪しいのだと言う。最近、新しい王に代わってから何やらきな臭いらしい。
王!? まさか、マリアは王女なのか?
俺はなるほどと言う素振りを見せてから先代の王について更に質問した。するとルネの態度が変わる。眉をしかめて俺を睨み立ち上がると俺の顔を思い切り殴った。
「ピヨール! てめえ! 俺に隠し事してやがるな!! この野郎! 3年会わないうちにつまらねえ事覚えやがって!!」
そうだった。俺とルネの間に嘘はナシだった。
俺は素直に全てを話した。ルネはピヨールが今は犬の名前だと言うところで酒を吹き出した。その犬が勇者だと言うと俺はもう一発殴られたが、本当の事だと伝えると今度は転げ回って笑い出した。
やはりマリアは先代の王女だった。
情勢は良くない。ミノアは明らかにコリントスを切り取ろうとしているらしい。ミノアは交易路のほとんどがコリントス自治区に接しているため、その存在が邪魔なのだと言う。
コリントス自治区の中央を東西に貫くレヘオ街道を進み、街道の要所であるセブンブリッジを手に入れるのが最終的な目的なのだろうとルネは語った。
俺はそれでも行くとルネに伝えた。
ルネは渋々だが頷いて、それなら好きなだけ剣でも鎧でも持って行けと言いながら、最後にもう一発俺を殴った。
生きて帰って来たらその時、利子を付けて払ってもらう。そう言ってルネは笑った。
俺はアンとマリアの装備を見繕い、一旦、ルネに預けてから食料を買い揃えた。水以外の非常食とピヨールの餌になる様な物を揃えてルネの店に戻る。店には既にコリントスから帰って来ている賞金稼ぎが店員と交渉している。魔物の皮を売ったり、壊れた装備の修理を頼んでいる様だ。ルネと店員に挨拶して預けていた装備を受け取り俺は店を出た。ルネが見送ろうとしたので俺は去り際に1発挨拶の頭突きをして出ていく。背後でルネが笑っていた。
宿に着くと硬いベッドの上でマリアとピヨールが丸まって寝ている。疲れはないとは言え眠れる時に寝ておくのは良いことだ。アンに手に入れた装備を渡すと不機嫌な顔のまま受け取り、一つ一つ品定めし出した。
何か文句でも言って来そうだな。
そう思って品定めが終わるのを待っていると意外と気に入った様で普通に感謝された。特に剣は長さも重さも手に馴染むと何度も握り直し構えを取っていた。
確かに貴族の構えだな。
俺の自己流の構えでなく型のある構えだ。どちらが優れているという訳では無いが、アンの構えにはまだ隙を感じた。まだ修行の身だったのかもな。
俺とアンが装備について話しているとピヨールが目を覚ます。どうやら腹が減った様だ。俺は買ってきた川魚の干物を千切ってやる。ピヨールは飛びつく様に俺の手から奪い取り必死の形相で食べた。というか飲み込んだ。
「ワン!」
美味かったらしい。
ピヨールの声を聞いて寝ていたマリアが飛び起きる。まだ犬が怖いらしい。ピヨールはもっと干物が欲しいのか俺の肩に飛び乗って来る。俺はそれを無視してアンとマリアに問いかけた。
「で、いつ本当の事を話すんだ、王女マリア?」
ピヨールに怯えていたマリアが俺を見つめる。アンが俺が持ってきた剣を構えて俺とマリアの間に立ち塞がる。
「何処でそれを知った!? まさか賞金稼ぎか!?」
アンが構えた剣の先を俺に向ける。
「ミノアの王が代わり国境付近がきな臭い事になっているらしい。お前たちから聞いた話と合わせれば誰でも気づくだろ。後、俺は今は賞金稼ぎはやってない。まあ、やっていたとしてもマリアにはまだ賞金はかけられていないようだ」
俺は買ってきた荷物を鍵のかかる棚にしまい部屋を出る準備をする。
「剣をしまえ。俺がお前を斬ってマリアを連れ去るとして、その俺がお前に剣を渡すと本当に思っているのか? もうすぐ暗くなる。その前に飯を食いに行こう」
俺が扉を開けて外に促すとアンは剣を鞘に収めマリアを連れて部屋を出た。
「……すまぬ」
アンが部屋を出る時俺に謝ってきた。まあ簡単に信用するよりは良いだろう。俺は小さく頷いて謝罪を受け入れた。
街へ出てからマリアに何が食べたいか聞くと、温かいシチューが食べたいと言うので馴染みにしていた食堂に行く事にした。
【ドラゴン亭】
店の名前はそのままだ。先代の親父が付けたと言うその名前は、竜の肉でも料理してやると言う心意気らしい。2代目の女将が考案したドラゴン焼きと言う3種類の肉を串に巻いて炭で焼いた目玉料理が俺は気に入っている。もちろんシチューも上手い。
店には結構客がいた。空いている席を探してウロウロしていると、壁際の門の席が空いていたので俺たちはそこに座る。すると周りの客が騒めいた。
何だ?
俺とアンが周りを見渡す。
あ、犬が肩にいるからか?
俺はピヨールを肩から下ろした。アンは警戒を解かずマリアの手を握って身構えている。そこに若い店員が駆け寄ってきた。
「お客さん、この席はお止めになられた方が……」
歯切れの悪い言い方で店員が話しかける。
「厄介ごとか?」
俺は店員に尋ねた。
「ええ……まあ、そんな所でして……」
店員は申し訳なさそうにする。厄介ごとに関わるのはやめておこう。
「別の席はあるか?」
「はい、カウンターで良ければあちらに」
俺は店員が指し示した方を見た。店の奥の壁に近い場所に4つ程席が空いている。店の中で目立ちたくなかったのだが、既に目立っているのでさっさとカウンターの席に移動することにした。俺達が立ち上がり席を移動しようとした時、店の入口で誰かが大声で叫んだ。
なんだか厄介事が起きそうだ。
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