第5話 俺はいらぬことに首を突っ込んだのかも知れない

 「何を言ってやが」


 男達が身構えようとするが俺はお構い無しに男たちが手に持っている武器を狙った。クロスボウと手斧、短めの剣を全て叩き落とした。


 と思ったら、それら全てを斬っていた。


 「な! に、逃げろ!!」


 人さらい達が慌てて藪の中へと逃げ去る。まあ、その気持ちは分かる。斬り落とした方の俺ですら手に何の感触もない程の切れ味だ。


 「この剣、やばすぎるな」


 俺はチラッと肩の上のピヨールを見た。


 「ワン!」


 ピヨールは嬉しそうに吠える。いや、褒めてない。


 人さらい達が逃げ去っても、ナイフを持っている女は俺を睨みつけて身構えている。俺はそれを見て少し腹が立った。昨日も助けて今日も助けたのにこれかと、一言ぐらいお礼とかあっても良いだろうと。


 まあ、女2人で襲われて逃げ続けていたらこんなものかも知れんが。


 一応助けたし、ちょっとは強い所も見せれたので俺は先を急ぐことにした。ピヨールも気が済んだだろう。俺は剣をしまい無言のままその場を離れた。まだ半日は歩くのだ、長居は無用だ。しかし数歩ほど歩いた所で背後でドサッと音が聞こえた。振り返るとナイフを持った女が倒れている。その女を膝の上に抱いて名前を呼び掛けているのは後ろで護れられていた女だろう。


 「アン! アン! どうしたの!? アン!!」


 ナイフ女はアンと言うのか。この状況、こいつは放って置かないだろうな。


 「ワン!」


 分かったよ。俺はピヨールを手に持ってナイフ女に近づく。


 「何を!?」


 もう1人の女がこちらを警戒するが俺は手で言葉を制し、ピヨールをナイフ女の胸の上に乗せた。これは毒だな。ナイフ女の右肩に血が滲んでいた。ピヨールが光り、ナイフ女の顔色が良くなる。見えないが腕の傷も治っているだろう。


 「お前達を助けるのは2度目だ」


 光るピヨールを見て驚いている女も足を怪我している様だ。俺はピヨールをその女の頭の上に置いた。


 「キャ!!」


 「動くな」


 頭の上に置いても効果は抜群だ。足の痛みが無くなるのを感じた女がスカートを捲りあげて自分の足の怪我を確かめる。


 「治ってる!?」


 女は俺を見つめて手を合わせた。


 「勇者様」


 そうか、また俺は祈られるのか。


 俺はナイフ女の意識が戻るのを待つ事にした。立ち去ろうとするとピヨールが吠えるからだ。


 何かあるのか?


 俺とピヨールは街道を挟んだ反対側に腰掛ける。ナイフ女を膝の上に乗せたままの女は相変わらず俺を見て祈っている。治療してから5分ぐらい待っているとナイフ女が目覚めた。2人で何か話している様だ。俺はそれを見届けてから立ち上がる。今度はピヨールは吠えなかった。


 吠えないの?


 昼間の街道とはいえ女2人だけで歩くのは良くない。さっき見たいに再び人さらいに会う可能性は十分にあるからだ。でも、吠えないなら大丈夫なのだろう。なんせ勇者の判断だからな。


 今度こそ俺はその場を立ち去った。が、それは再び阻止される。ナイフ女が駆け寄って来たのだ。


 「勇者様!お待ち下さい!」


 俺の進路を阻む様に回り込み膝を着いて礼をする。


 「数々の御無礼、誠に申し訳御座いません。私は、ミノア王国フェストス家に仕える騎士アスタルテと申します」


 女が騎士とは珍しいな。だが、ミノア王国ってどこだ? 聞いたことがあるような無いような。ここから町まで連れて行けば俺の役目も終わるかと思っていたが、なんだか雲行きが怪しくなってきた。


 俺はいらぬ事に首を突っ込んだのか? いや、ピヨールが吠えたのだ。やむを得ないか。


 アスタルテと名乗った女は、自分が仕える家の当主だと言って護っていた女を紹介してきた。まだ若い娘が当主とは何かあるな。例えば何処かの商人に騙されて没落したとか。配下の者に裏切られて殺されたとか、人質に取られて逃げて来たとか。何れにせよ一筋縄ではいかないな。


 ……全部だった。


 何でも領地に訪れた商人に騙されて土地を奪われ、その手助けをした配下の者に父親が殺され、家の爵位を譲れと脅された挙句、一人娘を誘拐されたのだという。


 夫を失い娘を誘拐された母親は配下の者と結婚させられ、その直ぐ後に殺されているらしい。


 騎士であるアスタルテことアンは、その配下の命令で領地を離れており、未然に防ぐことも、事件が起きた時に対処する事も出来なかったらしい。


 それでも1人で領地を駆け回り、何とかこの地で娘を救い出したのだ。やるなアスタルテ。


 俺は1人の剣士として、少しだがアスタルテに興味が湧いた。言葉だけでその話を信じるかどうか迷っていたが、話をしている時に流した涙や食いしばった歯が食い込んだ唇に嘘は無さそうだ。


 だが一応、ピヨールに確認をとる。


 「ワン!」


 「わかった。それでその元配下の男は最後にどっちが斬りたい?」


 俺の問いに一瞬2人がキョトンとするが、直ぐに理解したアンが返事をする。


 「我が主の敵は、その騎士である私に討たせて頂きたい」


 「分かった。そうしよう」


 ミノア王国とは、今いるへレーン王国の隣のコリントス自治区の更に先にある小国らしい。小国とはいえ貴族であればそれなりの地位だ。普通であればそんなに簡単に没落などしない。


 俺はコリントスには良く出向いていたが、その奥のミノアまでは行ったことが無かった。


 ……遠いな。


 単純に距離が遠い。アンの話ではコリントスまで運ばれていたマリアを奪い返した後、その人さらいの手の者から逃げ延びる内にここまで来たのだという。


 既に2ヶ月は逃げていると言う。残った金も殆ど無くなり騎士の命と言って良い剣や鎧も質に出したらしい。

 治療費は取れそうにないな。


 ミノアまでどう行くか考えねばならない。馬車を買う金も無い。乗り合いで行くのは危険だし時間もかかる。

 おい、ピヨール。なんかないか? あるわけないよな、勇者と言ってもお前は子犬だからな。


 「ワオーン!!」


 「え? ワオーンって?」


 俺は大きく吠えたピヨールに驚いた。ピヨールは元気に舌を出して尻尾を振っている。何か起きるのか?


 辺りを見渡すが何も起きない。


 何だ吠えただけか? と思ったら、遠くから蹄の音が近づいて来てその音の主が現れた。それは2頭の巨馬だった。しかも鞍馬で付いている。


 これ、盗んだんじゃないだろうな?


 犬に馬の所有権など分かる訳ないか。だが立派な馬だ。これならミノアまで最速で戻れるかも知れない。俺は一頭の馬にまたがり、もう一頭に乗る様に2人に促した。アンもマリアもいきなり現れた馬に驚いたオロオロしている。


 「気にするな。勇者の力だ」


 勇者なのは犬だがな。


 俺たちは、まずはコリントス自治区へと向かった。


 コリントス自治区は元々はへレーン王国の一部の大きな森であった。だが、その森の地下から良質の金鉱石が見つかりゴールドラッシュとなる。この森はへレーン王国の貴族であるツェペシュ伯爵の領地だったので、ツェペシュ伯爵は多くの民を鉱山で働かせた。そしてその富の全てを我がものとする。


 数年後、森に出来た鉱夫の町で反乱が起きる。伯爵が独占する金鉱を我が物にしたいと画策していた商人によって鉱夫達には豊富な武具があり、更に圧倒的な数の力で伯爵の私兵たちを押し切り反乱はわずか1日で成功する。


 その後、ツェペシュ領は反乱の指揮を取った鉱夫長コリントスの名からコリントス自治区となる。何度か王国から討伐隊が派遣されたが、森と坑道を上手く使った戦法に王国軍はその数を削られていき、結局撤退する事になった。


 そこから先の話はアスタルテから聞いた話だが、コリントス自治区がヘレーン王国から自治区として認められたのは4度目の派兵が失敗に終わった後だ。その頃には既にコリントス自治区には10を超える大きな町があり総人口も5万人を超えていた。


 また、今まで途絶えていたミノアとの交易の要所にもなっていた為、王国は敵対をやめて友好関係を築くことにする。これによってコリントス自治区は更に拡大して行く、今ではへレーンとミノアの間にある森も山も全てが自治区となっている。


 人が多く賑やかなのは良いことだが、コリントス自治区には法がない。統治者ではなく集合体なのでルールは自分達で決めるのだ。だから町ごとに毛色が異なり治安も様々だ。結果として王国に比べると全体的に危険な場所となっている。それでも人が訪れるのは、未だに枯れない金鉱脈と無税である事が大きい。一攫千金を狙う者が後を絶たないのだ。


 俺も昔、旅の資金を得る為に金鉱で数ヶ月働いた事がある。そこで知り合った連中は今でも付き合いがあるが、今回は急いでいるのでミノアの帰りにでも寄って行こう。


 俺たちは王国の街道を西へと進んだ。王国にはイーストクロスにある様な大きな街道が幾つもあり、その合流地点に町がある。コリントス自治区に行くにはイーストクロスから西に向かい、王都を抜けルルド領に入るのが一番速い。ただし王都に入るには関所があり、ここで数日待たされる。入る時も出る時も関所を通るのでそのロスは痛い。


 なので俺たちは王都を北に迂回する道を選んだ。この件についてはアンとマリアにも相談済みだ。


 一応、ピヨールにも確認すると


 「ワン!」


 と返事したので大丈夫だろう。俺の肩の上で楽しそうに舌を出しながら風を切っている。

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