第10話 俺の名はアレク、アレクサンダーだった
ビッグブリッジの女神が誕生した次の日、俺とピヨールとロンダは再びミノア軍の陣に呼ばれた。
俺としてはアンの師匠であり、マリアの事も昔から知っているらしい将軍とその将軍に忠実な3000ほどの兵がいるのだから、もう俺はお役御免だと思っていたのだが、そうでもない様だ。
「我らは、使い捨てにされたのだ。新王アソフォンにな」
ビラボア将軍が俺とロンダにこんな国の内情を話すのは俺を勇者と信じたからの様だ。
将軍の話では新王によってミノア軍は再建され、それまで大将軍として他の将軍達の上に立ち軍をまとめていたビラボア将軍は、その地位を追われ今では大隊長という地位まで格下げされたらしい。それでも、ビラボア将軍を慕う者は彼を将軍と呼び続けているそうだ。将軍自身は地位などどうでも良いがな、と言って笑い、俺とロンダを少しだけ羨ましそうに眺めた。
将軍が大隊長に格下げされたと言う話を聞いたアンは、怒りのあまり唇から血を垂らしていた。相当悔しい様だ。
ミノア軍は全体で15万程の兵がいて、王都には1万の兵が待機しているらしい。なので将軍の指揮官にいる3000人では、新王とまともに戦うことが出来ないという事だ。
「我も、兵も、姫様の為に命は惜しまん。だが我らが死した後、姫様を守る者がおらぬ」
死を覚悟しているという事か。
「俺がお前達の願いを聞いてやる理由が無い。コリントスを蹂躙してきたお前達をな」
ロンダが将軍の話を遮った。すると、将軍の横に立っていた兵が声を上げる。
「我ら、コリントスに進軍すれど、誰一人殺めてはおらん。将軍の命により、ただ進軍していただけだ。お主に惨敗したのも我らが戦う事が出来なかったゆえだ」
え? そうなのか? でも、今それを言うとまずい事になるぞ。
「舐めるな!」
ロンダが立ち上がり兵を殴った。
ほらな。
「ははは、ロンダ殿は手が早いな」
将軍が笑って声をかける。
「バッカス。今の言いようではロンダ殿に殴られてもやむを得まい。1000人からいた兵が、ロンダ殿1人に翻弄された事は揺るがぬ事実であろう?」
「……はい、事実です」
バッカスと呼ばれ、ロンダに殴られた兵は将軍の言葉に悔しそうに返事をする。
「では、ロンダ殿に負けを認めるしかあるまい。まあ、そう気を落とすな。このワシも負けておるし、ロンダ殿に殴られておる。その相手が勇者どのの仲間であれば、良い思い出となろうというものだ」
将軍の言葉に場の空気が和らぐ。
「仲間ではない。俺は勇者の姉だ。今後は勇者の姉、もしくは勇者を育てた姉と呼べ」
ロンダが将軍を睨みつけた。
「姉君だそうだ。皆、今後は勇者アレクサンダー殿の姉君と呼ぶように」
「弟はアレクサンダーではない、ピヨールだ」
「ん? ピヨールはアレク殿の犬の名前と聞いているが? 違うのか?」
この場にいる全員が俺の顔を見つめる。話が別のところでややこしくなって来た。
俺は、コリントスで賞金稼ぎをしていた時にアレクと偽名を使っていた事、勇者の祠でのピヨールとの出会いなど全て話した。
「なんと、この小さな犬が勇者とは。だが、その飼い主であるアレクサンダー殿、いや、ピヨール殿も間違いなく勇者であろう。先程の剣技、見事であった。あれは、武器が良いと言うだけでできる事ではあるまい。そもそも、その祠にたどり着き、神の洗礼を受ける事が出来た時点でピヨール殿は勇者として認められておるのだ。これ迄は便宜上、アレクサンダーと名乗っておられたのであろうが、これからは犬の勇者殿と同じく、ピヨールと名乗られる方がよかろう。勇者ピヨールと!」
「ワン!」
将軍の話を聞いて、ピヨールが返事する。
「俺もそう思うぞピヨール!」
「ワン!」
「アレク……いや、ピヨール殿。我が師の言う通りだ。勇者殿の名が偽名では示しがつかぬ。ピヨール……勇者に相応しい強き名前だ」
アンが俺の名を褒める。
「ワン!」
ピヨールのテンションが徐々に上がって行く。
「お前、中々分かっているな。ピヨールの嫁にしてやってもいいぞ」
ロンダが嬉しそうにわけのわからない事を口走る。
「アレクは無し、ピヨールと呼ぶわ」
マリアもピヨールという名前が気に入ったらしい。
「ワン!」
「ひぁっ!!」
ピヨールが、マリアに呼ばれて飛び込んでいった。ピヨールを掴みながらも恐怖を拭えない様で悲鳴を上げる。
「ははは、姫様はまだ犬が怖いのですな」
「爺!! うるさい!」
俺たちの前では見せない様な子供らしい姿をマリアが見せる。将軍に対する信頼の表れだろう。
「で、だ。勇者ピヨール殿。そなたを勇者と見込んで頼みたいのだ。我らが王都には戻り、新王アソフォンを討つ間、このアスタルテと共に姫様を護ってはくれぬか?」
俺は言葉に詰まった。将軍に完全にしてやられたからだ。こう勇者と持ち上げられては断るわけには行かない。
まあ、アンとマリアに仇を討たせてやると言ったからな。
「ダメだ。俺が許さん」
ロンダが将軍に言う。
お、さすがロンダだ。
「うむ。ダメかね?」
将軍の眉間にシワがよる。
「ああ、ダメだ。それでは勇者らしくない」
ん? ロンダ、大丈夫か?
「ほう? では、勇者らしい事とは?」
将軍がニヤリと笑った……様に見えた。
「悪い王は勇者が倒すもの。そうで無くては伝説にならん。お前はそんな事も分からないのか? ジジイ?」
「貴様!!」
「無礼な!」
「やめろ!」
将軍の脇にいる兵が剣を抜こうとするが、アンがそれを制止する。
「良い。ロンダ殿……それはつまりピヨール殿が1万はいる兵が守る王城に行き、たった1人で新王を討つという事か?」
「当たり前だ! 俺の弟は勇者だぞ!? まあ、勇者の姉である俺もついて行くがな」
ははは、さすがロンダだ。
「ピヨール。お前ここで笑いが出る様になったか」
ロンダが俺の背中を嬉しそうに叩く。
俺はピヨールとロンダとで国を落とす事になった。
俺とピヨールとロンダは、ビラボア将軍から馬を借り、ミノア王国へと向かう。将軍はマリアとアン、そして3000の兵を引き連れて俺たちの後を追って来る。
「この犬が居ると俺は動きやすくなるが、それはピヨールの力か?」
「ワン!」
ピヨールが元気に返事する。
「俺ではない。この犬のピヨールの力だ。こいつが光ると色々と神的な事が出来る。こうやって通常よりも速く走れて、しかも疲れないのもその1つだ」
呑気に話しかけて来るロンダだが、馬は持てる力を出し切った全速力で走っている。疲れないとは言えロンダの手綱さばきは流石だ。
俺はロンダ程の腕は無いが、肩にピヨールが居るせいで周りの状況が手に取るように分かり、木の根や枝、石、窪みなどの場所を事前に感じ取る事が出来た。
「ほう、ピヨール。お前、馬を扱うのが上手くなったな。この道は裏道だと言うのに」
「ワン!」
ロンダが俺の名を呼ぶ度にピヨールが返事をする。ピヨールはロンダの事が気に入った様だ。
俺たちはレヘオ街道から外れて賞金稼ぎが使う裏道を進んでいる。道は狭く整備はされていないが大型の馬車用に平坦な場所を選んで蛇行する街道と異なり橋から橋を一直線につないでいるのだ。
ビッグブリッジを出て2時間ほど走り続けるとコリントスの中央を流れるオリア川に辿り着いた。
「早いな、もうオリアを渡るのか」
将軍の兵が言った事は本当の様で橋もその周りの街も何一つ襲われた様な形跡は無かった。
俺とピヨールとロンダは止まる事なく橋を駆け抜けた。すれ違う者達が驚きの顔を見せながら振り返るのをロンダは楽しそうに見ている。
俺たちはそのまま走り続け昼過ぎにミノアの国境にたどり着いた。
「跳べ! ピヨール!!」
ロンダが叫ぶ。
「ワオーン!!」
ピヨールが勢いよく吠える。
国境には当然だが柵があり兵が守っている。が、王城の入口と言うわけでは無いので門の様なものは無く頑丈で少し背の高い柵があるだけだ。
それも普段は開け放たれており、怪しい荷や人物以外は自由に出入り出来る。今は自国の軍が進軍中なので当然柵は閉じられている。
俺は馬を跳ばせた。
通常であれば馬も俺の指示を無視して立ち止まったであろうが、ピヨールの光に包まれている為か素直に地面を蹴り上げ跳び上がった。
「な!?」
「ひい!」
門番の兵達が俺とロンダの馬に驚きおののく。まあ、目の前で3mはある柵を跳び越えられたら誰でも驚くだろう。
しかも、少し光ってるからな。
俺たちはそのままミノア王国に進入した。ミノアの王都は王国の中でもコリントス自治区に隣接した平野にあり国境から直ぐにその姿を見る事が出来た。へレーン王国の王都に比べるとその大きさは半分にも満たない。中央にあるであろう王城も小さく低かった。
「本当に1万も兵がいるのか?」
ロンダがミノアの王都を見て呟いた。俺もそう思う。
王都に着くとその疑問は更に増す。王都の門は開け放たれ街はどこも閑散としていて人通りも少ない。
「まるで廃都だな」
「あれを見ろ」
ロンダの呟きに同意しようとした俺だが王城の入口を見て気が変わった。王城はそびえる様な塔も無く、石造りの高い塀に囲まれているだけの城だった。
「牢獄の様だな」
ロンダが城らしくない城を見て言った。それは城の作りだけでなく入口らしい門の前に積み上げられた兵達の屍をみての言葉だった。
すでに血生臭い事になっているようだ。
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