第9話 ビッグブリッジの女神が生まれた瞬間
ビラボア将軍の命令でミノア軍は橋を渡ったへレーン側にある宿屋街の横の広場とその横に広がる草原に陣を構えた。警戒を続けるオリビア達が広場の周りを取り囲む。そんな中、陣の中に入り将軍と話をしていたマリアとアンが、将軍を連れて俺とロンダの所までやって来た。
「このお方はビラボア将軍だ。今回の遠征の総司令官でもある」
アンがそう言うと将軍が一歩前にでた。兜を取った将軍の顔には幾つかの傷跡がある。張りのある赤い肌と鋭い焦げ茶色の眼光が光っている。歳は50は越えているだろう。
「我が名は、アンドレ・ビラボアだ。此度は我が国の王女をお救い頂き感謝する」
将軍はそうは言ったが頭をさげる事もなく、俺を睨みつけている。
「おいおい、俺に挨拶は無いのか?」
ロンダが俺と将軍の間に割って入る。
「ロンダ殿!?」
アンが慌ててロンダを止め様とするが、将軍がそれを手で止める。
「すまなかった。長はお主であったか。重ねて言おう、王女をお救い頂き感謝する」
「舐めるな」
アンとマリアだけでなく、オリビア達やミノア軍の兵が見ている前でロンダが思い切り将軍を殴り飛ばした。将軍はよろめくが足を踏んばって耐える。その様子を見ていた3人の兵が剣を抜いてこちらに詰め寄りロンダと俺に斬りかかる。俺はその抜かれた3本の剣を光の剣の一振りで斬り落とした。
「な!? 何だその剣は!?」
「バカなっ!?」
「くっ! 将軍様をお護りしろ!!」
剣を失った兵が将軍の前に立ちはだかる。更に後ろから新たな兵が駆け寄るのが分かったので俺は背中をロンダに預けて駆け寄る兵に身構えた。
「ピヨール、その剣いいな。さすがは俺の弟だ」
背中越しにロンダが俺と剣を褒めた。瞬く間に俺たちはミノア軍に取り囲まれる。ロンダは殴りつけた将軍を睨みつけ、手に短刀を構える。
仕方ない、斬るか。
俺は一歩前に出た。
「ワン!」
肩に乗っているピヨールが吠える。だが、やめろと言っている感じではない事が分かった。戦っても良いが殺すなと言っている様だ。
いいだろう、面白い。
俺は正面の兵に斬りかかる。兵が持っている剣を斬り、盾を斬り、鎧を斬った。俺に斬られた兵は、その切れ味に驚き、怯え、そして戦意を失う。走り抜ける勢いに任せて俺たちを取り囲む最前列の兵の装備を全て斬る。俺が振るう光の剣の軌跡に後ろに控える兵達が唸りを上げる。
まあ俺も少しはいい所を見せないとな。
取り囲んだ兵を一周して元の位置に戻り、もう一周するかと構え直した時、ずっと黙って見ていた将軍が大声をあげた。
「見事なり! 正に勇者! その力、しかと見届けた!」
将軍の声に兵達が驚く。
「すまなかった。アレクサンダー殿。ロンダ殿。お主らの力を試す様な真似をした事を許して欲しい。我が国のおてんば姫と、我が弟子の言う事が真であるか、言葉ではなくこの目で確かめたかったのだ」
将軍はそう言うと俺の前で片膝をついた。それを見た周りの兵がどよめき、そして全ての兵がそれに続く。3000人はいるだろうか? その光景は圧巻だった。
「いいじゃない」
ロンダはご満悦だ。俺たちは剣と短刀をしまい、将軍の謝罪を受け入れた。すると将軍の後ろで怯えながら戦闘を見ていたマリアがこちらに歩み出る。アンは将軍の横で片膝をついたままだ。
「アレク、お願い! 勇者の力で兵達の怪我を治して!」
確かにロンダにやられた兵は10や20ではきかない様だ。片膝をつく兵の中にも血の滲んだ者がたくさんいた。
「ワン!」
ピヨールは元気良く吠えると俺の肩からマリアの腕の中に飛び込んだ。マリアが硬直しながら慌てている。まだ犬が怖いようだ。
「ピヨールが力を貸すようだ。マリア、お前が兵を治してやればいい」
「ワン!」
ピヨールが嬉しそうに尻尾を振っている。マリアはピヨールを抱えて兵達の元へ歩き出す。
「姫、何を?」
将軍がマリアに尋ねる。
「勇者様のお力をお借りします。そうだ爺、怪我をしている者を集めて」
将軍はマリアの言っていることの意味がわからず不思議そうな顔で首を傾げていると、横で膝をついていたアンが立ち上がり将軍に進言する。
「ビラボア将軍、どうかマリア様の仰られる通りに。お願い致します」
「う、うむ、そうか。分かった」
将軍が兵に命令する。
「負傷した者を前へ。他の者は道をあけよ」
兵達が立ち上がり、マリアの前をから移動し、そこに負傷者を運び出した。ロンダの投石や、混乱した自軍の兵に押し倒された者、川に落ちて這い上がってきた者などが次々に運ばれて来る。総勢300名ほどがマリアの前に運ばれた。普通に動けるが軽い怪我をおっている者はもっといるだろう。
これをやったのが、ロンダ一人だとは言わない方が良さそうだ。
「お前達に怪我を負わせたのは俺だ。俺だけだ」
だがロンダがすぐにバラした。負傷者も運んで来た者もこの場にいる兵全員がロンダを睨む。ロンダはそれを見て更に踏ん反り返ると
「自業自得だ。欲に駆られてコリントスにのこのこ攻めて来たお前達が愚かなのだ。ここまで来るのに何人の村人や賞金稼ぎ達を斬ってきたか考えるがいい。それでも納得がいかないなら、いつでも俺と俺の弟のピヨールが相手になってやる」
俺も入れられた。兵達がロンダに向けるのと同じ目で俺を睨む。
お? この光景、懐かしいな。
アンデーヌの村でロンダに怯える者達からよく俺は同じ目で見られたものだ。ロンダの横でつい俺はニヤけてしまった。
「ピヨール。お前ここで笑いが出る様になったか。強くなったんだな」
そう言ってロンダが俺のケツを叩いた。ロンダは昔から俺のケツが好きだ。
「アレク、ロンダさん、許してあげて。彼らは愚かな王の命令に従っただけなの。あなた達も2人の事をそんな目で見ないで。彼らは私、前王ペドロ・フェストスが娘マリア・フェストスとその騎士アスタルテの命の恩人なのですよ」
マリアの言葉を聞いた兵達が俺とロンダを睨むのをやめた。
「ああ、分かった。ロンダももういいだろう。それよりマリア、怪我人が待っている。早く治してやれ」
「ワン!」
俺の言葉にピヨールが返事をした。
「ひっ……」
マリアが軽い悲鳴をあげて、ピヨールを怪我をしている兵の頭の上に置く。
あ、いや、別に頭の上じゃ無くていいぞ。
「あ、あの……姫様?」
マリアの行動に頭にピヨールを乗せられた兵や周りの兵が困惑する。
「ワン!」
ピヨールが光り出した。神的な光が怪我をしている兵とマリアを包み込む。その光の中で兵の怪我が見る見るふさがり治っていく。ほんの数秒の出来事だが、見ていた者全員が言葉を失った。
「ひ……姫……さま……」
マリアは続けて兵の怪我を治していく。その都度、マリアはピヨールの光りに包まれた。目の前で見ていた兵にはマリアが手に持ったピヨールが光っていることがわかるだろうが、後ろの方ではマリア自身が光っている様にしか見えないだろう。
「女神だ……」
1人の兵がそう呟く。
「ああ、女神の奇跡だ」
「我らの姫は女神だぞ!」
兵達がマリアを女神と呼び出す中、マリアはピヨールに怯えながら兵の怪我を治し続けた。その怯える姿が、兵は自らの痛みに耐えて兵を救う様に見え、更に女神と言う掛け声が大きくなる。
ミノア軍の陣は、女神というつぶやき、掛け声、そして叫びに包まれた。
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