第11話 ロンダの玉

 門の前に積み上げられた兵はビラボア将軍の兵と同じ鎧を身につけている。


 「正規兵か」


 ロンダが兵の亡骸を確認する。


 「こいつは槍で貫かれている。こっちは大剣でで首が叩き折られているな。相当の手練れがいる様だ。中か外のどちらかに」


 王城に入る為の門は開け放たれていた。どうやら内側から破壊されて閉じる事が出来ない様だ。俺たちが積み上げられた兵を確認していると背後から何者かが駆け寄ってきた。


 「あいつらも正規兵だな」


 俺たちは事情を聞こうと駆け寄る兵に声をかけた。が、兵達は問答無用で斬り掛かってくる。


 「ロンダ、俺が」


 俺はロンダを残して、駆け寄る兵が手に持つ剣を斬り落とした。その数は6本。剣を無くした兵は立ち止まった場所でロンダに抑え込まれる。


 「お前達は何者だ? この城はどうなっている?」


 ロンダが片足で押さえ込んでいる兵に尋ねる。


 「お前達こそ何者だ! ここはミノア王国の王城! 何処の誰とも分からぬ者が容易く入って良い場所では無い!!」


 言っている事は案外真っ当だ。


 「俺はロンダ、勇者の姉だ。そして、そこにいるのが俺の弟、勇者ピヨールだ」


 「ワン!」


 「勇者だと!?」


 まあ、急に言われても信じれ無いわな。


 「そうだ。マリア王女とビラボア将軍の願いを聞いて簒奪者アソフォンを討ちに来た」


 「マリア姫!? ビラボア将軍!? く、それが本当ならどんなに嬉しいか……我らミノアの光と盾。その両名がご健在であるなど、夢のまた夢! もしそれが本当だと言うのなら、お前達が勇者だと言うのなら! あの盗賊どもを討ち滅ぼし、偽王アソフォンを捉えてみよ!!」


 ロンダの足元でもがく兵が大声で叫ぶ。周りの兵もそれに同調して口々にけしかけてきた。


 「ほざくな小僧! 自分に出来ぬからといって俺に、いや、勇者ピヨールにそれが出来ぬとでも思ったか? お前達はここで待っているが良い。勇者の伝説という奴を見せてやる」


 おいおいロンダ。それは言い過ぎだ。


 「ロンダ、もういいだろ。放してやれよ」


 「ん? ああ……こいつが生意気を言うからちょっとな。まあ、こっちの方が盛り上がるだろ?」


 話を盛り上げるのがロンダは好きだ。ついでだから、どうせならと、どんどん話をデカくする。


 そしてデカくなってどうしようもなくなったように見える話をロンダは難なくこなしてしまう。それを見た者たちは最初は驚き感動するが、その余りの手際に徐々に疑いを持ち、最後には敵対する者まで現れる。


 ロンダには後ろ暗いことなど何も無い。ただロンダが出来ると判断し、こっちの方が面白いと思った事を言っているだけなのだ。


 「お前達はここで将軍を待て。マリアと一緒に将軍と3000の兵がこちらに向かっている」


 まあ、あと5日はかかるがな。


 俺とロンダは兵の話から城の中には盗賊か傭兵となった賞金稼ぎがいるのだろうと予想した。慎重に王城の扉を開けようと俺が手を伸ばすとロンダが両手で思い切り扉を開け放つ。


 バアーン


 扉が勢いよく開き石壁にぶつかる音が城内に鳴り響く。瞬間、ロンダと俺に向かって矢が飛んで来る。


 「ふん!」


 ロンダの短刀がそれを斬り落とす。俺も光の剣で叩き落とした。矢が尽きるまで続いた攻撃が止み、城内に緊張が走った時、ロンダが大声で叫ぶ。


 「俺は賞金稼ぎのロンダだ! 今は勇者の姉でもある。俺と俺の弟の勇者ピヨールの名を聞いて、それでもまだ戦いたいのならかかって来い! 逃げも隠れもしないぞ! ただし、皆殺しだ!!」


 「ワン!」


 皆殺しに賛成なのか。


 あまり正義っぽく無い台詞だったが潜んでいる者達には効果があった様だ。


 「ロンダ!?」


 「ロンダだ……」


 「本当にロンダか?」


 「やばいぞ」


 「いや、待て嘘かも知れない」


 「なら、お前が確かめに行けよ」


 「嫌だ!」


 声が響いてよく聞こえる。


 「親方!?」


 潜んでいる者達が一斉に叫んだ。ボスっぽいのが出て来たようだがその姿は見えない。城内は差し込む日光で明るいのだが、明るいせいで床の血だまりや兵を引きずった跡が鮮明に残っていた。


 どうやら城内に入った兵はこの城に入ってすぐの広間で殺られた様だ。正面の大階段は突き当たりで左右に分かれ、それがこの広間を取り囲む廊下に繋がっている。


 城としては当然の構造だ。侵入者は無防備に隠れる所の少ない大階段を登らされ、そして左右に分かれた細い階段で足止めを食らう。狙ってくれと言わんばかりに。その細い階段の先に手練れが数人待機しているのだろう。背後から矢を射られながら手練れと対峙するのは難しい。


 基本に忠実な固い守りだ。


 だが、それ以外の罠らしい物の痕跡は見当たらない。元はただの城にだからな。


 俺たちは身構えたまましばらく様子を伺ったが、ボスらしい奴は現れなかった。騒ぐ手下を静かにさせたと言う所か。


 「俺が行くか」


 「ワン!」


 ピヨールが元気に吠える。


 「ピヨール。行くなら正面から突破しろ。心配するな、お前の後ろから矢は飛んでは来ない」


 ロンダはそう言うと城内に敷き詰められた石の床を踵で蹴り抜いた。踏み抜かれた石の床が粉々に砕ける。


 「弾はたくさんある」


 俺は無言で頷いた。


 踵に石を砕く為の突起が仕込まれているとしても、そんなに簡単に城の床が砕けるか? と言う思いを飲み込んで俺は大階段に向かって走った。


 「ぐおっ」


 「ぎっ」


 「がっ」


 上の廊下から次々に断末魔の声が聞こえる。ロンダの投石を受けて立っていられる者は居ない。熊よりも強いか分厚い鎧を着込んでいるなら何とか耐える事が出来るかも知れないが。


 その分厚い鎧が階段の先にいた。細い階段の幅一杯に立ち塞がり地の利を活かして大振りの大剣を振りかぶっている。


 俺を頭から叩き割る気か。


 左右に逃げる事も出来ないこの階段を上手く使ったいい手だ。


 相手が俺で無かったらな。


 左右に別れた階段のどちらにも同じ様な鎧が立っている。俺は右の強そうな方に向かって階段を駆け上がった。鎧は俺の駆け上がる速度に一瞬、驚いた様だが、すぐに構えた大剣を完璧なタイミングで振り下ろしてきた。

 キキーン


 鉄が硬いものに当たる音がする。俺の剣と鎧の大剣が打ち合った音では無い。俺の光の剣によって根元から斬られた大剣が俺の背後の階段にぶつかった音だ。


 刃を失った大剣を呆然と見つめる鎧の首を俺は構わず横殴りに斬り裂いた。胴体の上に乗っていた鉄の兜が転げ落ち、斬られた勢いで鎧は横倒しに倒れる。


 「親方!」


 背後でそう叫ぶ声がしたが俺は構わず廊下へと駆け抜け、こちら側に戦えそうな者が1人もいない事を確かめた。


 「ぐはっ」


 俺が大階段に戻ると反対側にいた鎧の脇腹にロンダの短刀が深々と刺さっていた。


 「こいつで最後だ」


 刺さった短刀を引き抜いたロンダがこちらを振り返る。


 「この先に、悪い奴が居るのか?」


 「ワン!」


 ロンダの問いにピヨールが答える。


 「居るらしい」


 俺は肩の上にいるピヨールの腹をかいてやる。ピヨールは片足を上げてもっとと催促してきた。


 「じゃあ、行くか」


 俺とロンダは階段を上がって廊下を進み、その奥にある螺旋階段を登った。登りきると玉座の間ぽい扉がある。木でできた扉に紋章が刻まれ、扉の左右に旗があり、床には紺色の絨毯が敷かれている。


 「中に居るな」


 ロンダが言ったのは悪い王ではなく、それを守っているであろう兵の事だ。


 「ワン!」


 ピヨールが吠える。便利な奴だ。


 「罠があるぞ」


 ロンダはそう言うと思いっきり扉を蹴り、すぐに反対側に飛びのいた。


 ガガガガッ


 扉のすぐ前と反対側の壁に無数の矢が当たって弾ける。何本かは積み上げられた石壁の隙間に刺さっている。鉄の矢だ。


 「結構居るな」


 ロンダが笑う。獲物が多い時の笑いだ。ロンダは短刀を引き抜き、それの切っ先を扉から少し出した。扉の向こうを確認する為だ。


 ガガガッ


 その短刀に向かって再び矢が放たれる。当たりはしないが、こちらから攻めるきっかけも無い。


 「30は居るな。10が3列で30だ」


 短い鉄の矢が飛んできた事を考えると、ボウガンを構えた兵が30ほど居る様だ。3列居るとなると手前の10を斬っても、奥の2列のボウガンは食らってしまう。


 「燃やすか」


 ロンダはそう言って腰の袋から黒い玉を取り出す。この黒い玉はロンダお手製の癇癪玉だ。火薬の周りに発火性の強い鉄の粉をまぶし、大きな光と煙を出して爆発する。狩りで穴に隠れているケモノをおびき出したり、位置を確認する時に使っていた。


 ロンダはそれを3つ取り出し構えた。


 「まずは手前の10だ。欲張るなよ」


 俺にそう言うとロンダは玉を投げ込んだ。


 ボボボ!


 「う!」


 「目が!」


 「な!」


 相手が混乱している隙に俺が飛び出し前列の10人を斬り捨てる。同時に持っていたボウガンも斬っておいた。そして再び扉の外に戻る。


 「ぐが!」


 「ぎ」


 「ばっ」


 斬り捨てた兵は見た事が無い紋章がでかでかとついた鎧を身につけていた。


 「な、何をしている! さっさと片付けろ!!」


 玉座の間の奥から声がする。


 「あれが悪者か?」


 ロンダの問いにピヨールが答える。


 「ワン!」


 「そうらしい」


 「あと20だ。次はこれで行くぞ」


 ロンダが取り出したのは匂い玉だ。


 「いや、ここは玉座の間だ。それはちょっとまずいぞ」


 俺はロンダを止めようとしたが遅かった。ロンダは匂い玉を床に勢いよく転がした。玉は臭い消しの成分がある茶の葉の粉末の中に入れて持ち歩くが、高速で床を転がすことで付いていた粉末がはげ落ち、匂い玉がむき出しになるのだ。


 「な、なんだ!この匂いは!」


 「おえぇぇ」


 「貴様ここをどごぇぇ」


 「目が目が!」


 まあ、そうなるだろ。


 これは狩りで猛獣に取り囲まれてどうしようも無い時にだけ使うものだ。何故なら一度使うと、その匂いは100日は消えない。そして、その強い匂いの場所に獲物は現れない。狩場を失うのだ。ロンダは鼻が取れそうになる匂いを嗅いで満足そうに頷く。


 どうやら使いたかっただけの様だ。


 「捕らえるぞ」


 「クゥーン」


 ピヨールは俺の肩から飛び降り玉座の間に入る事を拒んだ。


 まあ、そうなるだろ。


 俺は鼻をつまみながら部屋に入る。ロンダはそのまま部屋に飛び込み、のたうつ兵を順に仕留めていった。この中にアソフォンが居たらアンとの約束が守れないな。だがそれもやむなしと俺は転がるボウガンや剣を斬り捨て、使えなくして行く。

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