第12話 王女帰還

 「グホッグホォォエ……」


 玉座の前で床に這いつくばっている男がいる。


 「お前が悪者?」


 兵を全て切り捨てたロンダが男の前に立ち確認する。だが男は咳き込み嗚咽するだけで答えることが出来ない。


 「一応、捕らえておくか」


 男を捕らえ兵を倒すと部屋は静かになった。残っているのは30人程の兵と捕らえた男と匂いだけだ。


 「思ったより歯ごたえが無かったな。金を惜しむからこうなるんだ。まあ次は無いが」


 ロンダの声は床に這いつくばって咳き込む男には届いていない。


 「口で息を吸うと楽だぞ」


 ロンダが言う。そんなわけ無いだろ。


 「いや、たいして変わらん」


 倒れている兵が、ちゃんと死んでいるのか確認しながら俺は部屋の外にいるピヨールの様子を確認した。


 「あいつ、何処に……お!?」


 ピヨールは部屋の外ではなく城の通路を走っていた。


 「ロンダ、ここは任せた」


 「何処に行く?」


 「ピヨールを追う」


 「ピヨール? ああ、犬のことか。逃げたのか?」


 「いや、何かを追っている。それを確かめる」


 「面白そうだな、こいつ斬って俺も行こうか?」


 「ダメだ。おれにも仕事をさせろ」


 「……分かったよ。ピヨール」


 俺はロンダを置いて部屋を出た。ピヨールは……城を出て王都にいるようだ。ピヨールの事を考えるとその風景が頭に浮かんだ。俺は螺旋階段を駆け下り、1階に飛び降りるとそのまま場外に出た。


 「おお! 生きて出てき……な、なんだ! 貴様のその匂いは!?」


 入口で会った兵が声をかける。


 「中の兵は倒した。アソフォンらしき男も捕らえている。ところで子犬を見かけなかったか?」


 俺の質問に兵が戸惑いながら答える。


 「子犬? 何を……あ、いや、確か城から出てきたのが一匹いたぞ?」


 「どっちに行った?」


 「あっちだ。ポルト通りを抜けた裏道に入って行ったぞ」


 兵が指した先に大通りから別れた小道があった。先程、頭に浮かんだ景色だ。


 「わかった」


 俺はそう言って兵を残し裏道に向かって走った。ピヨールはまだ子犬だけあって走るのは遅い。だが疲れないのでずっと走り続けることが出来る。


 一気に追いつかないと面倒だ。


 俺は全速力で裏道を走った。細い路地は入り組んでいたが、ピヨールの気配を頼りに俺は分かれ道を進んだ。


 「ピヨール!」


 「ワン!」


 俺の声を聞いてピヨールが嬉しそうに俺の肩に飛び乗った。


 「ワン!」


 そして俺に走れと吠える。ピヨールが肩に乗った瞬間、何故、ピヨールが駆け出したのか。何を追いかけていたのかがすぐに分かった。


 俺は疲れを知らぬ体で走り続け、裏通りから大通りへと飛び出す。其処には小さな馬車に乗り込もうとしている1人の男がいた。


 ピヨールでも十分追いつけそうな太った男だ。男は俺に気づいて慌てて手綱を握り馬車を走らせた。通りには人はおらず馬車は乗り捨てられた物の様で車輪の回りがおかしかった。そのせいで走り出してすぐ車軸が折れ、車輪が外れて男は地面に転がった。


 「動くな」


 俺が光の剣を男に向けると男は漏らしながら俺に命乞いをして来た。


 「アソフォンか?」


 指に大きな金の指輪をしていたので、そう尋ねると男は素直に頷いた。


 「そうか」


 俺はそれだけ言うと壊れた馬車から馬を解き、手綱を切ってそれで男を縛った。


 「お前に会いたがっている者がいるのでな」


 小便臭いアソフォンを連れて俺は城へと向かった。


 ん? アソフォンの匂いが分かるぞ?


 「ワン!」


 匂い玉のせいで俺の体は悪臭を放ち周りの匂いなど感じる事は出来なかったのだが、ピヨールは消臭も出来る様だ。


 便利な奴だ。


 俺はピヨールの腹を城に着くまでかいてやった。


 王城に戻ると入口にいた兵達が迎えてくれた。俺が連れ帰ったアソフォンは縛られたまま城の地下にある牢に入れられ玉座の間に居た男はその隣に入れられた。


 「手柄だな」


 ロンダが俺を褒めた。


 「こいつのおかげだ」


 俺がピヨールの腹をなでる。


 「ワン!」


 ピヨールが胸をはる。これはもっと腹をかいてくれという催促だ。


 俺が王都の人々や他の兵はどこに行ったのか尋ねると、兵達はアソフォンの兵に奇襲を受けほとんどがやられてしまい、生き残った兵達は人々とともに王都から避難したらしい。その後、城に籠城されて攻めあぐねていたのだと言う。


 1万の兵がそんなに簡単にやられるのか? ロンダが俺が思った事と同じことを聞くと、兵は悔しそうに毒を盛られたと答えた。新王の誕生会と言う偽りの宴で兵達にもご馳走が振る舞われたが、その中に毒が仕込まれていたらしい。


 苦しみだす兵達に追い打ちをかけるようにアソフォンの傭兵が斬り込み、1万の兵は混乱し翌朝までにその殆どが生命を落としたと言う。その宴の会場は館ごと焼き払われていた。


 宴から逃げ延び、王都の人々と共に避難していた兵は再び集結する。集まった700人程の兵は、アソフォン討伐に王都に戻ったが指揮官を宴で失っており常に劣勢であったと言う。


 何とか城まで追い詰めた時にはその数は50まで減っていた。


 「弱すぎる」


 ロンダが俺が思った事と同じ感想を述べる。兵は唇を噛み締めてロンダを睨んだ。事実である為、言い返せないのだろう。


 「マリアと将軍が戻るまでに城を綺麗にしておくんだな」


 ロンダがそう言ったので俺はピヨールの消臭効果を思い出した。


 「匂いを消せるか?」


 「ワン!」


 俺の肩にいたピヨールがロンダに飛びついて輝いた。するとロンダから匂いが消える。そしてそのままピヨールは玉座の間に向かった。しばらく待っているとピヨールが元気に帰って来る。


 「匂いは消えたか?」


 「ワン!」


 ピヨールが返事をする。一番の手柄はやはりピヨールだな。


 「これで玉座の間にも入れるだろう。死体を片付けて綺麗にするんだ」


 兵達は重い足取りで城に入ったが王女マリアの為にと真面目に働いた。俺とロンダは食料を確保するために王都の裏にある森に向かい狩りを続けた。


 数日後、マリアを連れてビラボア将軍とアンと3000の兵が王都に帰ってきた。人気のない王都に困惑する兵達であったが王城は綺麗に片付けられ城壁に前国王の旗が掲げられて居るのを見て歓声をあげる。


 そして、マリアは城に戻った。


 その日の内にアソフォンともう1人の男はアンによって処刑された。俺とロンダは、アン、ビラボア将軍、そしてマリアから何度も感謝された。


 俺は救国の英雄、真の勇者として王女から女王になったマリアから称号を与えられた。


 ロンダにも勇者の称号が与えられたが


 「俺の名はロンダ。それ以外の名は要らぬ」


 と称号を断った。格好良いなロンダ。だが俺と犬のピヨールには称号を受けろと言う。自分のつけた名前が勇者と呼ばれて嬉しい様だ。


 この日から俺はミノア王国において犬を連れた勇者、犬勇者ピヨールと呼ばれる様になった。


 言い方として間違ってはいないが、ちょっと意味が違う。犬を連れた勇者ではなく、犬の勇者を連れたピヨールなのだが説明するのが面倒なので犬勇者という称号を受けた。


 王城の城壁の上から城に入れなかった兵達の前に姿を現したマリアは俺とロンダをそう言って紹介した。王城の周りで待機していた兵達の犬勇者ピヨールと言う声と、女神マリアという声、そしてなぜか戦鬼ロンダと言う声が響いた。


 「戦鬼か、悪くない」


 ロンダが腕を上げて声援に応えた。


 だがミノア王国の受けた被害は大きい。王国の財宝、食料は殆ど無くなっており、城も街も荒らされていた。


 「これだけの事をアソフォンだけが考え、実行したとは考えにくい。何か裏がありそうだ」


 と言うビラボア将軍の命により、アソフォンともう1人の男の素性を捜査することになった様だ。確かに、あのアソフォンには無理そうだな。


 俺とロンダとピヨールは、その日は王城に泊まり、翌日、城を出る事にした。アンとマリアはとても残念がった。特にアンは、俺にこの身を捧げるとまで言い出した。


 「アスタルテでも、女王マリアでも好きな方を娶ってくれんかね」


 と、ビラボア将軍も乗り気だ。勇者である俺なら異を唱える者などいないと言う。マリアを見ると顔を赤くしていた。ロンダは機嫌が悪そうだ。


 「俺は旅を続ける。勇者だからな」


 「よく言った!」


 間髪入れずロンダが叫ぶ。


 俺たちは翌日の朝早くに王城を出た。城の外で多くの兵から感謝され握手を求められた。王都を出る頃には、手が痺れていたぐらいだ。


 「で、何処に行くんだ?」


 「ついて来るのか?」


 「当たり前だ!」


 「会えたのだからもういいだろ?」


 「駄目だ」


 「家に帰れ」


 「駄目だ」


 ロンダは俺と一緒に旅をするらしい。


 「ワン!」


 ピヨールは嬉しそうだ。


 「待て! 待たれよ! 犬勇者ピヨール殿!!」


 城を出た俺たちの後をアンが追ってきた。


 「どうした?」


 俺が聞くと、アンが答えた。


 「犬勇者ピヨール殿、どうかこのアスタルテを同行させて欲しい」


 「駄目だ」


 ロンダが即答する。


 「ロンダ殿にもお願いする。私はもっと強くなりたい。その為に勇者殿とその力に匹敵するロンダ殿と一緒に旅をし、修行させて欲しいのだ」


 「ほう、つまりピヨールと夫婦になりたい訳では無いと?」


 ロンダが聞くとアンは黙ってしまった。そして顔を真っ赤にし、冷や汗をかきながら答えた。


 「……なりたい……だが今の私では不相応だ。もっと強くならなければ」


 いや、夫婦って強さは関係無いぞ。


 「良いだろう! ついてこい。そして、俺に勝ったらピヨールの嫁として認めてやる!!」


 「ワン!」


 ロンダが嬉しそうにアンを迎え入れた。そして、何故か犬のピヨールも嬉しそうだ。


 「宛の無い旅だ。いつ帰れるか分からんぞ?」


 俺が聞くとアンは覚悟を決めた目をして言った。


 「マリア様の許しは得ている」


 ならば結構。という訳では無いが、それ以上どうこう言うのも気が引けたので俺も同行に同意した。


 俺は一度マセに戻りルネに事の顛末を伝えようかと思っていたが、ロンダがどうせなら知らぬ場所に行くぞと言い出す。それを聞いていたアンは黙っているが何か言いたそうにしている。


「何処か行きたいところがあるのか?」


 俺が聞くと、とても言いにくそうにアンが口を開いた。


 「アソフォンと共に首をはねた男はどうやらテトアンの者らしく、その素性を知る為に海を渡ってテトアンに行ってみたい……いや、すまぬ。今のは聞かなかった事にしてくれ。これでは勇者殿とロンダ殿を利用する様で」


 アンが早口で慌て出すとロンダがそれを遮った。


 「面白い! 俺はまだ海を渡った事が無いからな!」


 「ワン!」


 ロンダが決定し、ピヨールが喜んだ。俺たちの次の目的地はテトアンになった。

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