第13話 神の思し召しでしょう

 偽王アソフォンと一緒に居た男の故郷と思われるテトアンにはミノア王国の港町タリフから行く事になった。タリフから海峡を渡った先にあるマルンに向かい陸路を東に進むとテトアンに着くらしい。マルンは昔、ミノア王国の一部だったが100年程前の戦で独立しベニメル国となった。そのベニメル国の都がテトアンだ。


 俺たちはミノアの王都から隣町のニザまで歩き、そこからタリフまでの馬車に乗ることにした。


 ニザはアンの言うとうり、王都から避難していた人々で賑わっている。すでに早馬によってマリアが王都に戻った事は伝わってはいるはずだが、その真偽を決めあぐねているのでは無いかとアンが言う。


 そんな所に俺たちが王都方から歩いて来たので町は騒ぎとなった。しかも女王となったマリアから犬勇者の称号が与えられたられたこともすぐにばれてしまう、ロンダとアンによって。


 「皆聞くがいい! こいつは偽王アソフォンを捕らえし救国の勇者ピヨールだ! 俺はその勇者ピヨールの姉、戦鬼ロンダ! そして女王となったマリアを守り、勇者を連れてミノアに舞い戻り、偽王アソフォンの首をはねたのが、騎士アンだ!」


 ロンダが町の広場に集まった人々に宣言する。人々が顔を見合わせ一瞬戸惑いを見せるが、すぐに歓喜の叫びに変わって行く。その様子に酔ったのかアンも興奮して叫んだ。


 「我が名はアスタルテ! この犬勇者ピヨール殿に仕えし騎士なり!!」


 あ、犬勇者って言うのね、やっぱり。


 「ワワオオオーン!!」


 俺の肩の上でピヨールが元気に吠える。


 「犬だ」


 「子犬が乗ってる」


 「可愛い」


 「犬の勇者様だ!」


 「犬勇者!」


 「犬勇者ピヨール!」


 町の人が俺と犬の名を呼び、ロンダは再び満足そうな顔をする。その隣でアンも満足そうだ。


 お前ら気が合いそうだな。


 そんな感じで街で歓迎された俺たちの前に1人の男が飛び込んできた。


 「勇者様! 犬勇者様! 町を……町を救って下さい!!」


 男は足を怪我しているのか転げる様に手をついてやって来た。


 「どうした?」


 俺が男を抱えて立たせると男は俺にしがみつき懇願する。どうやら魔物に町を襲われたのだという。だが興奮していて何を言っているのかよくわからない。そこに修道女の様な女が駆け寄ってきた。


 「この人は、ここからずっと西にあるサンジドーロの者です。魔物に支配された町から逃げ出し王都に救援を求めに来たと言っているのですが怪我が酷くてここで倒れていました」


 魔物が町を支配? 魔物がそんな事をするか? 取り敢えず俺はこの男から詳しい話を聞くために肩の上のピヨールを捕まえて男の頭の上に置いた。


 「何を?」


 男や修道女、周りの人々が困惑の表情に変わるがロンダとアンはニヤリと不敵に笑う。


 お前ら気が合いそうだな。


 「ワン!」


 男の頭の上でピヨールが吠えるとその体が光り出す。


 「光った!?」


 「犬が光ってる」


 「犬が!?」


 光はいつもの様に男を包みこみ男の怪我を治していく。


 「奇跡です! おお、神よ……」


 男の様子を見ていた修道女が俺に向かって跪き手を合わせて祈った。すると、それを見た町の人々も同じ様に跪き始める。


 「待て待て、祈るな。祈らなくていい」


 俺がそう言うと修道女は首を振ってさらに祈り、そして俺の靴に口付けをしようとし出した。


 やばいな。


 俺はこんな所で祭り上げられるのは御免だと傷の治った男を掴み適当に西に向かって走った。


 「勇者様! 何処へ!?」


 修道女が俺を呼び止めるが構わず走る。その後をロンダとアンが大笑いしながら追って来る。


 途中、俺やまだ光っているピヨールに向かって人々の手が伸びる。何かを奪い取ろうというのでは無く神の力にあやかりたいと言う感じだ。実際、触れる事が出来た者は何処かしら治療されている様で歓声と鳴き声の様なものが広がっていた。


 これもやばいな。


 俺は取り敢えずロンダとアンを無視して街を出て近くの小川にある岩陰に身を潜めた。追ってくる者は誰もいない様なので、そこでやっと男を放した。男はぐったりとして地面に転がる。見ると気を失っているようだった。


 俺の横で気を失っている男の顔にピヨールが座っている。何かの治療なのかと思ったが光っていないのでただ単に座っているだけなのだろう。


 男の意識が戻るまでこの場に居続けると町の連中や、あの修道女に見つかりそうなので、はぐれてしまったロンダとアンに合流できたら気を失ったままでも担いで行くしかなさそうだ。


 道はアンが知っているだろう。多分。


 俺がピヨールの頭と顎を撫でていると馬車の音が近づいて来た。俺は町から続く道から見えない様に岩陰に潜んでいたのだた馬車はすぐ近くで停まる。


 「ピヨール行くぞ」


 「ワン!」


 不意に背後の岩の上から声がしたので見上げるとロンダがいた。


 「岩陰が好きなのは変わらんな」


 「好きではない」


 俺の返事を聞いてロンダがニヤリと笑う。恐らく本人は微笑んでいるつもりなのだろうが、はたから見ればただの威嚇にしか見えない。


 「変わらんな」


 ロンダはもう一度そう言うと岩から飛び降り馬車に向かった。


 俺は気を失ったままの男を担いでロンダの後に続くとミノア王国の紋章が入った馬車が停まっていた。


 「町に駐在していた兵から借りたのだ」


 御者台の上に座るアンが俺に説明する。


 「道は分かるのか?」


 「ああ大体だがな。困ったらその男に聞けばいい」


 俺たちの中に計画を立てると言う言葉はない様だ。まあ旅などそんなものだろう。俺は男を馬車の荷台に乗せるとアンのすぐ横に座った。


 「で、では、行くぞ」


 何故か緊張気味のアンが手綱を操り馬車が走り出す。後ろの荷台ではロンダがどうせ仁王立しているのだろう。俺は出来るだけ振り返らない様に注意する。


 もし振り返って目が合えば、身体の軸がどうとか言うロンダ流の訓練をやらされるからだ。


 「ピヨール、走らせろ」


 「ワン!」


 俺の指示にピヨールが答える。すると馬車とそれを引く馬がほんのりと光り出す。馬車は勢いを増し瞬く間に丘を1つ越え更にその勢いのまま峠を駆け上がって行く。


 「おお、神よ……」


 ん!? 今、声がしたぞ?


 俺が荷台を振り返ると仁王立のロンダの後ろにボロ布の中から這い出てきた修道女が両膝をついて祈っていた。


 「お前は何故、ここに居る」


 仁王立のロンダが仁王立のまま後ろに向き直って修道女に問う。


 「神の思し召しでしょう」


 修道女は俺を見つめながら答える。


 「こいつ、捨てるか?」


 ロンダが俺に聞いてきた。いや、捨てるのはまずいだろう。


 「捨てましょう」


 アンが俺の顔を見て言う。いや、だから捨てるのはまずいだろう。


 「神の思し召しでしょう」


 「捨てるか?」


 「捨てましょう」


 俺は皆の言葉を遮り修道女に聞く。


 「お前はその男の町を知っているのか?」


 「はい。私はこの男の町、サンジロード隣にある村の出身です。道も全て分かります。これも神の思し召しでしょう」


 「そうか、ならその村までなら連れて行ってやる。街には魔物が居るらしいからな」


 「駄目だ」


 「駄目です」


 ロンダとアンが声を揃える。


 「なら、お前らは道を知っているのか?」


 俺が聞くとロンダが即答する。


 「俺が知る訳がない」


 だろうな。アンも何故か強気だ。


 「西に行けば何とかなる」


 ならんよ。そして着かんよ。


 「その修道女は連れて行くぞ。これは決定事項だ」


 それを聞いてロンダがニヤリと威嚇する。


 「決定事項か……変わらんな」


 お前もな。


 「間も無く、三叉路がありますが、真ん中には行かないで……ああ!!」


 修道女が説明の途中で大声を上げる。


 「どうした?」


 俺が聞くと修道女は両手を合わせる。


 「これも神の思し召しでしょう」


 何がだ?


 俺が馬車の進行方向を見ると道が森の中に吸い込まれて行く。


 「魔の森と呼ばれています」


 修道女が説明する。俺たちはうっそうとした森の中に突っ込んでいった。


 森の中でも馬車が走れるだけの道は繋がっていた。ただ相当長い間馬車は通っていない様で道は落ち葉や枯れ枝で覆われている。馬車の車輪はその落ち葉や枝を踏みしめながら走っていく。


 「座ったらどうだ?」


 俺が森に入っても仁王立のままのロンダに声をかけた。


 「まだ行ける。俺を舐めるな」


 ロンダはニヤリと笑う。


 確かに落ち葉の下に隠れている木の根などで馬車が激しく揺れてもロンダは上手く姿勢を調整して耐えている。それとは逆に修道女は荷台の上を前後左右に転げ回っている。


「神、の、思し、召、し、で、しょ、う」


 転げ回りながら祈っている。今にも舌を噛みそうな勢いだ。森の入口からしばらく走り続けると周りの雰囲気が急変し木々が黒く大きな物に変わって行った。


 「こ、こが、魔の、も、り、です」


 修道女が転げながら教えてくれた。


 「何か来るぞ」


 隣で馬を操るアンが前方を指差す。黒いものが前方に浮いている。こちらに飛んで来ている様だ。


 「コウモリか?」


 俺は座ったまま剣を構える。こちらに向かって一直線に飛来するそれは俺たちの馬車の速度と相まってかなりの勢いで突っ込んで来た。


 俺はすれ違いざまそのコウモリを斬り捨てた。相変わらず手応えのない切れ味の光の剣だがコウモリは真っ二つになって俺の後ろに飛んで行く。


 「これはコウモリじゃ無いな」


 後ろでロンダが両の手それぞれに真っ二つになったそいつを持って首をかしげていた。


 「次が来るぞ!」


 馬車の前にはいつの間にか黒い壁が出来ていた。そこらじゅうからキィキィという声が鳴り響く。


 「馬車を止めるな。一気に突破する」


 俺がそう言うよりも早く背後から石つぶてが黒い壁に向かって飛んで行き、その壁を貫いた。


 「全部、撃ち落とす」


 ロンダは懐から石つぶてを取り出し仁王立のまま構えると次々に壁が厚く重なり合う場所を狙って石を投げつけた。


 壁の中に馬車が突入すると同時に俺は光の剣で手当たり次第コウモリを斬った。隣のアンは身を屈めて俺の邪魔にならない様にしている。


 「次で最後だ!」


 馬車は黒い壁を通り抜けた。道の両側の木々はまだ黒く大きいままだが馬車は速度を上げて森を駆け抜ける。黒い壁は俺たちを追って背後から飛んでくるが馬車の速度には追いつけず徐々にその姿は見えなくなった。


 俺たちは森を抜けた。


 「一度停まろうか」


 俺がアンに言うとアンは馬を操り見通しの良い道の傍らに馬車を停めた。俺が修道女と男の様子を確認しようと荷台に振り返るとロンダが荷台の上で火を焚いていた。


 「馬車を燃やす気か?」


 ロンダは聞こえない振りをして落ち葉を燃やした炎でコウモリの切れ端を炙っている。


 「羽はまあまあだが肉は臭いな。このままでは食えそうに無い。やはり魔物は食えるところが少なくて困る」


 ロンダは残念そうに荷台に積み上がったコウモリの死体を眺めた。そこにボロ布に包まって隠れていた修道女が出てくる。


 「ひぃぃ」


 積み上がったコウモリとそれを焼いて食うロンダを見て気を失った。元から気を失っている男はまだ起きて来ない。


 「こいつら捨てるか?」


 コウモリの事なのか修道女と男の事なのか、あるいはその両方か。ロンダなら両方だろう。


 「コウモリを捨てよう」


 「食えなくは無いぞ?」


 「コウモリは捨てよう」


 「こいつらは食えないぞ?」


 「コウモリだけだ」


 ロンダは勿体無いと言う表情でコウモリを道端に捨てていく。アンはコウモリから目を逸らしていた。どうやら苦手な様だ。


 ロンダがコウモリを捨てながら、その羽根をむしり取って懐に入れているのを横目に見ながら俺は修道女と男を荷台にちゃんと寝かせてやった。


 「ワン!」


 気を失ったままの男の顔の上でピヨールが吠える。何か言いたい事がある様だ。

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