第14話 魔の山の魔城
ピヨールはどうやら男の異変を訴えている様だ。
「何処がおかしいんだ?」
「クゥーン」
異変の内容は分からない様だ。男も修道女も気を失ったままだが、道は一本道なので迷う事はなさそうだ。俺達は取り敢えずそのまま進み、分かれ道が来たら起こす事にした。
アンが馬車を走らす。怪しい森はもう抜けていて道の先にあるのは丘と林ぐらいのものだった。
「あの峠を越える事になりそうだ」
アンが隣に座る俺にそう言った。
「峠の先にはどうなっている」
俺が聞くとアンは自信なさ気に峠を見つめながら
「山だ。少なくとも5回は峠を越える事になるはずだ」
俺もアンが見ている山を見上げた。確かに山脈の入口といった感じで、その向こうに山々が連なっている。
「魔の森があったのだから魔の山もありそうだな」
俺は特に深く考えずに軽口をたたいた。
「魔の山を知っているのか!?」
アンが俺を見て叫ぶ。
あるのか……魔の山も。
「いいぞ」
背後で俺たちの話を聞いていたロンダが急に声をかけてきた。
「何がだ?」
「魔の山に行ってもいいぞ」
「いや、今はその男の町に行かねば……」
「そこは魔物に支配されているんだろ? だったら魔物を倒していけば、いずれ辿りつくだろ」
まあ、そう言えなくもない。
「途中で出会う魔物も出来れば減らしておきたい。これは私のわがままだが」
アンが正面を見たまま申し訳なさそうにしている。
「そうか、なら魔の山にも寄っていくか」
「いいぞ」
「ありがとう」
「ワン!」
男の顔の上から俺の肩に戻ってきたピヨールが吠える。すると馬車の走る速度が一気に上がった。その勢いのまま最初の峠を俺たちは越え山々の中に入って行った。
2つ目の峠を越えても道はずっと一本道のままだった。しばらく分かれ道は無さそうだ。
「で、魔の山とはどんな所なんだ」
アンに聞くと場所ははっきりとは分からないが、今から登って行くエストレラ山脈にあるらしく、岩と死骸に覆われた呪われた場所が山脈の狭間にあるらしい。
「辿りつけるかどうかは分からんが、峠を幾つか越えていると迷い込むという話だ」
なるほど確かに2つ目の峠を越えた辺りから岩が多くなって、道も荒れて来ている。ここに死骸でもあれば、まさに魔の山と言う雰囲気だ。
「ワン! ワン! ワン!」
ピヨールが前に向かって吠え出した。
霧か?
大きな岩を迂回する様な道を抜けると、白ではなく灰色に近い靄が広がっていた。アンは少し馬車の速度を落としてその霧の中に入って行く。
俺達と馬車と馬以外は少し前もはっきり見えない程の霧だ。ピヨールが光っているお陰で道を見失いはしないが、そうでなければまともに走る事も難しいだろう。
「あれは……なんだ?」
アンが斜め前を指差した。そこには霧ではっきりとは見えないが高い塔の様な物が見える。そして、それは確実にこちらに近づいてきた。
「城か……魔城だな」
ロンダが嬉しそうだ。まだ魔物が食い足りないのかもしれない。
しばらく走ると急に霧が晴れる。
「これは……」
アンがそれを見て言葉を失う。大きさだけならミノアの王城の倍はある大きな城だ。だが何かがおかしい。
「死骸だな」
ロンダが魔城の壁を見て言う。城の壁も、その城へ続く橋も全て生き物の死骸で出来ていた。骨と肉片の城の手前で俺たちは馬車を停める。何故なら道がそこで途切れたからだ。
「誘われたな」
俺の言葉にアンがぎこちなく頷く。異様な光景に多少戸惑っている様だ。
「なら歓迎してもらおう」
ロンダは早速馬車を降りて城への橋を調べている。
「渡れそうだ」
俺は馬車を降りてロンダの後に続いた。確かに強度は問題なさそうだ。
「アンはここで待て」
俺がそう言うと、アンは慌てて馬車を降りた。
「私も行く……」
勇気を振り絞ってという感じだ。
「駄目だ。馬車とあいつらを守ってもらいたい」
自分が魔城を恐れていることが俺たちにばれているのを知っていながらついて行くと言うアンの気持ちを考えると連れて行ってもいいのだが、男と修道女だけをここに残して行くわけにも行かない。
「いいぞ一緒に来い。これも修行だ」
俺の考えは却下された。
「邪魔でも一緒に行かないと強くならん。お前の様にな」
ロンダが俺の背中を叩いた。それを言われると俺は何も言えない。
「すまん」
アンが俺たちに歩み寄る。
「い、いやぁぁぁー!! ま、魔城がぁぁぁー!!」
盛大な叫びを出しながら修道女が目を覚ました。
「お、目が覚めたか。俺たちは城に入るがお前はどうする?」
ロンダが魔城に驚いてもう一度気を失いそうな修道女に確認する。
「行きません!」
修道女が振り絞る様に言い切る。
「そうか、それなら馬車とその男を頼む」
ロンダの言葉を理解出来ていないのか修道女が馬車、男、俺、ピヨール、アン、ロンダと視線を巡らし最後に俺の顔を見つめると
「わだじも、いぎぃまずぅ」
と泣きながら馬車を降りてきた。残されるのは嫌だった様だ。結局、俺たちは馬車と男を置いて魔城に行くことになった。動けない者は捨てる。動けるなら連れて行く。ロンダが昔、俺に言った言葉を俺は思い出した。
アンと修道女の姿が、昔の自分と重なり何とも言えない気分だ。
「一緒に行くなら、名を聞こう」
「わだじは、バンデリガれじゅ」
「そうか、バンデリガか。変わった名だな」
ロンダはアンと修道女の背中を叩いて歓迎する。
「よろしく、バンデリガ」
アンも修道女に挨拶する。
多分だが、修道女の名は、アンジェリカだと思うぞ。
霧に包まれた魔の山にある魔城に入るには、死骸で出来た橋を渡らねばならない。一歩踏み出すごとに、肉片が崩れて腐臭を放つ。
「臭いな」
「ワン!」
俺の呟きにピヨールが応え体を光らせた。光に包まれると腐臭が消える。
そう言えばそうだったな。
だが同時に光は足元の死骸も浄化し出した。
「待て、ピヨール。そこまでだ!」
「ワン!」
ピヨールが光を消すと俺の鼻に再び腐臭が突き刺さる。
「光の量を抑えられるか?」
「ワン!」
ピヨールは首から上だけを覆うように体を光らせた。
「いいぞ、その大きさのままでいろ」
「ワン!」
橋の真ん中辺りまで来たが後ろから誰もついて来ていない様なので俺は後ろを振り返った。後ろではアンと修道女のアンジェリカが死骸に怯え、腐臭に涙しながら一歩ずつ歩いているせいで全然前に進んでいない。
その2人の様子を後ろでロンダが見守っている。こう言う時、ロンダは決して相手を急かしたりはしない。ただ黙って見守る。そして命の危険が無い限り手助けをする事もない。
「死骸だがこの橋は丈夫だ。だから踏み抜いて落ちる事は無いぞ」
そうは言っても涙で前が見えないので2人は思った様に前に進めないでいる。
俺は引き返した。
「アン、大丈夫か?」
「あ、ああ」
「だべでしゅ」
アンと修道女が俺の問いに答えた。
ああ、アンジェリカだからアンか。じゃあ、アンだとややこしいな。
「ピヨール、アン達を頼む」
「ワン!」
俺の肩からアンの肩へとピヨールが飛び移り、互いの肩を掴み合って体を支えていた2人が光に包まれる。
「こ、これは!?」
アンが驚く。涙でぐちゃぐちゃの顔も光に浄化されたのか元通りだ。
「き、奇跡です!」
アンジェリカが、ちゃんと喋れるようになり両手を合わせた。
「おい、しゃがむなよ」
俺がそう言う前にアンジェリカは両手を合わせて跪き祈ろうとして、膝で踏み抜いた死骸の腐臭で悶絶する。
「ごれぼ、がみのおぼぢめしゅうう」
ドサッ
盛大に顔から死骸の橋に倒れこむアンジェリカ。気を失った様だ。
「ははは、ここまでか。まあ、少しは根性見せたな」
ロンダはアンの背中を叩き、アンジェリカを拾い上げると俺に放り投げた。
「捨てるか、助けるか、お前が決めろ」
そう言って俺の横を通り過ぎる。俺はピヨールを肩に乗せたアンの様子を確かめてから、死骸まみれのアンジェリカを担いでロンダの後に続いて橋を渡った。アンとピヨールも俺の後からついて来ている。
橋を渡りきった所で俺は地面にアンジェリカを寝かせた。そして、アンの肩の上にいるピヨールを掴んでアンジェリカの顔に乗せる。
「ワン!」
ピヨールが光ってアンジェリカにまとわりつく死骸をキレイに浄化した。
「次は助けるな。こいつの為に成らん」
ロンダがアンの肩に手を置いて俺に言う。
「面目無い……」
アンがロンダに頭を下げた。
「死臭にまみれ、そこを生き抜いてこそ、女は強く、美しくなる。俺の様にな」
ロンダがニヤリと笑うが、アンは顔を引きつらせて怯えている。
「この先は、勇者殿の力を借りずとも戦い抜いてみせます」
アンが片膝をついて俺とロンダに宣言した。
「もちろんだ。この城には魔物がウヨウヨいそうだからな。だが無理はするな。俺の後に続けばいい。ピヨールも最初はそうだった」
「はい!」
何だかアンがロンダの弟子に見えて来た。
「ピヨール。お前はバンデリガを守ってやれ。勇者ならそれぐらい出来るだろ。これも修行のうちだ」
ロンダはそう言うとアンを連れて城に向かって歩き出す。俺は再び、死骸が綺麗に浄化されたアンジェリカを担いで、2人の後を追った。
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