第15話 廊下を塞ぐ黒いやつ
城の門は閉じてはいたが手で軽く押すと簡単に開いた。中からはカビ臭さと酸っぱさが混ざった様な臭いが漏れ出してくる。橋と同じで死骸で出来た壁や床は踏んでも柔らかくめり込むだけで肉片が崩れる様な事は無かった。
「真っ直ぐ上に向かうぞ」
ロンダが何故そう言ったのか場内の広間に入った俺はそこに広がる景色を見て理解した。広間も正面にある階段も、その奥に繋がっている廊下にも、死者らしき者がうごめいていたのだ。ギッシリと立ち並ぶ死者は、こちらに襲いかかるでも無く、ただ、ゆっくりと歩いている。目的も無く歩いている様で互いにぶつかっても構わず歩き続け其処此処で死者の行進は滞っている。
「こいつらは食えないな」
ロンダは残念そうに呟く。
「わらしが、きりすへまふ」
鼻を押さえながらアンが剣を構える。
「それでは戦えん。こう言う時は息を小さく、口で吸うんだ」
俺もそう教わった。
「は、はい」
アンが鼻を押さえていた手を剣に添え、両手で構えた。
「そうだ。的が多い時はしっかり両手で剣を持たんと振り回している内に落とすからな」
ロンダは懐から石を取り出すと一番近くにいる死者に向かってほり投げた。死者の頭が爆ぜる。爆ぜた死者は崩れ落ち動かなくなった。次にその隣の死者の胸を石が貫いた。胸に大穴の空いた死者はそれでも歩き続けている。
「頭以外は斬っても無駄らしい。首を落とすのがいいだろう。奴らどこもかしこも腐っているから簡単に斬れるぞ」
ロンダはその両手に短刀を構えて死者達の中に入って行った。
相変わらず迷いが無いな。
その後ろをアンがついて行く。ロンダが斬った死者を食うために群がる他の死者の頭をアンが剣で粉砕していった。それでも死者は後から後から湧いてくる。ロンダとアンが死者を斬って空いた場所は直ぐに別の死者によって覆われて行く。
俺も行くか。
修道女のアンジェリカを俺は背中で担ぎ、腰と尻を紐で結んだ。こうしないとずり落ちるからな。
「ワン!」
肩の上にいるピヨールが元気よく吠えた。見ると何かをしたそうに見える。先程、光で死骸を浄化していたから、この死者たちも浄化出来るとでも言いたいのかも知れない。
「ワン!」
そうらしい。好きにしていいぞ。
「ワオオォォォォーン!!」
ピヨールが、遠吠えするとその目から今まで以上の強い光が放たれた。
何だそれは?
放たれた光に触れた死者は、その場所を中心に瞬く間に浄化され消えていく。光を遮る壁や柱や階段に当たるまでの直線上にいた死者は全て消え去った。
「ピヨール! ずるいぞ!!」
既に階段まで到達していたロンダが振り返って俺に文句を言ってきた。
「すごい、さすがは勇者殿」
アンが周りを警戒しながら俺とピヨールを讃える。
「ワオォォーン!」
ピヨールが嬉しそうに降っているシッポが俺の後頭部を何度も叩く。
何度目かのピヨールの遠吠えで広場と階段とその奥の廊下の死者はほとんど消え去った。壁や柱の影になっていた死者はロンダとアンが全て始末していた。そうやって俺たちは廊下の一番奥にある扉の前までやって来た。
扉は真っ黒の塊で、最初俺は扉だと気付かなかった。先に辿り着いていたロンダとアンが扉の前で何か話し合っていた。
「この扉はお前が開けろ」
ロンダがアンに指示を出している。
「し、しかし……これは……」
アンが扉を見て触れるのを躊躇している。
話し合っていたのでは無くアンを鍛えていた様だ。城に入る前は気合い十分だったアンだが、今は少し泣きそうな顔になっている。
アンでも恐怖で泣く事があるのか。
「この黒いのが扉なのか?」
俺が2人の背後から声をかけるとアンが小さな悲鳴を漏らして肩を一瞬すぼませた。
「扉だな。変わってはいるが」
俺に扉が見える様に体をひねったロンダの奥に黒くうごめく物が見えた。
これは触りたくないな。
「これ、魔物だろ?」
「そうだな」
「さっき扉と言ってたが?」
「扉でもある」
そう言えなくも無いか。
「アン、こいつは扉の様な魔物だから、斬ったらどうだ?」
「こら! 勝手な事をするな! それをこいつに考えさせていたのだ」
いや、そうは見えなかったぞ。
「き、斬ります」
アンが剣を構える。
「待て」
ロンダがそれを止めた。
「何処を斬る?」
アンが困った様な顔をしてロンダの問いに答える。
「ま、真ん中をこの様に」
アンが剣を斜めに動かした。
「それでは届かん」
「届かない? ですか?」
アンにはロンダが言った意味が伝わっていない。
「お前に、この黒いのがどれぐらい分厚いか分かるのか?」
「い、いいえ。分かりません」
「それなのに、こいつの表面を斬って倒せるのか?」
「た、倒せません……」
アンがしょげている。
「お前の剣なら真っ直ぐ突き刺せ。場所はここだ」
ロンダは黒い扉の右上を指差した。
「どうして、ここだと?」
アンが不思議そうに尋ねる。
「勘だ」
いや、それじゃ分からんだろ。
「アン、このうごめく触手をよく見てみろ。ロンダの言った場所がわずかだが触手が長く、多いのがわかるか? つまりここに何かあると言うことだ」
「そうだ」
そうだ、じゃない。
「わ、分かった」
アンが右上の一点に向かって剣を構える。俺とロンダは数歩後ろに下がった。
「アン、必要以上に力は込めるな。あと、つき刺したらすぐに後ろに跳べ。突くよりも速く引き抜けよ」
「分かった」
アンは深呼吸してから構えを変え、一気に扉を突き刺した。寸分の狂いもなく剣はロンダが指し示した場所に突き刺さる。そして素早く引き抜き、後ろに跳んだ。
ミキャキャキャキャキャキャキャ
聞いた事がない様な音が鳴り、黒い扉から無数の鋭い針が飛び出る。下がっていなければ全員殺られていただろう。
「いい動きだ」
ロンダがアンの動きを褒めた。飛び退いた場所ギリギリまで伸びてきた針に言葉を失ったままのアンは、その場にへたり込んでいる。針が伸びきって暫くすると黒い塊ごと針は崩れ落ち廊下が続いていた。廊下の先は扉のない入口になっていて、その奥は部屋になっている様だ。
「行くぞ」
ロンダがそう言って歩き出す。アンは慌てて起き上がりロンダの後をついて行った。
姉妹というか親子だな。
俺はおぶっているアンジェリカの紐を締め直し、ロンダとアンの後を追う。入口から部屋に入ると既に戦闘が始まっていた。
大トカゲだ。
部屋は玉座の間の様で細長い作りになっている。一番奥に黒い人影があり部屋の中央あたりでロンダとアンが3匹の大トカゲと戦っていた。
大トカゲ!? ということは、奥のは魔王か?
「ギャギャギギギャー」
聞いたことがある声が玉座の間に響いた。火の玉が来る!
「ロンダ!!」
俺は肩の上のピヨールを掴んでロンダに向かって放り投げた。ロンダはそのピヨールを振り返る事なくキャッチする。
「ん? 犬のピヨール?」
大トカゲの口が大きく開き火の玉が現れた。ロンダがピヨールを火の玉に向ける。俺が盾と間違ってピヨールを掲げたのとは違って、ただ盾に使えそうだから使ったという感じだ。
「ワン!」
だがピヨールは元気よく吠える。
大トカゲの火の玉はかき消え、口を開けたまま固まっている。俺は一気に大トカゲの前に詰め寄り光の剣で斬り裂いた。硬さなど感じる事もなく大トカゲ達は寸断される。細切りになった大トカゲを俺は更に細かく斬った後、肉片を撒き散らした。
「何をしている?」
「勇者殿?」
ロンダとアンが俺の行動を不思議がる。
「奥にいるのは魔王だ。前に一度戦った。奴は大トカゲの死骸を使ってでかくなる」
俺がそう言うとロンダが首を傾げる。
「死骸ででかくなるのか。だがピヨール。ここは死骸だらけだぞ?」
そうだった。この城は床も壁も天井も死骸だった。俺がそれに気づいて大トカゲの肉片を見ると、撒き散らした肉片が床や壁と同化していた。
「奴の胃の中とでもいうのか」
アンが剣を構える。
「俺を食うと、どうなるか教えてやる」
ロンダが魔王に向かって歩き出す。確かにロンダを食ったら腹を壊すどころではすまなそうだ。だが俺達が魔王の元に近づいても魔王は微動だにしなかった。
「こいつ、抜け殻だぞ」
ロンダの表現は的確だった。玉座らしい物に座っている魔王は、その頭部に大きな穴があり中は空っぽだった。そんな状態でも魔王としての魔力は残っている様で足が根の様になって死骸と繋がっている。
「ワン!」
ロンダに掴まれたままのピヨールが吠えると魔王の抜け殻は浄化され消え去った。
おい、それヤバイだろ?
「走れ!!」
ロンダが叫び、俺たちは城の出口に向かって走り出した。
ビタ! ビチャ! ボタッ!!
壁や天井の死骸が魔力の供給を絶たれて崩れ落ちる。床の死骸もただの腐った肉片へと変わり俺達は足を取られた。
「まずい!」
天井から大量の死骸が俺たちに降り注ぐ。
「ピヨール!」
「ワン!」
ピヨールが体を光らせる。俺はそれを天井に向かって掲げた。光に触れた死骸が瞬時に浄化されて行く。が、死骸の量が桁外れだ。落下の衝撃は抑えられたが、結局、俺たちは死骸まみれとなった。
その直後にピヨールによって浄化されたとは言え、腰のあたりまでどっぷりと死骸にまみれた後では、臭いが消えた気がしない。
「風呂に入りたいな」
死骸の山の中で俺がつぶやくと、ロンダとアンがそれに賛同した。魔城は完全に崩れ落ち、ただの死骸の山となった。腐臭に包まれた中を俺たちは橋へと戻る。が、当然、橋も無くなっていた。
「渡れんな」
ロンダはそう言うと辺りを見渡し魔城の奥の森を指差した。
「西はあっちだ、森を抜けるぞ」
そう言って歩き出す。 馬車と男は? と言いたそうなアンだったが、それを言ってもどうにもならないとわかり黙ってロンダの後に続いた。
俺は1人振り返り、崩れ落ちた橋の向こうを見る。だがそこには俺達の戻りを待つ馬車の姿は無かった。男は目覚める事が出来る様には見えなかったが何があったのか知る術はない。
背中にアンジェリカ、肩にピヨールを乗せて俺は森へと歩いた。
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