第16話 ブカリの者たち

 馬車を失った俺たちが森を抜けエストレラ山脈を越えたのは魔城を攻略してから6日後の事だった。


 目を覚ましたアンジェリカの案内で元の街道に戻り、目的地となるサンジドーロの隣の村に向かった。村の名前は二モス。大きな修道院があるだけの村だという。


 「二モスからサンジドーロはどれくらい離れている?」


 俺の後ろを歩いているアンジェリカに質問する。


 「はあはあ、はい? 今、何かおっしゃいましたか?」


 なだらかな街道を歩いているだけだがアンジェリカにはきつい様で息を切らしていた。


 「いや、何でもない」


 サンジドーロが魔物に支配されてからどれくらいの日数が経過しているのかはハッキリしないが、距離が近ければ二モスも危ないはずだ。


 「ピヨール、遅れるな」


 先を行くロンダがアンジェリカを待ちながら歩く俺に声をかける。


 食糧や水の確保は問題無いが、6日間も何も起きていない事がロンダには不満な様で、今朝も食糧確保とアンの修行を兼ねた狩りでここらの獣を粗方狩り尽くしていた。


 大量の肉の加工で昼過ぎまで動けなかったのは誰のせいだと思っているのか……。だがロンダはイライラした素振りで干し肉をかじりながら前を歩いていた。


 「勇者殿、遅れるな」


 アンがロンダの真似をして俺の前を行く。この6日間、アンはずっとロンダと一緒にいる。最初の頃に比べると顔つきが変わって来ている。騎士のアンにとってそれが良い事なのか疑問だが賞金稼ぎの顔になってきた。


 アンは俺に声をかけた後、必ずアンジェリカを睨み一言呟いている。声が小さくてなんと言っているのか聞こえないが口の動きから読み取るとズルいぞと言っている様だった。俺がロンダのペースに合わせる為にたまにアンジェリカの手を引いてやるのが気に入らないらしい。


 アンジェリカもその事に気付いている様だが俺がアンジェリカの手を取るごとにアンに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で


 「神の思し召しです」


 と言って俺の手を握り返して来た。


 街道を半日ほど歩いた俺たちの前に荷馬車の一団が近づいて来た。全部で13台、その周りには荷馬車と一緒に歩く人々がいる。その一団の先頭がハッキリと見えて来て分かったのだが、一団は家族連れの様で老人や子どももその中に混じっていた。


 「魔物がいそうだな」


 一団がこちらにやって来るのを街道の真ん中に立って待つロンダは魔城の橋以来、6日振りにニヤリと笑った。


 ロンダが荷馬車の一団に向かって歩き出した。待っているのが嫌になった様だ。その後をアンが追いかける。俺はその場でこちらに追いつこうと歩いているアンジェリカを待つ事にした。道の先でロンダとアンが先頭の荷馬車を引く者達と会話しているのがみえる。


 嬉しそうだな。


 ロンダが仁王立ちで腕を組んでいるのは何か面白い事を見つけた証拠だ。アンが荷馬車の連中と話してるのを黙って聞いているのも、その内容に満足しているからだろう。


 一通り話が終わった様でロンダとアンは荷馬車と共にこちらに向かって来た。


 「勇者殿、この者達は二モスよりも手前にあるブカリの村の者達だそうです。二モスにつながる街道から魔物が溢れ出し村にいる事が出来なくなったので若い男を残して避難して来たという事です」


 アンが荷馬車から降りて俺に事情を説明してくれた。


 「私はブカリ村の村長です。村を守る為に若い者達が残っているのですが我々はただの農民です。戦う術も、武器もありません。どうか勇者様、村をお救いくだされ」


 アンの横にいる老人が俺の前に跪き祈って来た。


 「ワン!」


 肩の上のピヨールがいつもの様に返事する。


 「分かった、魔物は俺たちに任せろ」


 俺はそう言いながら村長を立たせた。


 「おお、何と慈悲深き勇者様……」


 それを聞いていたロンダが荷馬車の上で仁王立ちになり叫んだ。


 「我が名は戦鬼ロンダ! 勇者ピヨールの姉だ! そしてこいつは女王マリアの騎士アンだ! 我ら3人で魔物どもを根こそぎ退治してやろう!」


 それを聞いた後続の者達から歓声が上がる。


 「村長さん!?」


 俺の背後でアンジェリカの声がした。


 「おお! アンジェリカ! 生きておったか!?」


 駆け出したアンジェリカが村長を抱きしめた。


 「すまん、二モスはもう間に合わんかった」


 村長の言葉にアンジェリカの顔が急変する。どうやら、アンジェリカのいた修道院は魔物の手に落ちた様だ。


 「院長様も!?」


 「分からん。誰もあの橋を渡っとらんのでな。だが、その橋を渡ってあやつらはわしの村を襲って来よるんじゃ。二モスも無事では済むまい」


 「そ、そうですか」


 アンジェリカは肩を落とした。


 ブカリ村に辿り着くと村は既に襲われた後だった。村の家は破壊され残ったと言う男達の姿は無かった。


 「死体が無いな」


 村の真ん中辺りでロンダが俺に言う。


 「ああ、何処かに運ばれたか食われたか、生きたまま連れ去られたか」


 「生きたままなら救えるな」


 「ああ」


 俺とロンダの話をアンは黙って聞いていた。アンジェリカを荷馬車の一団の所に置いて来てから微妙に機嫌が良くなっていて今は俺の後ろについてきている。俺、アン、ロンダと言う配置で村を一周し、二モスへ続くであろう街道を進んだ。


 村を出でしばらく歩くと、街道の横に川が流れている事に気づいた。街道と川は道の先で交差している様で、まあまあの大きさの石橋が架かっている。


 「あの橋を魔物が渡って来たという事か」


 「ワン!」


 俺の言葉に返事をするピヨール。石橋を渡った辺りで何かがうごめいているのが見えた。


 「何でしょうか、あれ?」


 アンもそれに気づいた様だ。


 「魔物なら斬るだけだ、ピヨールがな。今回はピヨールの動きを見て学ぶがいい。俺よりも学ぶところが多いはず。お前は一応騎士で、ピヨールは剣士だからな」


 「はい!」


 アンが大きな声で返事をする。その声に気づいた様で何かがうごめきながら橋を渡って来た。


 「ゆ、勇者殿……申し訳ない……」


 アンが自分の返事が敵に感知された事を知り謝ってきた。


 「気にするな。どちらにせよ斬るだけだ」


 俺は光の剣を抜き、うごめくものに向かって走った。


 「いくぞ、ピヨール!」


 「ワン!」


 石橋を渡って来たのは、やたらと足の多いやつだった。その足を小刻みに動かしながら器用にこちらに向かってくる。全体は薄い赤色でブヨブヨしている様に見える。大きくて太いミミズに足がたくさんあるという感じだが、正面に何でも飲み込みそうな口の様な者があった。歯は無い様だ。


 「ワン!」


 ピヨールが吠えた直後に正面にある口から液体を噴き出してきた。俺が避けると地面にべちゃりと広がり煙となって消えていった。


 「今のには触れるな! 煙も吸い込むなよ!」


 「はい!」


 アンが素直に返事をする。俺は目の前に迫っている大ミミズの横をすり抜けながら向かって左側の足を全て斬り落とした。見た目から足が直ぐに生えて来るかもと軽快した俺は反対側に回り込み、右側の足も斬り落とした。


 大ミミズは街道の横の草むらに飛び込む様に転げ、斬り落とした足からは赤い血を口からはべちゃりとした液体を撒き散らす。


 「とどめだ!!」


 アンが大ミミズの胴体に剣を突き立てる。


 「待てっ!」


 俺はアンを止めた。アンは切っ先を差し込んだ辺りで突くのを止め、引き抜くと俺の所まで戻ってきた。


 「悪いな。だが、あれが気になってな」


 俺が指差す場所で大ミミズの胴体が急激に太くなっていた。蛇が何かを飲み込んだ様に。


 「村人が!?」


 「分からん。だがその可能性が高い」


 アンの質問に俺が答える。


 「腹を開けば分かるだろ」


 俺たちの会話を聞いていたロンダが獲物処理用の小刀を手に、のたうっている大ミミズの腹を一文字に掻っ捌いた。内臓を一切傷つけず皮と肉だけを切り裂く見事な腕前だ。その切り裂かれた場所からドサドサと男達が転げ落ちてきた。大ミミズの血とべちゃりとした液体にまみれているが見たところ怪我は無い様だ。


 大ミミズのべちゃりとした液体に触れるのはまずそうなので細めの丸太を使って近くの川まで転がして体を洗った。


 「生きているが、何かの毒にやられているな」


 全身が麻痺しているのか目を開き口を開けたままの怯えた顔で男達は固まっていた。俺はピヨールを掴んで男達の顔の上に置いてみる。


 「クゥーン」


 ピヨールが困った様に鳴いた。あの男と同じで治せない様だ。


 「呪いかもな」


 ロンダが男達を小刀で突きながらつぶやいた。

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