第17話 剣を振るうだけだ

 動けない男達は全部で5人いた。川辺に並べた5人は全く目を覚ましそうにない。ロンダが言うように何らかの呪いなのかも知れないが、どこまでいってもそれは推測の域を超えなかった。


 「アンジェリカが居たら分かったかもな」


 俺が何と無く呟いた言葉にアンが反応する。


 「魔物を、全ての魔物を倒せばきっと元に戻るはず! 次は私が魔物を倒します!!」


 「いいぞ! その意気だ!」


 アンの気合いをロンダが褒める。2人はその勢いのまま駆け出し石橋を渡って行った。


 俺を手本にするんじゃなかったのか?


 石橋を渡りきり、その先の林で姿が見えなくなった2人を俺は慌てて追いかけた。


 すまんが、ここで寝ていてくれ。


 5人の呪われた者達を残して俺は石橋を渡った。林に入ってすぐに街道に魔物の残骸が飛び散り始める。子供ぐらいの大きさの人型の魔物で、手には何か武器の様な棒を持っている。残骸はその腕が無かったり、首や胴体が無かったりと様々だ。


 切り口は良いが狙いがバラバラだな。


 恐らくアンの剣で斬られたであろう断面は無理なく刃が当たっている綺麗な断面だが、魔物にとって致命傷になりにくそうな場所や、動きを止めにくい場所が斬られているところがあり、反撃を受けていないか心配になった。


 「せい!」


 林の奥からアンの声が聞こえる。


 「そこを斬っても、そつの動きは止まらんぞ」


 ロンダだ。


 「お前はさっきピヨールの何を見てきたのだ」


 「す、すみません」


 いや、まだそんなに見ていないだろ。


 「足や腕は一番細い所だけ斬るか、根元から斬るか、もっと早く判断しろ。後、骨ごと行くなら、剣は両手でふらんとお前では斬れんぞ」


 「はい!」


 声が聞こえた場所に追いつくとロンダとアンが子供ぐらいの人型の魔物に取り囲まれていた。魔物は手に太い棒を持ち、振り回しながらロンダとアンに襲いかかっているが特に統率が取れた動きはなどはなく、ただ感情のままに襲いかかっている様だ。


 「俺達も行くか」


 「ワン!」


 光の剣を抜いて俺も魔物に飛び掛った。俺は2人の背後に回り込もうとしている魔物を重点的に狙う。光の剣の斬れ味はいつも通り、斬れ過ぎる程に斬れた。


 この剣の感触のなさには大分慣れたな。


 元々重さも長さも丁度良かった。問題は斬った時の感触の無さだ。手応えが無いので、つい斬り過ぎてしまうのだ。


 俺は自分で思っているよりも心配性なのかも知れん。


 相手を斬り過ぎてしまうと獲物ならば場合によっては食べれなくなったり、魔物ならば体内の毒や不純物のある体液を無駄に撒き散らす事になる。


 見切りが必要。


 間合いや相手の動きを読み取る力が必要だが、それについて俺に起こった変化が良い方向に作用している様だ。


 ピヨールとの意識の共有だ。


 近くにいようが遠くにいようが俺はピヨールが感じたものを同じく感じることが出来る。これが意外と使える。ピヨールは犬だけあって匂いには敏感だ。また気配も俺よりも鋭く感じる。その情報を俺も同時に得ることが出来るので以前よりもより早く、深く、広く周りにいる相手を見切る事が出来る様になった。


 ロンダと同等か、それ以上と言うところか。


 俺に完全に見切られている人型の魔物達はなす術なく俺に斬られた。首を横に、体を縦に、俺は名も知らぬ魔物を両断する。


 神経を研ぎ澄まし、ただ剣を振るうだけだ。それがお前が目指す剣士なのだろ?


 昔、ロンダに剣士に成りたいと言った時の事を思い出した。ロンダの狩りについて行く様になってすぐの頃だ。


 ならばピヨール、お前は既に剣士だ。後は上手く剣を振るうだけ。簡単な事だろ?


 ロンダにそう言われては、そうだと言うしかない。俺は俺よりも強いロンダに少しでも追いつこうと剣士として狩りに同行した。剣だけを振るい、獲物も魔物も相手にしていった。ロンダはそんな俺に効率が悪いとか、無駄なことをするな等の説教は全くせず、必要な事だけ指示して来た。


 上から来る奴に気を付けろ。


 水の中の奴は上から狙え。


 でかい奴は転がせ。


 方法は自分で考えさせられる。剣士なのだから剣を使えと言われる以外は上手くいかなくても叱られることはなく、そして上手くいけば物凄く褒められた。


 魔物を斬り捨てながら目の前にいるロンダの背中を見て俺は懐かしい気持ちになった。俺が戦いに参加した事に気付いたロンダが俺の姿を見てニヤリと笑う。アンは必死に剣を振っている。正に昔の俺の様に。


 まあ、アンの方が当時の俺より筋は良いがな。


 ロンダと俺が背後を守る中、アンが最後の1体の頭を剣で割った。崩れ落ちる魔物の頭から剣を引き抜きこちらを振り返ったアンは激しく呼吸しながら微笑んだ。


 己の振るった剣の成果とも言える返り血を浴びた顔で微笑む姿を見たロンダがアンを褒める。


 「いい女になったな。お前はいつか俺の様にモテるぞ」


 魔物の気配が消えた林を抜けると丘を幾つか越えた向こうに岩山が見えた。その岩山の上に白い建物が見える。


 「あれが二モスの修道院でしょうか?」


 返り血を川の水で洗い剣の血糊を落としながらアンが質問する。


 「道なりに行くとそのようだな。ここからでは魔物のが居るかどうかは分からんが」


 ブカリから二モスまでは、川沿いの道と林を抜けて大体1時間ぐらいの道のりだと村長が言っていたので恐らくそうなのだろう。


 村を出て直ぐに大ミミズがいて、林には人型の魔物の群れがいたのだ。あの二モスの修道院までまだまだ何かありそうだ。


 だが、日の高いうちに修道院を取り戻したいという俺たちの思惑は意外とあっさり達成された。


 「先程の人型の魔物がここにいた奴らの本隊だったのか?」


 人気も魔物の気配も無い二モスの修道院の門をくぐった俺が確かめるように呟くと、俺の直ぐ後ろで林からずっと黙っていたロンダが口を開いた。


 「小猿鬼だな」


 「何がだ?」


 「さっきの小さい奴らの名前だ。名前が無いと困るだろ? だから俺が付けた。あいつらは今から小猿鬼だ」


 そう言えば、狩りで見た事も無い動物や魔物のを見るとロンダが名前を付けていた。大抵、既に他の名前があるのだが、アンデーヌ近辺にしか居ない珍しい種類の大ネズミにロンダが付けた熊ネズミという名前はその後、熊ネズミの毛皮が売れるようになるのにしたがって広く使われるようになった。


 「小猿鬼ですね」


 「そうだ、小猿鬼だ」


 何か他の名前が既にありそうだが、今は小猿鬼という事にしておこう。


 二モスの修道院や周りの民家には人も魔物も何も居なかった。家屋は破壊されていて魔物に襲われ、抵抗した痕跡はあるが一体の死体すら見つける事が出来なかった。


 「連れ去られたな」


 「だろうな」


 最後の民家の捜索を終えた俺とロンダが声を掛け合うとアンが質問してきた。


 「あの大ミミズのような魔物が他にも居ると?」


 「居るな」


 ロンダが答える。


 「修道女や村人は全員、生死に関わらず飲み込まれたと考えられるな」


 俺がそう言うとアンが厳しい顔をする。


 「では生きていても全員呪われているというこですね」


 「だろうな」


 「サンジドーロに急ごう」


 俺たちはもぬけの殻となっている二モスを後にした。


 岩山の上の二モスを出たのは昼過ぎ、日が落ちるまでにサンジドーロに着きたいが道は分かってもサンジドーロ迄の距離が分からないので俺達は先を急いだ。


 二モスから伸びている道は2本。1本は俺たちがブリカから来た道なので、もう1本の道を進んだ。


 だが、これが間違いだった。実は二モスには岩山の断崖沿いにもう1本道がありそちらがサンジドーロへの道だったのだが俺たちがそれに気づいたのは二モスから1時間ほど歩いた場所にある名も無き農村に辿り着いた時だった。


 「あんたら、二モスから来たんけ?」


 農民らしきおばさんが俺たちに農具の大鎌を向ける。


 「そうだ。サンジドーロに向かっている」


 アンが答える。


 「サンジドーロ? 今更あんなとこに行くって、あんたらやっぱり魔物なんけ?」


 「こんな美しい魔物などいないぞ」


 ロンダがニヤリと笑う。


 「ひぃぃぃ、お助けぇ」


 おばさんは大鎌を放り投げて家ではなく納屋の方に逃げていった。家とは異なり大き目の石を積み上げて出来た壁で作られた納屋に避難するのは魔物から身を守るには最適かも知れない。冬や夏の温度差から収穫物を守る為の分厚い壁が魔物から身を守る為の小さな砦となっている。


 だが俺たちは魔物では無い。


 「我々は王都からやって来た魔物の討伐隊だ。ブリカ、二モスを通ってサンジドーロに向かっている。こちらを進めばサンジドーロに行けるかどうかだけでも聞かせて欲しい」


 アンが納屋の扉越しに語りかけると中から声がした。


 「かあちゃん! とうばつたいってなに!?」


 「魔物を倒してくれるんよ」


 「ほんとう!? じゃあ、とおちゃんたすけてくれるん?」


 「それは、どうだろね」


 「生きていたら助けてやる」


 中からの声にロンダが答える。


 「とおちゃんたすけて!」


 「いいだろう。父ちゃんの名は?」


 「ファルコだ。うちの旦那はファルコだよ。本当に助けられるんけ? サンジドーロの道も分からんに」


 最もな意見だ。


 「サンジドーロに行きたいならこっちで無い。二モスの岩山の裏の道を行かねば着かん」


 「岩山の裏に道が?」


 アンが聞き返す。


 「そうだ」


 結局、おばさんは最初に納屋に隠れてから一度も顔を出さなかった。相当、ロンダが怖かったようだ。


 「引き返すか」


 俺たちは1時間かけて二モスへと戻った。

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