第18話 俺とピヨールの一騎駆け
二モスがある岩山に俺たちは1日に2度登る事になった。ピヨールの力で殆ど疲れない俺と、そもそも疲れを知らないロンダとは異なり、アンから疲労の色が隠せない。林での激戦の後の2回目の登山で完全にばててしまっている。
俺は俺の肩にずっと乗っているピヨールを捕まえてアンの頭の上に乗せてみた。
「体が……楽になる。勇者殿……」
疲れ果てたアンの顔に生気が蘇る。疲れを癒されたアンであったが、それと同時に空腹も蘇ったようでピヨールを頭の上に置いたまま腹の虫を鳴らした。
クゥゥゥゥゥ
「そう言えば飯がまだだったな」
「ワン!」
ピヨールをアンの頭の上に置いたまま俺は食事の支度をする。食事と言っても調理をする訳では無く味付けして燻製にした肉と木の実を切って食べやすくするだけだ。以前は小刀を使っていたが光の剣を手に入れてからは小刀では無く光の剣でこれらを切っている。
細かいものを切って切っ先の感覚に少しでも慣れる為だ。干し肉は木の枝で作った串に刺してから少し炙る。その間に切った木の実をアンとロンダに渡す。ピヨールには味付けの無い干し肉を同時に食わしてやる。
木の実を頬張るアンの兜の上にピヨールの垂らしたよだれが次々に垂れるがアンは気づいていない様なので俺は干し肉炙りの作業に戻った。
遠征中は食事は日に1回しか取らない。歩きながら何かを摘まむのでこうやって落ち着いた食事の回数は極力減らすのだ。
敵に襲われる可能性があるからな。
干し肉は1番よく食べるロンダから順に配っていく。その間、俺は干し肉を焼きっぱなしになる。
「肉を食わないといい女になれないぞ」
「はい!」
「ワン!」
木の実を食べ終わったアンが干し肉に喰らいつく。ロンダを真似てアンが次々と干し肉を頬張る。俺はロンダ2人分に干し肉を供給する為に火力を上げ炙り続けた。
ピヨールもまだ欲しそうだな。
炙った干し肉をロンダとアンに渡すついでにピヨールにも味付けしていない干し肉を食べさせる。移動中全く疲れていなかった俺だが、この作業で一気に疲れてしまった。
腹八分目、と言うかまだ半分ぐらいだなと言う余裕の表情のロンダの横で、腹一杯で苦しそうなアンが最後の一欠片を飲み込み、そのまま倒れこんだ。
頭の上のピヨールが倒れこんだアンのお腹の上に乗るとアンが断末魔の様な声を漏らす。
「ぐるじぃいいぃ」
ピヨールの光でも消化の促進はできない様だ。俺はお腹が膨れてぷっくりしているピヨールを持ち上げ俺の肩に戻した。
「今日はここで休もう」
動けなさそうなアンを見て俺はそう決めた。
「わかった」
ロンダはあっさり納得する。
「すみまぜぇん……」
寝転び口を抑えているアンの兜を取り、鎧を緩めてやると少し楽になった様で、そのまま寝てしまった。
体の疲労は無くても精神的に疲れていた様だ。
「抱くのか?」
「抱かん」
「そうか」
ロンダが俺を見つめながら聞いてくる。
「アンが好みか?」
「嫌いではないが」
「そうか」
ロンダが全く目線を逸らさない。
「抱くのか?」
「いや、だから抱かんぞ」
「そうか」
俺はこの後、アンが目覚めるまでの間、ロンダに63回同じ質問をされ、同じ数だけ抱かんと答えた。
「よし! 行こうか」
一睡もしていない筈のロンダだが何故か晴れ晴れしい顔をして歩き出した。その後をぐっすり寝たアンがついていく。
体力は回復したが、ロンダの質問で精神的に追い詰められた俺は少しフラつきながら2人の後を追った。
二モスの教会の裏側に岩に隠れるように岩山の断崖に沿って道が続いている。これがサンジドーロへの道なのだろう。その存在を知らなければそう簡単には気づかないだろう。
昨日、一応教会の周りを一周したのだが、完全に見落としていたな。
不眠だが元気なロンダがカモシカの様に断崖の道を駆け下りる。その後をアンが怯えながら追いかける。
高い所が苦手なのかも知れん。
そんな2人を見下ろしながら俺も断崖の道を進もうとした時、背後から声が聞こえた。
「院長様! 院長様!」
声は教会の中から聞こえてくる。
誰か生き残りがいたのか?
俺は確認の為に教会へと戻った。
「誰かいるのか?」
教会の扉を開けるとそこにいたのはアンジェリカだ。
「勇者様! 院長様が! 院長様が!」
アンジェリカがこちらに向かって走ってきた。
「アンジェリカか、どうしてここにいる?」
「勇者様!」
アンジェリカは泣きながら俺に向かって突進してきた。そして俺に正面から飛び込み涙で頬を濡らした顔を鎧の胸に擦り付ける。
「院長様が! 院長様が!」
「ああ、生きたままか、殺されてからか、どちらにせよ連れ去られた様だな」
「生きている!?」
「可能性はある」
「ぼんどうでずがぁ」
「ああ、可能性だがな」
「お前は呪いを解くことは出来るのか?」
「わがりまぜん……やっだごろがないので」
「そうか、どうやら連れ去られた者は呪われてしまっている様で生きてはいるが目を覚まさないのだ」
「ねむびぼうでず」
「ねむびぼう?」
「ねむびぼうでず」
「ああ、眠り病だな」
「ばい」
アンジェリカの涙と鼻水で鎧の胸がキラキラと輝いている。
美しくはないがな。
「眠り病とはどういうものだ」
「ばい、ごのあだりに、ふるぐがらづだわるおどぎばなじでずが、まものにのみごまでだものが、ねむびぼうになり、ぞでをなおずだめに、ぜいずいをがげるどいうものでず」
「ああ、えっと、大体分かったぞ。で、その聖水はどこでとれるんだ?」
「ごごでどれまず」
アンジェリカがそう言って教会の入口脇にある湧水を指差した。
ただの湧水にしか見えなが。
修道院へ人を呼び込むための作り話っぽいが、一応、持っていくことにする。抱きついているアンジェリカを離そうとしてアンジェリカの肩を掴んだところで背後から声が聞こえた。
「抱くのか?」
「抱くのですか?」
振り向くとロンダとアンが立っている。
「抱かんぞ」
「バンデリガが好みか?」
「そうなのですか?」
「嫌いではないが」
「そうか」
「そうですか」
「ぼんどうでずが」
「そうだ」
謎の緊張感に包まれる。俺はそこから逃れようとアンジェリカの肩を持った手に力を入れる。
「やはり、抱くのか?」
「やはり、抱くのですか?」
「ごんなあざはやぐがらですが?」
「抱かんぞ」
「そうか」
「そうですか」
「ぞうでずが」
俺はアンジェリカの肩から手を離し抱きついているのをそのままに聖水を水袋に注いだ。そして俺から目を反らすことなく見つめてくる3人から逃げるように俺は出発した。
「行くぞ、サンジドーロに」
「ワン!」
ピヨールだけが元気よく返事をしてくれた。
サンジドーロへの道は岩山の断崖を下った後は平坦でなだらかな道だった。道の左右には草原が広がり、魔物がひそめそうな森や岩場は存在せず、なだらかな丘が続いている。馬車1台がギリギリ通れるぐらいの幅の道をロンダとアンが並んで歩き、その後ろをアンジェリカ、最後を俺とピヨールが歩いていた。
先頭を歩くロンダとアンがチラチラと後ろを振り返り、遅れ気味のアンジェリカを睨む。するとアンジェリカが慌ててロンダとアンに追いつこうと小走りになるという事を繰り返していた。
30分程そういう状態が続くと、アンジェリカはもうヘトヘトになり、フラフラとよろめき出した。俺は仕方なくピヨールをアンジェリカの頭の上に乗せる。
「ワン!」
ピヨールが光るとアンジェリカも光に包まれる。
「甘やかすな」
ロンダが俺を睨む。
「ずるいです」
アンがアンジェリカの所まで戻って来て自分もピヨールの光を浴びる。
「神の思し召しです」
アンジェリカはアタマの上のピヨールのお腹を両手でモフモフしながら目を閉じた。
「ワン!」
ピヨールは気持ちよさそうだ。アンジェリカとアンの体力を回復しているとロンダが両手に短刀を身構えた。
「来たぞ」
「ワオーン!」
ロンダの言葉にピヨールが反応する。俺とアンがロンダの方を見るとロンダが構えている向こう側、サンジドーロへの道の先から黒いものが一列になってこちらに向かってきていた。
「小猿鬼だな」
ロンダが自分で名づけた魔物のなを呼んだ。
ここからアレが見えるのか。
確かに気配は林で退治した奴らと同じ匂いで同じだが魔物であれば大体匂いや気配は同じだ。結局は目視で確認するしかない。だが丘3つは向こうの魔物を識別できる程、俺は目が良くはない。
ロンダは短刀を構えてアンに合図を送る。
「囲まれる前に飛び込むぞ、こういう時は出会い頭の一撃で相手の勢いを止めるんだ」
「はい!」
「俺について来い!」
「はい!」
丘2つ向こうまで迫ってきている小猿鬼の列は途切れること無く続いていた。相当の数だが逃げ道や隠れる場所の少ないこの場所では正面からやり合うしかない。
「ダメだ。今回は俺とピヨールが行く」
数が多過ぎる。ロンダはうまくやれるだろうがアンには荷が重い。そしてアンジェリカにはどうしようもできないだろう。
「ここを死守だ」
俺はアンの肩を掴み、ロンダに目で合図する。
「いいだろう。少しは残せよ」
ロンダがニヤリと笑う。それを見たアンがビクッとなるのが俺の手に伝わる。
「剣士としては、あまり良い方法ではないが一騎駆けの様なものだと思って見ていろ」
「わかった、勇者殿」
アンの肩に置いた手を離し両手で剣を構えた俺はピヨールを肩に乗せて走る。道なりに一列になってこちらに迫る小猿鬼たちは俺に気づくと手に持っていた槍を次々に投げて来た。
「ワン!」
ピヨールが吠えると俺の前で槍は何かに弾かれる様にバラバラと地面に落ちた。
ずるいな。
ロンダは多分そう言うだろう。確かにずるい。俺は槍の雨の中を剣を構えて走り抜け小猿鬼の先頭にたどり着いた。
目の前にいる小猿鬼達に光の剣を突き出す。いつも通り剣は何の抵抗も無く小猿鬼を貫き、突進してきた小猿鬼自身の勢いによって斬り裂かれていく。声も無く崩れ落ちる小猿鬼達は前にいる仲間が斬り裂かれても御構い無しに突進してきた。
小猿鬼が道なりにしか襲ってこないのは、こいつらの足が短く、がに股過ぎて草むらを歩きにくいからなのだろうか?
休むこと無く小猿鬼を斬り続けていると、ついついつまらぬ事を考えてしまう。
サンジドーロへの道は馬車1台がやっとと言う程度の道だ。その道幅一杯に3体から4体の小猿鬼が並んでいる。手には槍や太い棒を持ち、俺を突いたり、殴ったりして殺そうとして来る。
当たらんよ。
ピヨールの加護を頼りに防御を無視して動いても良かったのだが、そうすると後ろで見ているロンダやアンに文句を言われそうなので俺は自分が出来る最高の動きで小猿鬼を斬り続けた。
普段なら呼吸が続かず1分と持たない本気の本気だ。だが今はピヨールの光のおかげでその状態で居続けられる。
これが勇者の力か。確かに人の域は超えている。しかもこの光の剣だ。
勇者の力をもって作られたこの剣と不滅の体力。そんな者が真面目に剣の修行をして行ったら誰がそれに勝てるというのか?
俺はそこそこの剣士だ。自分でもそれは認めている。だが、ここまでは強くない。
ピヨールさまさまだ。
「ワン!」
俺の考えが伝わった様で肩の上のピヨールが元気良く吠えた。
俺の目の前で光の剣が伸びる。俺は一瞬、剣を落としそうになる。本気で振り回す為に両手で剣を持っていたので何とか対応出来た。剣が急に伸びると剣の重心が変わる。その為、握り方も、振り方も調整しないといけないのだ。
ピヨールが興奮すると剣が伸びるのか?
俺は刀身が2倍程になった光の大剣を横薙ぎに3回振り抜き一旦、周りにいる小猿鬼を全て斬り捨てた。数瞬ではあったが、俺と小猿鬼の間にポカンと空間が出来る。その一瞬の隙をついて俺は肩の上のピヨールの腹をかいてやった。
「クゥーン」
ピヨールが目を閉じて声を漏らす。すると光の剣が元の長さに戻った。
戻るのか。
ピヨールの腹から剣に手を戻した俺は、空いた空間に雪崩れ込んできた小猿鬼の間をすり抜ける様に斬り裂いた。先頭から小猿鬼を斬り続けて3つ目の丘の上にたどり着いた俺は、その先の光景を見て驚いた。
これは……大軍だ。
丘の向こう側は平野になっていた。おそらく幾つかの家や畑があったのだろうが、それらは全て焼き払われ黒い大地となっていた。その黒い大地の上にビッシリと魔物達が徘徊していた。実際には100体ぐらいの集団でまとまっている様だが集団ごとの動きがバラバラで丘の上からは巨大な塊がうごめいている様に見える。
先ほど俺が斬り捨てた軍勢は、その100体ぐらいの集団のひとつに過ぎない。恐らくだが、うごめくうちに勢い余って出撃してしまったのだろう。統率は無いがその数だけで圧倒的だ。そして焼け野原と魔物の大軍の向こうに町が見えた。
魔物の軍勢は俺に全く気付いていない様で俺が丘を下りて近づいて行っても何もして来なかった。が、近づいてみてその理由が分かった。魔物は村人を、いや、元々村人だったモノを手に入れようとうごめいていたのだ。100体ぐらいの集団も、その元村人の塊一つ一つに群がっている集団だった。
斬る。
目の前の大軍全てを斬り捨てよう……俺は、ただそれだけを心に決めた。
「ワオーン!」
俺のその心に反応したのかピヨールが大きく吠えた。その声に反応して魔物の軍勢が立ち止まる。小猿鬼以外の大きい奴も結構混ざっているが全員が俺とピヨールに気付いて襲いかかってきた。数が多くてもなんとかなりそうだが、こいつらに統率された動きなどは無い。俺を通り過ぎて後ろのロンダやアン、アンジェリカの所に行ってしまう者が出てくるかも知れん。
一匹も通さん。
「ワオワオーン!」
最初に俺に到達した一団に向かって俺は光の剣を真横に振り抜いた。背が低く足も短い小猿鬼は素早く飛び上がる事が出来そうに無いので低い軌道で斬り抜くつもりだった。手前に何体か小猿鬼の死体が転がれば、それを乗り越えようとして奴等の進軍の勢いも弱まり、俺の横を抜けていこうとする者だけを狙う事が出来ると思ったのだ。
だがそうはならなかった。ピヨールが勢い良く吠えた結果、俺が真横に振り抜こうとし始めると同時に光の剣は焼け野原の平野の端まで伸びていた。
重っ!
と、一瞬思ったのだが、それは僅かなもので、伸びた剣の長さから考えれば殆ど変化が無いと言って良い。その剣を俺は最初の勢いのまま真横に振り抜いた。手応えは無い。だが確実に光の剣は魔物の大軍の腹や胸、足を斬り裂き分断した。
何だいこれは?
俺が光の剣をたった一度だけ振り抜いた結果、目の前にいた大軍は壊滅した。小猿鬼は全て肉塊となり、大きい奴は足を無くして動けなくなり地面を這いずっている。
「勇者殿……これは……いったい」
背後でアンの声がした。
「神の思し召しです」
アンジェリカが確実に俺に祈っている。
「ずるいぞピヨール。伝説を作る気だな」
ロンダが俺の脇腹を拳で殴る。
「ああ、俺とこいつは勇者だからな」
「ワン!」
俺の肩でピヨールが元気良く返事をした。
「しかし勇者殿。誰も信じないでしょう、たった1人でこれだけの魔物を倒したなんて」
アンが唖然とした表情のまま俺に話しかける。
「俺が信じるのだからそれでいい。数千の、いや、万の軍勢を1人で斬り捨てた勇者ピヨールの伝説をな!」
ロンダは嬉しそうに俺のこと肩を抱き、アンにニヤリと微笑んだ。
「ヒッ」
アンは小さく悲鳴をあげた。
「神の思し召しです」
アンジェリカは俺の足元で俺に祈りを捧げ続けている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます