第25話 海運協会のハパ・クロード
「ここに来るとは珍しいですね船長」
港町タリフで1番大きな建物の最上階の一室に俺たちは連れて来られた。案内したのはメウロバルトだ。
「会頭、お久しぶりです」
メウロバルトが丁寧に頭を下げる。
「貴方は優秀な船乗りですが、私生活に問題がありますからね。しかし、よくアマンシオが貴方を通しましたね。後ろにおられるピヨール殿とその姉であるロンダ殿のおかげで借金を全て返せた、と言うわけですね」
メウロバルトが頭を下げた男は商人らしからぬ貴族の様な出で立ちの紳士だ。細身の体型に色白の肌がメウロバルトの様な海の男たちの代表と言うのに違和感があるが、金の計算は早そうだ。あと、人の心を握るのが良くも悪くもうまそうだと言うのは一目見た時からわかった。
「ええ、きっちり耳を揃えて払いました。だからその……仕事をさせて貰って良いでしょうか?」
「ああ、そうでしたね。貴方の船をお返ししましょう。良かったですね、明日になればアマンシオに売る事になっていましたよ。これからは真面目に仕事して下さいね」
「はい!」
メウロバルトは嬉しそうだ。借金の形に船を海運協会に取られていたとは何とも情け無い船長だが、会頭と呼ばれた男が優秀だと言っていたので腕はあるのだろう。
「では貴方の復帰祝いに特別な仕事を与えましょう」
「え?」
「驚かなくてもいいですよ。貴方の気持ちは分かります。海の魔王を討伐に後ろの方々をお連れするのは自分しかいない。そう仰りたいのでしょう?」
「いえいえいえいえいえいえいえいえ」
メウロバルトは全力で会頭の言葉を否定する。
「おや? それはおかしいですね? そちらの方達であれば海の魔王を倒せる。そう思われたからこの私に会いに来たのではないのですか?」
「いや、その……」
完全にメウロバルトは嵌められた様だ。
「それとも、そうでも無い方々を連れて来て我が海運協会にさらなる損害を出させると?」
会頭はメウロバルト越しに俺とロンダ、そしてアンとアンジェリカを値踏みする様に眺める。そして俺たちの前に来ると深々とお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。私はタリフ海運協会の会頭、ハパ・クロードと申します。身内のお恥ずかしい話で気を悪くされたかも知れませんが、ようこそおいで下さいました」
そう言って俺の顔を見てほほ笑む。目は笑っていないが。
「貴方が犬勇者ピヨール殿ですね、確かに犬を肩に乗せておられる。この犬の名もピヨールだとか? 勇者殿は動物にもお優しい慈悲深い方の様ですね」
次にロンダの方を見る。
「そして貴方がピヨール殿の姉君、ロンダ殿ですね。そのお美しさもさることながら戦鬼と称される程の手練れと聞いております。もう巷では貴方の噂で持ちきりですよ。私もご本人にこうしてお会いできて光栄です」
次はアンだ。
「こちらがあの女王となられたマリア様を救い出された英雄アスタルテ様ですね。名将ビラボア大将軍の愛弟子であり女の身でありながらミノア王国で3本の指に入ると言われる騎士だとか。今後ともお見知り置きを」
最後に一番奥に居るアンジェリカに挨拶した。
「最後に貴方が奇跡の姉妹と呼ばれる聖女アンジェリカ様ですね。サンジドーロでのご活躍はこのタリフにも伝わっています。神の導きによって勇者殿の一行を案内し町をお救いになったと」
恐ろしい男だ。いつ、どこで調べたのか、こちらの情報を全て把握しているようだ。その上で矢継ぎ早に口から溢れ出す耳障りの良い言葉。
「では早速メウロバルト船長の船にご案内しますね。盛大に出港式をさせて頂きますよ」
ニコリと気品ある笑顔を見せるハパ・クロードの後ろでメウロバルトがこの世の終わりの様な顔をしている。
メウロバルトの船に乗れるという話を聞いて、邪魔臭そうにしていたロンダの目が輝いた。
「よし、直ぐに海に出るぞ!」
「直ぐには無理だろう」
俺がロンダにそう言うと、ハパ・クロードはそれを否定した。
「直ぐに出港出来ますよ。今、船員を集めていますので」
明日、船を売ると言っていたのは本当だった様で、今日の内に全ての準備が整っていたらしい。
「今から出港しますと、丁度朝方に海の魔王の棲家に着くでしょう。朝は一番機嫌が悪い時間帯ですが、まあ、頑張ってください」
ハパ・クロードとメウロバルトに案内されて俺たちは港の外れにある巨大な施設に向かった。海面から緩やかな坂道が生えており、レールの様な物が敷かれている。
「船体を整備したり、新たに建造する為の場所です。あの一番前にある船がメウロバルト船長の冒険号です」
冒険号……少し恥ずかしい名前だ。
「冒険号だと? いいじゃないか!」
ロンダにはいい名前らしい。命名の感性が独特なロンダのせいで俺の名がピヨールになった事を思い出して苦い顔で俺はロンダを見た。
「流石は姐御。この名前の良さが分かるとは!」
元気が無かったメウロバルトが急に元気になった。自分の船を見たからなのか、何かに吹っ切れたのか、よく分からないが船長が死にそうな顔をしているよりはいい。
「船長!!」
「船長!」
「船長!!!」
大きな声がしたので振り返るとたくさんの男達が俺たちに向かって駆け寄って来た。30人はいそうだ。
「おお! お前ら!!」
「他の船で働いていた貴方の元船員です。今、港にいる者全員を集めましたが、足りませんか? 足りない様でしたら、お貸ししますよ?」
ハパ・クロードがメウロバルトにそう質問すると、メウロバルトは再び全身でそれを否定した。
「そうですか。では直ぐに出港の準備を始めて下さい」
「出港? 船長、そんなに慌てて何処に行くんで?」
「海の……魔王の棲家だ……」
「え!?」
「だから、海の魔王の棲家だ」
「それって……あの岩島の?」
「……そうだ」
「それって……あの大ダコの?」
「そうだ」
「あ、俺、今日風邪引いてたんだった」
「俺は腹が痛いんだった」
「俺は熱があるんで帰ります」
「俺は足の爪が伸びたんで」
船員達がクルリと背を向けて去ろうとする。
「待て待て待て待て! 待てお前ら!!」
「船長、今迄お世話になりました。船長のことは一生の思い出にします」
「勝手に思い出にするな!」
「いや、しかし……死にますよ?」
「だ、大丈夫だ! た、多分……」
船員を引き留めていたメウロバルトが俺達を見る。
「大丈夫だ。俺とピヨールがいるからな」
ロンダが自信満々で言い切る。
「船長、こいつらは?」
船員達から疑心の視線が注がれる。
「こちらは本日の闘技場の優勝と準優勝された方々です。ご安心下さい」
ハパ・クロードが助け舟を出した。
「え? か、会頭、本当ですか?」
「私が一度でも嘘を言った事が有りますか?」
「い、いえいえいえいえ、滅相もない!」
船員達が声を揃えて否定する。メウロバルトも船員達も相当このハパ・クロードを恐れている様だ。
「あなた達はもう前の船長の所を首になっています。メウロバルト船長の冒険号以外に行く場所は有りませんよ」
「え? 嘘……さっき急に連れて来られただけで?」
「私が一度でも嘘を言った事が有りますか?」
「……」
船員達は皆押し黙った。
「まあ、直ぐに信じる事は出来ないだろうが、この旦那は本物の勇者様だ。お前らが多少怪我しても勇者様とお付きの犬が直してくださるよ」
「た、多少の怪我ですか……」
「ワン!」
メウロバルトと船員達を元気付けようとピヨールが吠えた。
「犬か……」
「犬がねえ……」
「犬……」
「ワン!」
ピヨールはいつもの様に元気に吠えた。
ロンダが帆柱に登ってどれ位の時間が経ったのか。出港式が派手に行われた後、すぐに一番高い中央の帆柱に登って行って以来、その姿を見せない。
夜の海では空の星を見て方角を知ると言うが、星について特に学んでこなかった俺にはどの星が目印になるのか全くわからない。船長のメウロバルトに聞こうかと思ったが、何かをぶつぶつと呟いているだけで俺の話は届いていない様だ。
港から出て暫くは波も緩やかで海風が気持ち良かったが沖に出るに連れて波が高くなり、そうも言っていられなくなった。
予想どおりと言う訳では無いがアンジェリカは酔った様で何度も戻した後、倒れ込んだのでピヨールを頭の上に乗せて寝かせている。アンも辛そうにしているが揺れる船の上で姿勢を保つ事も修行だと俺が言ってしまったばっかりに今もまだ修行に夢中だ。連れて来られた船員達は足りない人数を補おうと忙しなく動き回っている。心ここに在らずなのは船長のメウロバルトだけだった。
「何で俺が……闘技場で大勝ちしたからって……海の魔王を討伐だなんて……」
何を言っているのか分からんが、海運協会の会頭との事をまだ思い悩んでいる様だ。
「魔王は俺が倒す、勇者だからな。お前は俺を魔王の元に届けるだけでいい。何だったら置いて逃げても構わんぞ。俺は追わん、ロンダはわからんが」
「だ、旦那……」
俺の話にやっとメウロバルトが反応した。俺が時間潰しがてらに話を聞いてやると、愚痴交じりの相談がボロボロとこぼれ出てきた。
メウロバルトは一度海の魔王に襲われたらしい。正確には別の船が襲われている所に出くわしたのだが、その時、襲われている船を放置して自分の船だけ助かった事が海運協会から目を付けられた原因だという。
「あいつら誰も海の魔王を見た事が無いからそんな事が言えるんですよ」
メウロバルトは怨みがましい目で訴える。船長としては当然の判断とも言えるが、逃げる時に魔王の足に船体を揺らされ積荷を落としてしまったのだという。その積荷が海運協会の荷物だった様で、それが借金となった様だ。
海運協会に目を付けられなければ災難だったで済んだかも知れないが、あのハパ・クロードはメウロバルトを守る素振りを見せながら借金をきっちり背負わせた。
どう転がっても資産を増やす男。ハパ・クロードが恐れられているのはそういうところだという。
この海の魔王の討伐もそうだ。倒せても、倒せなくても、儲かる様になっているらしい。過去2回の討伐の失敗で起こった事は、全航路での運賃の底上げだ。魔王がいる海を安全に航行する為と言う理由で値上げされた。それに対する反感を和らげる為に討伐の依頼を破格の値段で出しているのだと言う。
倒せなかったら運賃の値上げ。倒せたら安定した運航。どう転んでも儲かる様になっている。
魔王の棲家に賞金稼ぎを連れていく行く船は、魔王を倒さない限り帰ってこれない。賞金稼ぎが魔王を倒さない限り、船長や船員達も船ごと襲われ死んでしまう。なので海運協会に属する船には行かせられないのだ。そんな所にメウロバルトがヒョッコリ現れた。しかも海運協会が運営する闘技場でボロ儲けした相手が。
それが全て分かっているのに逆らえない事をメウロバルトは愚痴っている様だった。
「で、あの会頭の鼻を明かすにはどうすればいいんだ?」
俺がメウロバルトに尋ねると暫く考えた後にこう言った。
「倒して死体を持ち帰るしか無いかと……」
「いいだろう」
即答する俺を見て、メウロバルトが涙ぐむ。
「だ、旦那ぁぁぁああ」
闘技場と同じ様に抱きついて来たので、同じところを殴っておいた。
「だ、だん……な……」
気を失ってしまったが、ここまでも船長なしで進んできたのだから大丈夫だろう。俺はアンの様子を見に船長室から外に出た。俺を追ってピヨールが肩に乗る。アンジェリカの顔色は良くなり静かに寝ている。
アンジェリカ、黙っていれば綺麗なんだがな。
船長室から外に出ると海の匂いがする風が甲板の上を流れている。その直中でアンが剣を振っていた。俺は疲れた顔をしながらもまだ型崩れしていないアンの素振りを見て声をかけるのをやめた。
甲板には人影はなく、船員は数名の見張りを残して寝ている様だ。近くの船員に聞くと海流に乗ったから後は朝まで特にする事は無いそうだ。
海にそんな流れがあるとは、でかいだけではないのか。やるな海。
俺は一番風が気持ちよさそうな船の先頭に向かった。はっきりとは見えないが、船が海を切り裂いて進んでいるのが分かる。
見ていて飽きないな。
波は高いが今日は天気が良く安定した航海が出来そうだと言い残して船員は持ち場に帰って行った。メウロバルトの恩人という事で客人扱いしてくれている様でどの船員も見かけによらず親切だ。
ドン! ギイイギギギイイィイ!
何かにぶつかったかの様な音と共に船が傾き、軋む様な音が鳴り響いた。
「な、何だ?」
船の先頭から後ろを振り返ると暗がりの中で何かが船体に乗り込んできた様な気配がする。
「うわ!」
アンの声だ。
ガギン
「何だ貴様は!」
何かを突き立てた様な音と共にロンダの声も聞こえる。
「待て!」
乗り込んできたものは、切り裂かれた部分を残して海に消えた様だ。ロンダが海に向かって叫んでいる。
俺が駆け寄ると甲板に転がりながら剣を構えているアンと、その横で短刀を鞘にしまうロンダ、そしてビタビタと動いている物体があった。
斬られてのたうち回っているのか?
俺はランタン代わりにピヨールを掲げて光らせた。
「ワン!」
光るピヨールに照らされたそれは、タリフに着くまでに何度も食べたぶよぶよの生き物の触手をでかくしたような姿だった。
「ひぃぃ!」
アンがその姿を見て怯えたのと同時にロンダが涎を拭うのが見えた。まだうごめくそれをロンダは嬉々として細かく刻み始めた。
「何をするんだ?」
「焼くんだ、これだけあれば腹一杯食えるぞ」
俺は慌ててピヨールで毒の有無を調べる。
「毒はない」
「そうか、お前も食うだろ」
「ああ」
「ワン!」
「食べません……」
アンはまだ苦手な様だ。コリッとして美味いんだがな。俺が刻むのを手伝い始めたのと同時に船員に連れられてメウロバルトがやって来た。
「い、いったい何が! え!? う、嘘だ……そ、それはま、ま、まま、魔王の腕……な、何故ここに……ヒイイィイィィ」
メウロバルトと同時に船員達もぶよぶよを見て怯えている。
「魔王? これがか? 斬ったら何処かに行ってしまった。もっと斬りたいから今から奴を追え」
ロンダがメウロバルトに命令する。
「む、無理ですぅ」
メウロバルトが半泣きになっている。
「朝になれば棲家に着くんだからいいだろう」
俺がそう言うと、ロンダは渋々納得し甲板の上で火を起こし始めた。メウロバルトや船員達は一瞬、抗議の表情を浮かべたが、ぶよぶよが相当怖いらしく、止めに入ろうとも声をかけようともして来ない。
唯一、メウロバルトだけがロンダではなく俺に何をしているのかかすれた声で聞いて来た。
「あれを焼いて食う」
「は?」
「あれの小さいのを前に食ったが美味かったのでな」
「え? 食った? 魔王の使いを? で、今から魔王の腕も食うと?」
「ああ、多分美味いぞ。お前らも食うか?」
「駄目だ! やらんぞ!」
俺の言葉に被せる様にロンダが叫ぶ。
「け、結構です」
メウロバルトと船員達は声を揃えて返事をした。刻んだ魔王の腕をロンダが焼き始めた頃には甲板の上から俺とロンダとピヨール以外は誰も居なくなっていた。
美味いのにな。多分だが。
犬勇者 吉行ヤマト @yoshiyukiyamato
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