第24話 決勝戦
俺の試合が終わり、すぐにロンダの試合となった。ロンダの相手はこういう試合が好きそうな槍を持った巨漢だ。だが大女であるロンダと並ぶと男女の組み合わせとしては丁度良い感じに見えなくもないところが少し面白い。俺がそんな風に思っていると試合開始直前だというのにロンダがこちらを向いて俺を睨んでいる。
何故分かる。
俺がいらぬ事を少しでも考えると必ずロンダにばれてしまう。
試合開始の鐘が鳴った。ロンダの相手は太い槍を構えた。柄の部分も全て鉄か何かの金属で出来ている様で先っぽにおまけ程度の刃が付いている。斬るというよりは叩きつける様な使い方をするのだろう。
だが動き出した男の槍さばきは目を見張るものがあった。巨体から繰り出されているとは思えない様な鋭い突きと円を描く様な棒術にロンダが防戦一方になっている。
「勇者殿!」
アンが心配そうにロンダを見つめている。
「神よ……」
アンジェリカとメウロバルトが手を合わせて祈っている。アンジェリカは分かるがメウロバルトが何故祈っているのかと聞いてみると、全財産をロンダに賭けたのだと言う。どうやら試合前の倍率を見て勢いで賭けてしまった様だ。
「大丈夫だ」
俺は不安そうにしている3人にそう声をかけた。
「ワン!」
ピヨールもそう言っている。
こういう一方的な展開には2通りあってな、と俺がアンとアンジェリカに話そうとした時、闘技場全体がどっと湧きあがった。
男が自分の槍を地面に落としたのだ。
「あれ? 何があったんだ?」
余所見をしていた俺はその瞬間何があったのか見ていなかった。
「ロンダの姐御が何かを投げつけていた様な」
ちゃんと見ていた筈のメウロバルトでも何が起きたかよく分からない様だ。
「石を投げられました! 私には見えました!」
アンが大きな声で叫んだ。
ロンダの石をあの距離でくらうとは可哀想な奴だ。よく見ると両の肩から血が垂れている。恐らくその場所に石が食い込んでいるのだろう。男の槍を片手で軽々と持ち上げたロンダは腕に力が入らず戸惑う男の頭に槍の石突を叩きつけた。
あ、怒ってるなあれは。
試合開始とともに槍で小突き回されたのが許せなかった様だ。男は頭を割られてその場で動かなくなった。試合終了の鐘が鳴り、男は引きずられて行った。2試合目を勝ち抜いたロンダの姿を涙を流して喜び迎え入れたのはメウロバルトだ。
「今は止めておけ」
と言う俺の忠告を無視してロンダに抱きつこうと駆け寄り殴り飛ばされた。顎の骨が砕けている様だが本人は嬉しそうに笑っている。この男は思っていたより大物なのかも知れない。俺はピヨールを掴んで治してやった。
「こ、これが!?」
勇者の力を体験できて良かったな。
「だ、旦那!」
メウロバルトが今後は俺に抱きつこうとしてきたのでロンダと同じ場所を殴っておいた。
俺とロンダが勝ち進んだ事によって木の札は全部で32枚となった。ロンダの試合は破格の倍率、4倍もあった様だ。その事についてロンダは怒りをあらわにしていたが、懲りずに近づいて行ったメウロバルトを数回殴る事で気が済んだ様だ。次の試合に勝てば決勝に残る事になる。そうなれば海の魔王討伐の資格を得るのでその後の決勝に出る意味は無い。
「駄目だ」
ロンダは決勝で俺と戦いたい様だ。
「だが、この剣では……」
俺は光の剣の柄を握った。
「俺が負けると?」
ロンダが俺をにらむ。
「いや、この剣では俺は本気で相手が出来ん」
「なんだと?」
ロンダが歯を剥いた。
「ロンダ殿、勇者殿は大事な姉君でおられるロンダ殿を斬る様な事は出来ないと言っておられるのです!」
アンが口を挟む。
「大切な……姉……本当か?」
俺を見るロンダの目がギラリと光る。
「あ……ああ……勿論だ」
「ワン!」
俺と一緒にピヨールも答える。
「大切か……俺の事が大切か……ならば仕方ない。おいお前、絶対に折れない頑丈な木剣を2本用意しろ。次の試合が終わる迄だぞ」
ロンダがメウロバルトに命令するとメウロバルトは大声で返事をして控え室を出て行った。
試合はするのか。
木剣でロンダと稽古をするのは何年ぶりだろう。確かに面白そうだ。正直、俺は自分で言うのも何だがそうとう強い。強いから勇者を目指したのか、勇者を目指したから強くなったのかはよく分からんがとにかく強い。だがロンダとだけは明確に勝ったという状況になったことが無い。
どっちが強いか勝負するのも悪く無いな。
その為には次の試合に勝たねばならない。試合数が減ってきて試合の間隔も短くなり俺の試合はすぐに始まった。
3戦目の俺の相手は真っ当な剣士だった。構えも剣筋も悪くない。だが、それでも俺の相手ではない。俺は相手の剣を斬り、ギリギリで胴鎧を斬り捨てて相手に負けを認めさせた。
殺すには惜しい。
顔を隠す様な兜を着けたそいつは俺に何かを言って立ち去った。
俺の試合の後すぐにロンダの試合が始まる。俺はアン達と合流し試合を見守った。ロンダの相手はまたも巨漢だった。
先程の試合の事もありロンダは試合開始前から怒っている様だ。
そいつは別の奴だぞ。
試合開始の鐘が鳴り終わるのを待たずロンダの一方的な攻撃で試合は終わった。最初にロンダが放ったのは、石でも短刀でもなく右の拳だった。指先まで包み込む鋼の手甲が巨漢の脇腹にめり込む。巨漢は全身鎧を着込んでいるので脇腹に大した傷はつかなかっただろうが盛大に体勢を崩して横によろけた。
そこをロンダの左足が狙い膝頭を蹴り抜かれた巨漢はその場に尻餅をついて転げてしまう。身動きの取りにくい鎧で転げた巨漢の上にロンダは馬乗りになり左右の拳で巨漢の兜を揺らし続けた。
ゴギン、ゴギン、ゴギン、ゴギン、ゴギン
鉄と鉄がぶつかり合う音が闘技場に響き渡る。最初は湧いていた観客も終わらないその音に次第に怯え始め、最後には悲鳴があがり始めた。だが、全身鎧の巨漢の様子は不明で誰も試合を止める者は居ない。当のロンダは鳴り響く音に酔っているかの様に薄っすらと笑みを浮かべている。
「ひぃぃいいぃい」
ロンダの笑みを見たメウロバルトが悲鳴をあげて頭を抱えた。
まあ、お前はあの拳を何度か食らっているからな。
ロンダの拳を受けた事がある人間ならそうなるのも頷ける。結局、巨漢の兜が変形し留め金が壊れて中の顔があらわになる迄試合は止まらなかった。静まり返った闘技場に試合終了の鐘の音が鳴り響いてやっと闘技場は歓声に包まれた。
「鬼だ……」
メウロバルトが漏らした言葉に俺やアン、アンジェリカだけでなく、近くにいた闘技場関係者や観客もうなずいた。
「いい準備運動になった」
ロンダが俺の肩に手を置いて笑う。次の試合、本気でやらねば俺があの巨漢のように木剣で殴られまくる事になりそうだ。俺は乾いた笑いでロンダを迎え入れ控え室に戻った。
俺たちが控え室に戻るとメウロバルトが揃えた木剣が並べられていた。タリフの全部の店から買ってきたのだという。控え室には俺たちしかいないので部屋を取り囲むように並べられていてその数は50はありそうだ。
「姐御、旦那、どれでも好きな物を選んでくだせえ」
ロンダは手前にある木剣から順に手に取ると剣先を地面に刺して剣身を足で踏んで木剣をへし折った。
「これは弱い」
「あ、ああ」
「これも駄目だな」
「そうか」
50本ある木剣を次々にへし折るロンダを見てメウロバルトが泣きそうな顔をしている。
「ん? これならいいか、ピヨールどう思う」
ロンダが一本の木剣を俺に差し出した。俺はそれを受け取り軽く素振りをする。
ボッボッ
木剣が控え室の空を斬る。
「ああ、悪くない」
「だろう? 俺はこれにしよう」
ロンダは短めの木剣を2本手に取り軽く振り回す。
ボヒュヒュッ
ロンダが斬った空の裂け目がこちらに飛んで来るようだ。
「なかなかいい木剣だ。お前、決勝は俺でもピヨールでも好きに賭けていいぞ」
ロンダがそう言うと、メウロバルトは全身を振って否定した。
「そ、そんな! 姐御か旦那のどちらかに賭けるなんてとんでもねえ! それよりお二人とも怪我だけはしねえでくだせえ。海の魔王を討伐に行くんですからね」
「それなら大丈夫だ。こいつがいるからな」
「ワン!」
俺の言葉にピヨールが返事をする。
「な、なるほど……そうでしたね。で、ではお二人はどちらを応援してされるんで?」
メウロバルトはそう言ってアンとアンジェリカの方を見た。
お前、いらぬ事を!
俺はメウロバルトを無言で睨む。
「あ! いや……」
俺の視線に気づき慌てて取り繕うとするメウロバルトだが、時既に遅しロンダがその話に興味を持ってしまった。
「それは是非とも聞いてみたい。俺とピヨールのどちらを応援するんだ?」
ロンダが2人に質問すると、アンもアンジェリカも泣きそうな顔で俺に助けを求めて来た。
「まあ、それは俺たちの前では言いにくいだろう」
俺がそう言うとロンダが俺に詰め寄る。
「えらく余裕だな。この2人を既に手篭めにでもしたか? まあいいだろう、2人ともピヨールの応援をするがいい。鼻の下を伸ばしている弟を教育するのも姉の務めだ。ピヨール、お前少しでも気を抜いたら今日が命日になるぞ」
「あ、ああ」
控え室が静まり返ったその時、救いの神なのか死刑執行の合図なのか決勝戦を始めるという連絡が係員によって知らされた。会場に向かうと闘技場の観客は倍ほどに増えている。
「戦鬼! 戦鬼! 戦鬼!」
ロンダが人気者になっていた。ロンダがその声に応えて拳を突き出すと闘技場が揺れ動くような大歓声に包まれる。
「お前の応援はあの2人だけだが、俺の応援は1000人はいるぞ。ふふふ……人気者はつらいな」
「そ、そうか……」
ロンダの機嫌が少し良くなっているので俺は胸を撫で下ろした。
まあ、負ける気はないがな。
闘技場の中央で向かい合った俺たちは手に持った木剣を構えあった。
「え?あれ木じゃねえか?」
「木の棒だぞ?」
「何だそりゃ? ちゃんとやれ!」
「ふざけんな! 金返せ!!」
闘技場の観客が俺達の木剣を見て文句を言い始めた。武器の制限は無いので問題は無いのだが、斬った斬られたの試合を観に来ている客だ。当然といえば当然の反応だ。
そんな中、観客の反応を無視して試合開始の鐘が鳴った。
観客達からの不満は俺とロンダが木剣で打ち合い初めてすぐに歓声へと変わった。ロンダの遠慮の無い攻撃が俺を襲い続ける。左右から襲いかかる木剣とその繋ぎとしてやってくる足先、膝、肘、肩、頭とロンダの攻撃は止まらない。
いつ呼吸しているんだ。
こういう連続攻撃は言うなれば無酸素運動だ。息をする間もなく打ち続ける。だから必ず何処かで途切れる筈なのだが、以前のロンダよりも呼吸の繋ぎが分かりづらくなっていた。恐らく、強打の後の一瞬や、伸し掛るような動きに合わせてやっているのだと思うが、まだロンダの動きの流れが読めず動きの変化について行くのがやっとという感じである。
ちょいちょい殴られているからな。
試合開始から体のあちこちを既に何度か打ち込まれている。完全に受けきれなかった攻撃や、重い一打を受けた衝撃などこのままでは後が無くなってしまいそうだ。
ピヨール、お前は相手を見過ぎだ。
ロンダに言われた言葉が脳裏に浮かぶ。自分に自信が無かった俺はロンダの動きを良く目で追っていた。視線、肩の動き、腰の位置、足の置き場。どれも何時までも見ていられる程見事な動きだった。
ロンダより強い奴には結局会えなかった、俺以外の。
今は違う、俺も強い。今度は俺の動きをロンダに見せる番だ。俺はロンダの動きの中に強引に割り込む様に木剣を振り抜いた。ロンダはその木剣を両手の木剣で受け止めるが、俺が振り抜いた勢いに押されて後ずさる。そこに俺は突きを繰り出す。反応しにくい2本の木剣の隙間を狙って。
が、ロンダは体を捻って突きを避けながら片方の木剣で俺の突きを逸らし、もう一方の木剣を捻った体の勢いにのせて打ち込んできた。一回転するロンダの視線が俺から外れる一瞬、その一瞬に俺は突いた木剣を手放し、ロンダの腰を取って俺の後方に放り投げる様に投げ捨てた。
「ぐおっ」
ロンダの珍しい声が響く。投げられている途中から受け身の姿勢を取っていたが、投げの勢いを殺しきる事は出来なかった様だ。俺はすぐにロンダが手放した木剣を拾い上げ、ロンダの背後から喉元に突きつけた。
「見事だ、ピヨール」
試合終了の鐘が鳴り、俺の名が高らかに呼ばれた。後ろから抱きつく様にロンダの動きを封じていた俺が歓声に応えようと手を放すと、ロンダは俺の方に振り替えって抱きつくと俺の唇に唇を押し付けて来た。
「……!?」
何をしている! ロンダ!?
困惑する俺の顔を見てロンダがニヤリと笑う。
「勝者への美女からの褒美だ。あと姉からの褒美でもある。強くなったなピヨール、さすがは勇者だ」
歓声の中、俺たちは控え室に戻った。そこには俺の勝利を喜ぶ3人では無く、俺とロンダの口づけを見て困惑している3人がいる。
「だ、旦那……旦那と姐御は、その……」
メウロバルトが3人を代表して質問してきた。
「姉弟だ」
俺は即答する。アンとアンジェリカの顔がほっとした様に少し緩む。メウロバルトも、さっきのは家族のか、そう言う文化もあるなという様な表情を浮かべる。
「血は繋がっていないがな」
ロンダが重い口調で言う。
「え……旦那……」
「姉弟だ」
「血は繋がっていないがな」
「は、はあ……」
3人の表情はまた重くなった。俺は優勝しない方が良かったのかも知れん。
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