第3話 犬の勇者の奇跡

 俺の足元には魔王の頭と、6本の腕、首から下の体が転がっている。


 復活したりしないよな。


 剣の先で魔王の頭を小突いて確かめたが、目を開いて喋り出したり煙になって姿を変える事はなかった。そんな不思議な力を持ち合わせた魔王ではなかった様だ。魔王になったあの猿は特別な魔物だったとして、大トカゲは何処から連れて来たのか? この辺りにまだ居るとしたら直ぐにでも立ち去らなければ。


 村での補給を諦めて俺は身支度を整えた。ピヨールもちゃんと肩に乗っている。次の村まで数日で着ければ食料もギリギリ間に合うだろう。魔王の死体を焼くなどして処理しておきたいが、あまり長居はしたくない。魔物の死体を食べた魔物が魔王になったりするなんて話は聞いた事が無いので大丈夫だろう。


 俺はいろいろな事をそのままにして村の入口に歩き出した。


 「ワン!」


 ピヨールが吠える。肩から飛び降りると村の奥へと駆け出した。


 ひょっとしてまだ魔物がいるのか?


 俺は慌ててピヨールの後を追いかける。村の入口から続く道の先は畑のある丘で曲がっていて先が見えなくなっている。ピヨールの尻尾が丘の奥に消えるのを見届けながら俺は再び剣を握りなおす。


 丘を回り込んだ所で俺は足を止めた。


 「これは、ひどいな」


 村の中心部らしい家々が、遠くから一目見ただけで分かる程に破壊されいた。屋根も壁もまともな家はほとんど無い。大トカゲの突進をまともに食らったのだろう。ひどい話だ。その中心部に向かって駆けて行くピヨールが見えた。


 もうあんな所まで行ったのか。


 家々が新たに破壊されている様子は無く辺りは静まり返っていた。村人が何人居たのかは分からないが全滅したのかもしれない。


 大トカゲが居ないなら慌てる必要は無いか。


 俺は走るのを止めた。安心は出来ないので警戒しながら進むと崩れた屋根の前でピヨールが吠えている。俺に気がつくと俺の方を向いて吠えて来た。


 何かいるのか?


 屋根を見ると下敷きになって居るであろう人の手があった。子供の手だ。俺は屋根の瓦礫を取り除き子供の体をを引きずり出す。辛うじて息はある様だが怪我が酷い。


 これは助からないな。


 仰向けに横たわる子供を見ていてある事を思いついた。ピヨールで治せないかと。俺は黙ってこちらを見ているピヨールを捕まえて横たわる子供の上に置いてみた。


 「ワン!」


 ピヨールの体が神的な光に包まれる。眩しくて子供の様子は不明だが傷がふさがって行くのが見えた。


 やっぱり出来たのか……こいつ万能だな。


 ピヨールを子供の上から退けると子供が目を覚ました。


 「まだ起き上がるな。家族は家の中か?」


 子供は仰向けに寝たまま何度も頷いた。村の家は石壁と簡単な構造の木の屋根なので粉々になった瓦礫を取り除くのは俺1人でも何とかなった。家の中には父親、母親、そして娘が2人居た。全員怪我で動けないだけで奇跡的に息はあった。俺は子供から順にピヨールを乗せていく。


 この家の一家は全員助ける事が出来た。


 「無理しないで休んでいろ。だが、起き上がれそうなら他の家で怪我をしている連中を何処か広い場所に集めてくれ」


 俺は父親と母親にそう告げて、隣の家に向かう。そうやって家々を回った。


 途中から回復した大人達が怪我人を村の広場に集めてくれていたので俺とピヨールは家々を回るのを止めて広場に運ばれてくる怪我人を片っ端から回復していった。ピヨールから発せられる神的な光は今の所弱まる気配はない。ピヨールも元気そうに尻尾を振っている。


 怪我人が運ばれ続ける中、大怪我をして意識を失っている村人が運ばれて来た。大トカゲ達に果敢に挑んだ村の若者だという。その姿を見て恋人らしい女の子が駆け寄って泣き崩れた。


 さすがにこれは無理なんじゃないか?


 だが期待の眼差しを周りから受けてやらない訳には行かなくなった。俺は仕方なくその若者の上にピヨールを置いた。


 おいおい、どんな傷でも治せるのか?


 ピヨールの体から出る神的な光が若者を完全に包み込む。そして若者は目を覚ました。


 「神よ」


 「奇跡だ」


 「勇者さま」


 「勇者だ」


 村人が口々につぶやく。広場には恐らく全ての村人が集まっている。200人ぐらいが俺を取り囲み、その場に跪いた。いや、これ、俺の力じゃなく、この犬の力なんだけど。言える雰囲気じゃないな。ま、今だけ俺の力という事で。後で説明すればいいか。


 結局、その日は村の中で比較的被害が少ない家に泊めてもらうことになり、俺とピヨールは翌日の昼過ぎ頃に目が覚めた。あの後、朝方まで村人から祈られ続けてしまった。もう祈られるのはこりごりだ。このまま居たら村人が貢物を持って来そうな勢いなので俺は早々に村を去ることにする。


 何か御礼をとしつこい村人から旅の食糧を少しだけ別けて貰った。最初、馬車で運ぶのかという程の量が集まったのだが、それは村の復興にと勇者らしい事を言うと再び感謝の祈りが始まりそれが朝まで続いたのだ。


 俺が勇者だと言う誤解を解く事は出来なかった。


 空気を読んで言えなくしまったと言う感じだ。まあ実際、魔王を斬ったのは俺なのでまるっきり嘘と言うわけではない。ピヨールを肩に乗せ、村人に挨拶しながら村の入口に向かうと門の前で若者が立っていた。この若者、名をダストンといい、この村の村長らしい。こんなに若いのに村長を任されるとは人望が厚いのだろう。確かに頼りがいのありそうな見事な体つきだ。農村で村長をさせているのは勿体無いと思う者もいそうである。本人はこの村で農家をやるのが好きだと言っていた。彼女も居るから幸せなのであろう。


 ちょっと腹が立つが。


 そして驚く事にこの村の名前もダストンと言う。ダストンの曾祖父が100程前にこの地に住み着いたのが村の起こりということだ。


 やるなダストン。


 「勇者様、もう旅立たれるので?」


 俺を待っていた風のダストンが門の前に立ちはだかる。


 「ああ、旅を続けるよ」


 俺はダストンの肩を掴み、その横を通り抜ける。


 「残っては頂けないのですか?」


 背後からダストンの声がする。まあ村の事を考えたら、無限治療装置とも言えるピヨールの価値は計り知れない。後、また魔王が出ないとも限らないからな。


 「勇者だからな」


 ダストンは俺の返事に言葉を詰まらせる。俺は、あまり色々言うと邪魔臭い事になりそうなので言葉を選ぶ。


 「では、村に再び魔王が現れた時には」


 そこまで言ってダストンは自分の言葉を飲み込んだ。勇者が一つの村を救う為に何度も訪れるなどあり得ない事を知っているのだ。


 それでも村を守りたいと思って問い掛けてきたダストンに俺は振り返って微笑んだ。


 「任せろ、俺は勇者だからな」


 ダストンはその言葉を聞いてその場に跪く。感謝しているのだろう。そしてその後ろにはいつの間にか大勢の村人が同じ様に跪いている。


 俺は血の気が引いた。


 調子にのって格好付けすぎた。要らぬことを言ってしまった。俺は勇者では無い。そしてこの村の危機にも今後訪れる予定は無い。


 すまんかった……嘘ついてすまんかった。


 何度も心の中で謝りながら、俺は逃げるように道を急いだ。ダストンの村からは大き目の街に続く道がある。馬車がギリギリ2台すれ違える程度の道幅があり、山道と違って起伏もなだらかで歩きやすい。それに加えて兜とピヨールの効果で全然疲れない。腹は減るが疲れないのはかなり助かる。ま、それでも走って行くほどではないが。


 今向かっているのはイーストクロスという街道の拠点となる町だ。その名の通り東西南北に十字のように街道が交わっている場所にある。かつては王国の王都の次に大きな町と言われていたが、王都の南にある港町の開発が進み、そちらに金も人も奪われて、今では空き家が目立つ。


 俺はその町に着いたらしばらく滞在して、これからの事を考えようと思っている。


 かつての栄光を失っているとは言え、街道の拠点である事に変わりのないイーストクロスには、今でも4、5000人の人が住んでおり、毎日人口の1/10程度の人々が訪れるのだ。


 このピヨールが勇者になってすぐに魔王が現れた。何とか倒す事ができたが、他の場所でも魔王か、それに匹敵する竜のような魔物が出ているかもしれない。


 それを退治に俺が行くかどうかはわからないが、このピヨールが駆け出してしまったら行くしかない。この犬の飼い主は俺だからだ。だが、その行動が俺の思うままかというとそうではない。それでも今後の旅を考えるとこんな便利な犬を誰かにやるつもりは無い。


 売ればいくらになるか。


 そう思ったことは道すがら何度もあるが、金より命だ。でも今後はお金をもらおう。俺はそう決心した。そう、これは決定事項だ。


 そうなると、回復するのにいくらもらうか決めておかないとややこしくなるな。俺は医者ではないので、傷や病気の度合いは見た目でしか判断できない。邪魔臭いな。とりあえず、持ち金全部という事にしておこう。


 命が惜しかったら金を全部よこせ。


 たちの悪い盗賊みたいだ。さすがにこれはないか。では、ここは優しい気持ちで半分としよう。半分か、とっても良心的だな。よし、これも決定事項だ。

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