第2話 神的なワン!
犬を連れて社を離れてすぐに元の山道に戻っていた。代わりに先程まであった社や谷は跡形もなく消えている。
そんな事ってあるもんなんだな。犬が勇者になれる位だからそれぐらいはあるのだろう。生まれて初めてそういう神的な力に触れた。これから不思議な事があっても、そんな事ってあるもんなんだなと思う事にしよう。
犬に名前を付けてみる。
「ポンチャック?」
「……」
返事が無い。
「ピエール」
「クゥーン」
反応が薄い、だが遠からずと言う事か。
「ピヨール?」
「ワン!」
食い気味に反応したな。それ元の俺の名前だぞ。まあ、もう使わないからいいのだが。
「ピピン」
「クゥン」
「ピータス」
「グウウゥー」
「ピヨール」
「ワン!」
ピヨールがいい様だ。ちゃんと聞き分けているとは生意気な。
俺の名はアレク、アレクサンダーだ。こいつの名はピヨール。犬だが勇者だ。そして俺はピヨールの飼い主だ。これは決定事項だ。
ピヨールは元気だが子犬なので段差や溝を渡れない。その度に俺が持ち上げて運ぶ。重さは2kgぐらいだが、その都度持って降ろしてをするのが邪魔臭くなった。
肩に乗るかな?
肩に乗った。鎧の丸く盛り上がった肩の部分に上手いこと乗っかっている。しかもちょっと嬉しそうだ。犬のくせに歩くのが嫌だったようだ。つまり散歩はしなくて良さそうだな。
山頂から麓まで降りて来るのに3日かかった。登りの半分で下山出来た事に驚いたが、疲れにくい兜の効果がピヨールのせいで上がっているのかもしれない。
そんな事ってあるもんなんだな。
だが俺と同じぐらい飯を食うピヨール。おかげで持ってきていた食料が無くなりかけている。麓の村で分けてもらおう。金はあるが旅は長いので何か魔物にでも襲われていれば恩を売れるのだが……勇者になれなかったのだ、それぐらいは考えても良いだろう。
そう言えば、俺の旅はまだ続くのか?
勇者になれなかったのだからもう旅をしなくても良い。何処か大き目の街で近くの魔物でも狩って賞金稼ぎとして生きるのもありだ。
勇者になっていたら神的な声でどこどこの魔王を倒せとか言われたのだろうか? ひょっとするとピヨールにそんな声が聞こえているのかもな……犬には通じないだろうが。
いや、犬を勇者にするぐらいだから犬に分かる様になっているのかもしれない。俺は肩の上のピヨールを捕まえて地面に降ろす。
「どこか行きたい所はあるのか?」
ピヨールが俺を見上げて尻尾を振っているので聞いてみた。
「ワン!」
そう言ってピヨールは走り出す。
まじか? 神的な声がやっぱりあったのか? いるのか魔王。倒すのかお前が。いや、無理だ。子犬だからな。
子犬のまま不老不死という事はピヨールはずっと子犬なんだろう。そういうのが嫌だからという訳では無いが、俺はそこそこ大人になってから旅に出て正解だったな……勇者になれていればの話だが。
今はもうおっさんだ。
麓の道を村の方に向かって走り続けるピヨール。村で何かあったのか? 全力で走っている。この歳で子犬を追いかけて全力疾走する事になるとは。簡素ではあるが村にはぐるっと塀があり、門もある。まあ魔物が出る事もあるから当然だが。その門の前でピヨールが吠えていた。
「ワンワンワン!」
俺を呼んでいる様だ。門は閉まっている様に見えたが、近づくと壊れている事に気付いた。内側の留め金がねじ切られている。やばいな。俺はピヨールを肩に乗せてから身構える。
門の外から中の様子を伺うが、村の中から物音も声も聞こえて来ない。山の麓にあるが農村としては大きい村で、村人も100や200では無いはずだ。俺は音を立てない様に門を押し通れるだけの隙間を開けようとした。
ギイイイ、ドゴォーン
なんと、両方に扉が同時に倒れた。すでに壊れかけていたのか。最悪だ。壊れた門の下をくぐり、地面に横たわる門だった木の板を乗り越えると村の奥から地鳴りの様な音が響いてくる。
俺は再び長剣を構える。
勇者にはなれなかったが剣士としてはそこそこ名の知れた腕だ。この辺りに居そうな猪や大き目の鳥の魔物、少し離れた場所に居る猿や狼の魔物であれば、10や20で殺られる様なヘマはしない。
そうは思ったが、もし予想以上の数が来たらまずいなと考え直し入口近くにあった小さな水車小屋の屋根の上に身を隠す事にした。ここなら囲まれても一気に押し込まれる事も無さそうだ。登ってきた奴を順に殺ればいい。
まだ少し余裕のあった俺は、村の奥から現れたそいつらを見てさっさと逃げなかった事を後悔した。現れたのはその巨体に似合わず素早く駆け寄ってきた8匹の大トカゲと、一番大きなトカゲに乗った翼の生えた猿の様な魔物であった。
「大トカゲ……初めて見た」
俺は屋根の上から無防備に顔を出したままつぶやいた。トカゲや大トカゲは木に登るのが得意だ。屋根の上に居ても全然、全く安心出来ない。それに長い舌も持っているらしい。やっかいだ。
「ウゥゥゥゥ……ワン!」
ピヨールが肩の上から大トカゲに向かって吠えた。犬が警戒して吠えるあれだ。せっかく隠れているのにピヨールが台無しにしてくれた。俺はやっぱりこの犬斬ろう、そう思った。
「ギャギャギギギャー」
そんな感じで翼の生えた猿が叫んだ。8匹の大トカゲが勢いを増してこっちに向かってくる。
覚悟を決めるか。
死ぬつもりは無い。だから闘う。ただ闘うと言うのではなく絶対に生き残るという断固たる決意を持って闘うのだ。つまり初手から様子見などしない。全力で相手を殺しにかかるということだ。
俺の攻撃だけで終わってくれよ。
そう思った俺の心を見透かす様に翼の生えた猿がもう一度叫んだ。すると8個の火の玉が俺に向かって飛んでくる。
そっちの先制かよ。ズルいぞ飛び道具。
大トカゲの口に合わせた、多分俺と同じぐらいの大きさの8個の火の玉。俺は肩のピヨールを捕まえて屋根の上から飛び出した。だが、ほぼ同時に放たれた火の玉からは全然避けれていない。
熱そうだ。
少しでも被害を減らそうと、丸盾を火の玉に向けながら出来るだけ火の玉から離れようとした時、俺は間違えに気づいた。
あ、ピヨールだ。今持ってたの。盾じゃなかった。すまんピヨール……短い間だったが……何度か斬ろうとしたし……いや一度、実際に斬ったが……お前のこと、そんなに嫌いじゃなかったぞ。
「ワン!」
そんな事を薄っすらと考えていた俺の目の前でピヨールが吠えると火の玉が全部消えた。
え? 今のピヨールさんが消されたんですか。
驚きの余り敬語になってしまった。一度放たれた火の玉は出した大トカゲにも消すことはできないだろう。それが出来るとすれば、あの翼の生えた猿ぐらいだ。だが奴も驚いたと言うか悔しそうに大トカゲの上で飛び跳ねている。周りには俺とピヨールしかいない。そして俺には火の玉を消す様な不思議な力は無い。
その疑問はすぐに晴れた。
猿がもう一度叫び、結構目の前で火の玉が8個放たれたのだ。
「ワン!」
火の玉が消えた。さっきは気づかなかったが、ピヨールは吠える時にそこそこ光っていた。あの神的なやつだ。
そんなん出来んの?
俺は最強の盾を手に入れた様だ。全く遠慮無しに俺は高々とピヨールを掲げて大トカゲに突進した。この吠えるピヨールだが、とんでも無い能力だ。火の玉だけでなく大トカゲの攻撃や動きも止めることが出来た。
そんなん出来んの?
「ワン!」「ワン!」「ワン!」「ワン!」
ピヨールが吠えるのに合わせて使い慣れた長剣を柔らかい大トカゲの口の内側から頭に向かって突き刺し、引き抜いた。吠える度に口を開いて立ち止まってくれる大トカゲのおかげで1吠えにつき2体ずつ刺すことが出来た。4回目の吠えで最後の2体を突き刺すと猿が叫びながら羽ばたいた。
飛ぶのはズルいぞ。
ま、羽根が生えてるから飛ぶんだろうが。一応文句は言っておきたい。剣を投げる訳にも行かず、構えたまま様子を伺う。こっちには最強の盾がある。何か魔法的な事をしてきても防げるぞ。俺のそういう態度が気に食わなかった様だ。事態はやばい方に転がって行く。
翼の生えた猿が、俺の剣の届かない高さに浮いてまた叫ぶ。すると俺の背後で倒したはずの大トカゲが動き出した。
え? 生き返んの?
一瞬だけ振り返る。大トカゲは死んでいた。死体のまま動いていた。と言うか運ばれていた……猿の元に。なんかやばい。なんかやばい。本当になんかやばい。8体の大トカゲの死体は猿の元に集結し、そして完全に邪悪な力ですと言わんばかりのドス黒い霧の様な物に包まれる。その霧のドス黒さが大トカゲが消える度に濃くなり、まさに漆黒となった時、猿がそれを一息で吸い込んだ。
こんな事出来る猿って魔王なんじゃ。
そんな疑問が脳裏を過ぎった。魔王って……まじか。山を降りて直ぐに魔王って……まじでか。出てくるの早いだろ。普通は城の玉座とか、洞窟の奥とか、塔のてっぺんにいるだろ。なんで最初の村にいるんだ。
空中の猿は俺の頭上ででかくなった。空中にいた高さのまま地面に足がつく程に。
足は2本だが手は左右3本ずつ合わせて6本もある。翼は更に増えて8枚か9枚かそれぐらいある。頭は元の猿のままなので、かなり小さく見えて変な感じだが、それがこいつのヤバさをよく物語っている感じだ。
表情は見えないが気合を入れ直すかの様に6本の腕を振り回し、激しく足踏みをする。足が地面に着く度に地面が割れ、腕を振り回す度に嵐の様な風が巻き起こる。そして極めつけが小さな頭から発せられた怒号である。
「ゴギャギャガアアー」
そんな感じの叫びで周りの空間が全て震えた様に感じ俺は立っているのがやっとという感じでよろめいた。で、ついピヨールを手から離してしまう。
駈け出すピヨール。魔王の足の間を通り過ぎ見えなくなった。
終わった。最強の盾さえあれば何とか生き延びれたかもしれないが、その盾は走り去ってしまった。俺が不老不死だったら魔王とも互角の戦いができたかもしれない。だが俺は不死では無い。しかも伝説の武器とかも無い。勇者が魔王から世界を救った時に救われず犠牲者となってしまった人々の側に俺がなるとは……考えてなかった。
それでも最後まで闘おう、俺にはそれしか道が無さそうだ。魔王からしたら針のような剣を両手で構えて足を狙って飛び込んだ。でかい奴を倒すには足下を狙うという基本に忠実な攻撃だ。だが、俺の剣はあっさり弾かれた。キィーンという高い音が響く。だが俺はそのまま魔王の後方に走り抜け、そして振り返る。
魔王はゆっくりとこちらに向き直る。体が重くて動きにくいというのではなく、圧倒的な力の差から来る余裕を感じさせる動きだ。
何だ? 何かやったのか? とでも言いたそうな……そんな感じだ。
無駄かもしれないが俺は今度は足の指を狙って突進した。奴が余裕を見せている間に少しでも傷を負わせたい。動きにくくすれば逃げ切れる機会もあるかも知れない。走り込んだ勢いのまま俺は地面に剣を突き刺す様に足の指、それも小指を狙って貫いた。
入った!
剣が奴の体に、足の先に入って行く。そして切れた小指が吹っ飛んで行った。
「ギギャー!!」
奴が苦痛の叫びを上げた。そして俺目がけて右側の3つの拳が振り下ろされる。
これは……避けれない!
そう思い身構える俺の肩の上から声が響いた。
「ワン!」
いたの? いつからいたの? 迫る拳から視線を逸らして自分の肩を見ると、ピヨールがしがみついていた。
あ、やばい。余所見してる場合じゃなかった。
そう思って拳に視線を戻すと、まだ拳は俺に届いていなかった。というか、動いていなかった。
止まってる?
俺は繰り出されたまま動かない拳を見つめる。止まっていた。拳というか魔王のが止まっていた。なのに俺は動けている。
そんなん出来んの?
こいつ、さっき逃げたくせに。俺が逃げなかったから戻って来たという事なのか? 今度から逃げれ無い様に紐でも付けとくか。
俺は動かない魔王の腕を正面から全力で振り下ろした剣で1本ずつ切り落とした。全然動かない魔王は腕を失った事にも気づいていない様だ。次に足を狙ったのだが、腕の2倍以上ある足は切り落とせなかった。仕方ないにで思い切り体当たりして、魔王を倒し、届かなかった頭を首から切り落とした。念のため、額に剣を刺し地面まで貫いた状態にしてからピヨールに合図する。
「もういいぞ」
「ワン!」
ピヨールが吠えると魔王が動き出す。背後で体が少しのたうち、足元で俺を2つの瞳が睨んだ後、何かを言う様に口が開いてそのまま動かなくなった。
勇者でない俺だが、犬の勇者の力を借りて魔王を倒した。
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