第22話 アンの剣
「あんた、まだゆうしゃになりたいんか?」
黒くて細い尻尾が生えた子供が俺の前に現れた。
「なれるならな」
ピヨールの事は嫌いでは無いが自分が勇者になれるならその方がいい。
「あんた、まだなりたいんか?」
「あんた、まだなりたいんか?」
子供は俺の周りを同じ事を繰り返し言いながら走り回る。
何だ? 気持ち悪いな。やっぱり斬るか。よし、今度こそ斬ろう。
俺が光の剣に手をかけると子供は俺の正面で立ち止まりこっちを見上げた。
「あんた、きるんか?」
「まおう、きるんか?」
「魔王? 何故だ?」
俺が聞き返すと子供はあの時の様に上空に消えて行く。
「あんた、まおうきる」
「まおう、たくさんきる」
「そしたら、あんたゆうしゃ」
魔王を斬れば勇者になれる? どういう事だ? 勇者だから魔王に勝てるのだ。勇者でない者が真の魔王に勝てるわけがない。
いや……俺なら出来るか。ピヨールが居るからな。
利用する様で悪いがピヨールには手伝ってもらおう。俺の新たな旅の目的は魔王になった。取り敢えず、テトアンに行った後は魔王を探す事にしよう。
「勇者殿、大丈夫か?」
俺は何者かに体を揺さぶられて目が覚めた。
「ん?」
目を開くとそこにはアンがいる。
「おお、交代の時間か」
俺が立ち上がろうとするとアンがそれを止める。
「いえ、まだだ。勇者殿がうなされていたので起こしただけだ。すまん」
アンが火を枝で突きながら謝る。
「そうか」
俺はアンの横に腰掛けた。荷馬車の横で火を炊き、俺とアンが交代で見張りをする。アンジェリカは今日も一日中棒を振らされて疲れ果てて眠っており、ロンダも荷馬車の荷台で寝ている。
「旅は辛くないか?」
「いや……楽しい」
「そうか、ならいい。ロンダは厳しくないか?」
「少しきつい……だが、大丈夫」
「そうか、ならいい」
俺はアンの顔を見た。
「俺の事が好きなのか?」
俺の質問にアンが驚く。そして無言で顔を縦に振った。
「そうか」
俺はアンの頭に手を置いた。好きな女でないと相手が出来ないと言うほど俺は初心ではないが、俺を追って命がけでついてくる者を安易に抱くほど外道でもない。
俺が本当に勇者になれたらな。
そう思ったが声にはならなかった。勇者でないのに勇者と呼ばれるのは色々と困るものだ。魔王を倒していけば勇者になれるというのなら、そうしよう。アンには悪いが、それまでは待ってもらうしかないな。
ゼヒーリの町には魔物の姿は無かった。魔物達は一般的には突如現れると考えられているが、実際には何処かで発生して移動してきているはずだ。サンジドーロ、二モス、ブカリに魔物達が移動して行った様に。
ゼヒーリで補給をし、アンジェリカ用の細身の剣を買い町を後にした。港町タリフに向かう為に。ゼヒーリを出てすぐにアンジェリカはアンの指導によって剣の修行を始める。
剣の持ち方、振り方を素振りをして教えているが、なんだか修行しているアンジェリカよりもアンの方が辛そうだ。体力があまりなさそうなアンジェリカだが修道院はそんなに生易しいところではない様で修行に何とかついてきている。
それとは逆にアンは日に日に険しい表情だ。それを見てロンダはニヤリと笑っている。どうやら微笑んでいる様だがそうは見えず。見つめられているアンもアンジェリカも少なからず怯えている様だった。
「何かの問題でもあるのか?」
夜中の見張りの時に聞いてみた。
「……ない」
「だが、アンジェリカよりも辛そうだったが?」
俺がそう言ってアンを見ると表情を読まれまいとアンが顔を逸らす。
「いや、言いたくないなら構わんのだがな」
そう言って俺は寝転びアンに背を向けた。
「自信が……無い」
俺は黙って聞いていた。
「私は弱い。その私が剣を人に教えるなど……勇気殿やロンダ殿に会う前であれば自信を持って出来た。私は自分が強いと思っていたから。でも今は違う。自分の弱さを知り……自分の剣を見失ったのかも知れない」
アンが立ち上がり剣を構える。
「剣を振り上げ、真っ直ぐ振り下ろす。この様な素振りを繰り返して本当に強くなれるのかと。勇気殿やロンダ殿の様に」
ゆっくりと剣を振り下ろし肩を震わせる。
「私はこんなにも弱いのに」
俺は立ち上がりアンの横に立つ。そして、アンの手から剣を奪い正面に構える。
「ロンダや俺が素振りをせずに強くなったとでも思うか?」
アンが俺の顔を見る。
「素振りをせずに強くなった者など俺は知らん。剣士なら休まずやらねばな」
俺は一振りだけアンの剣を振り抜いた。
ボッ
切っ先が空を斬り裂く音がする。
「休まずにな」
俺はそう言ってアンに剣を返し、そしてもう一度寝転んだ。アンが何処かに歩いて行った後、少し離れた場所から素振りの音が聞こえてきた。
港町タリフはミノア王国の王都よりも大きいのでは無いかと思えるほどの町だった。扇の様に海に突き出した港には大小様々な船が停泊している。
「港に着いたら直ぐに船に乗るぞ!」
街道から海が見え始めてからロンダはこれしか言わなくなった。ロンダや俺が乗った事がある船は、川を渡ったり湖を渡る為の小さなものだったので遠くからでも分かるほどの巨大な船を見るのは初めてだ。
まあ、その気持ちはわからんでも無い。
始めてみる海は思ったよりも臭かった。街道から波打際まで行き海水に触れた時も川や湖と異なる匂いがした。
「海の水は川や湖とは異なり、飲めません」
アンジェリカが俺とロンダに言って来た。
「何だと!? この水が飲めないだと!」
ロンダが顔から海に潜り、驚いた顔で出てきた。
「し、塩か!?」
「そうです。ですので、海から出た後は装備の手入れをしないと痛みますよ」
アンがそう教えてくれたので、俺たちは海水につけた装備を取り外して海に流れて込んでいる川の水で洗った。
装備は洗ったが自分の体や頭をちゃんと洗わなかった俺たちは乾いてからも何だか変な匂いがしていた。
「海の匂いです。港町タリフでは町全体がその匂いです」
アンジェリカがまだ濡れている髪をブラシで解かしながら言う。
「そうか、なら俺とピヨールはこの匂いのままでいよう!」
何故、俺まで巻き込む。
「では、私も」
アンがロンダの提案に参加して来た。
「あ、ああ」
それから港町タリフに着くまでの4日間、俺たちは毎日海に潜り続けた。2日目にはロンダは海中での狩りを覚え、始めてみる生き物を焼いたり炙ったりして食べていた。毒があるとはまずいので、その獲物たちの前にピヨールを連れて行き毒の有無を判断するのが俺の役目となった。
毒の除去も出来ただろうが、ロンダが獲物の味が変わるかも知れないと拒否したのだ。泳ぎ疲れるという事を知らないピヨールは獲物の前で元気良く吠え毒の有無を判別していた。その判断の結果は俺にも感じ取る事が出来たので大丈夫かどうかは俺がロンダに伝えた。
「この小さい奴は絶対に食うな」
おかしな形の小さい魚には物凄い毒があった。
「こんな奴に毒があるのか?」
ロンダは不思議そうにその魚を見て海に放り投げた。だが始めて食べる海の獲物はどれも美味いものが多かった。
「海、いいな」
ロンダが波に浮かび、変なぶよぶよの生き物を掴みながら笑っている。
お前、まさかそれも食うのか?
俺はそのぶよぶよを見ながら思った。アンを見ると無理だと言う顔でこちらを見つめている。アンジェリカは呪われた生き物だと祈り始めた。
ピヨールを近づけると毒は無い様だったのでロンダは刺身と焼きと炙るで食べていた。火を入れて赤く変色した獲物を見てアンジェリカは魔王の使いだと怯え出す。
「魔王の使い? 魔王の使いがこんなに美味いなら魔王がどれ程美味いのか楽しみだな」
そう言ってロンダは引き千切った触手の様なものを口に咥えた。
アンはそれを見て泣く程怯えながら俺の陰に隠れる。ずるいぞと思った時には遅かった。ロンダの手には、べつの触手が握られており、その手が真っ直ぐ俺に向かって伸びてきたのだ。
「美味いぞ! 食え!」
俺は覚悟を決めて食った。
美味いな。
その触手はコリッとして美味かった。うむ、やはり海は凄いな。
港町タリフに着いたのは夕方だったが、町に着いて直ぐに俺たちは船を見に行った。ロンダだけでなく俺も船を見たかったのだ。扇状に突き出した港にはたくさんの船が停泊していて、もう直ぐ夜だと言うのに港は人で溢れていた。
「人が多いな」
「皆、船員だろう。明日の朝の出航に向けて荷を積んでいるのだと思う」
アンが俺に教えてくれた。
「その船に乗れば明日の朝に海を渡れるのだな」
ロンダが頷く。
「いえ、タリフとマルンの連絡船の出向時間は調べないと分かりません」
アンがそう言うと、アンジェリカが質問する。
「あの、連絡船に乗るお金はあるのでしょうか?」
俺は金の事を忘れていた。コリントスで馬を売った金はもう無い。ここまで来た荷馬車を売っても4人分の船賃にはならないだろう。
俺がアンとアンジェリカを見ると2人とも目を逸らした。どうやら、どちらも同じらしい。
「賞金でも稼ぐか」
「それはいい。修行にもなるぞ」
俺の提案にロンダが頷く。俺たちは港に行ったその足で酒場に行った。賞金稼ぎへの依頼は大体が酒場で受ける事が出来る。
依頼主が何軒かの賞金稼ぎが集まる酒場に依頼内容と報酬を書いた紙を置いていき、それを賞金稼ぎ達が見て、受けるかどうかを決めるのだが、最終的に依頼をするかどうかは依頼主が判断する。また、その時に交渉する事で報酬が増えたり、依頼内容が変更されたりする事も多々ある。
俺たちは港に面した酒場の中から一番大きそうな店に入った。店は3階建てで1、2階が酒場、3階が宿になっている様だ。1階の空いている席に座り、店員を呼んで依頼を探していることを告げると怪訝そうな顔をしてから無言で入口の壁を指差した。
「ああ、あれが依頼書か」
壁に付けられた掲示板にたくさんの依頼書が貼り付けられている。俺は席を立ちピヨールと共に依頼書を見に行った。
「お客さん、犬は困りますよ」
肩に乗っているピヨールを見て店員が声をかけてくる。
「すまんが見逃してくれ。長居はせんよ」
俺がそう言うと分かったと言う代わりに店員は手をひらひらさせた。
依頼書を見ながら俺はある事に気付いた。船賃がいくらかかるのか確認していなかった。つまり、いくらの報酬の依頼を受けたらいいのか判断できないという事だ。
俺がもう一度店員に話しかけようと振り返るとそこにはロンダが立っていた。
「これだ、これを受けるぞ」
ロンダは貼ってある中で一番高額な報酬の依頼書を手にした。その依頼書は他の物と違い、ぶ厚い羊皮紙に書かれており赤い印が押されている。
「おいおい、あいつ海の魔王を受ける気だぞ」
「そんな馬鹿がいるのか?」
「ぶはっ、本当にいやがる」
店内が騒つく。だがロンダが一度受けると言い出したら俺に止める事は出来ない。
【報酬金貨10枚】
と書かれた文字が2回消され、15枚から一気に30枚に増えている。報酬に金貨と書かれているだけでもその依頼の難易度が分かるのだが、2回書き換えられているという事は、それだけ受けるものが居ないか、過去に2回受けたものが居たという事だ。
どちらも失敗したという事か?
【海の魔王クラーケンの討伐】
【海運協会、タリフ町長】
海の魔王か。俺は魔王を斬らねばならんから丁度良いのかも知れんな。
「ワン!」
ピヨールも元気に吠える。
「がはは! 子犬と女連れで魔王討伐とはな!」
アンとアンジェリカを呼んで店を出ようとする俺たちに男が声をかけてきた。
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