第25話 一区切り
ヨレたトレンチコートを羽織った男が路地裏のスナックに入ってきた。
コートに似合いの疲れた顔の初老。
他に客は誰もいない。
5席しかないカウンターの端に座り、バーボンを1杯注文して大きなため息を吐く。
ほどなくして、40歳手前のホステスがグラスを運び男の隣に座る。
静かに他愛もない会話、バーボンを2杯飲み干して男は店を出ていった。
グラスを片付けるホステスが男が座っていた椅子の下に落ちていた手帳に気づく、
今夜は。あの男以外に客はいなかった。
「ママ、ちょっと手帳届けてくるわ…私、そのまま今日は帰る」
男は最終のバスに乗ると言っていた。
ホステスも暇な店をあがる理由ができたというわけだ。
バス停で男に手帳を渡すホステス。
「ありがとう…中は見たかい?」
「いえ、見てないわ」
「そうか…一応、捜査情報がね…刑事なんだ…あと数か月だがね」
「見られたら一応、マズいものだったんだ、そんなものを落とすなんて」
「あぁ…そんな男だから嫁にも逃げられた…犯人にも…かな」
「いいじゃない、あと数か月…無事に終えられればさ…区切りがあるっていいことだと思うよ、幸せじゃなくてもね」
「そうだな…永遠に追う…逃げるなんて苦しいだけなのかもな…手帳ありがとう」
「ううん、あがる口実ができたから…ずっとか…ずっと待つ…それも苦しいだけだね」
「待っている人が?」
「ううん…なんでもない、あっバス来たよ、じゃあね」
バスが来て初老の刑事はバスに乗る一番前の席へ座るところまでホステスは男を見送り駅へ歩き出した。
バスの中で手帳を開く刑事…
「いつまで逃げてんだろうな…自首すりゃ大した罪でもなかろうに…バカな野郎だ」
駅のホームでホステスが電車を待つ。
「刑事か…まだ逃げてんのかな…あの人…自首してりゃ今頃は…一緒に暮らせてたのに…気が弱いくせに…バカ」
………
「オマエ腹減ってんの?」
コンビニの駐車場、買ったおにぎりの具を野良猫に食べさせている男。
「寒くなってきたな…」
サケの切り身を食べている猫の頭をひと撫でして男は隣の交番へ向かって歩いて行った。
「やり直そう…待っていてくれるかもしれねぇし……そんなわけねぇか」
自嘲気味に笑う。
交番に入っていく男をジーッと見ていた野良猫
「ニャア」
小さく一鳴きしてどこかへ消えた…。
ヤミナベ 桜雪 @sakurayuki
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