第9話 水神池
大きな池のある神社、僕らは写生授業と地元の歴史授業を兼ねての屋外授業中だった。
この神社に伝わる龍神退治の言い伝えを聞き絵巻を見て、そして絵を描いている。
僕は大きな池の外れにある、ご神木の下で池の絵を書いていた。
この池から龍が現れたなんて信じられない。
だだっ広い池、青い水がキラキラと日の光を反射して眩しい。
ボーッとしていると、青かった池は、オレンジに変わっていた。
「集合!」
先生の号令でハッと気づく、ヤバイ…ほぼ真っ白だ。
眠っていたわけではない。
深く瞑想していたのだ。
その証拠に、ほっぺたに『バカ』と絵の具で書かれていたことに気付かなかったのだから。
土曜日、午後から画材を持って帰るハメになった。
月曜日までに描き上げなければならないからだ。
家に帰り、ばあちゃんからおにぎりを作ってもらって神社へ向かった。
ご神木に寄りかかり、絵を描き始めると神主さんが声を掛けてきた。
「池の絵かい?」
神主さんは、まだ若い40歳くらいだと思う。
「はい」
「ふ~ん、上手じゃないか」
「そうですか」
僕は絵には少し自信があった。
学年の写生大会では、必ず賞を貰っていた、金賞は貰えないくらいの小さな自信だけど。
「この間、来てたよね、なんか絵巻をじっと眺めてたから覚えてるんだ」
「えっ…はい、なんか…可哀想で」
「可哀想?」
「あ~、龍が血を流してて、叫んでるみたいで…」
「ハハハ、そういうふうに見ていたのかい?うん、キミは優しいんだな」
そうなのだ、僕は龍がサムライに囲まれて苛められているように見えたのだ。
「邪魔したね、そうだ帰りに寄りなさい。もうひとつ面白いモノを見せてあげるよ」
そういうと神主さんは石段を上がって行った。
(面白いモノ?なんだろ)
とりあえず下書きだけ描きあげて、そのまま帰ろうかとも思ったのだが、なんだか悪い気もして境内へ向かった。
夕暮れには少し早い時間、もう少しココにいても大丈夫。
境内の中を覗くと、神主さんが待っていてくれた。
「来たね、入りなさい」
「はい、お邪魔します」
境内には、この間の絵巻が広げてあった。
「見せたいのはコレだよ」
神主さんは、小さな木箱を差し出した。
「開けてごらん」
箱の中には、なにかの歯?が4本。
「これはね、この神社に伝わる龍の歯だよ」
「えっ?化石ですか?」
「ううん、化石じゃない」
「この神社はね、ここで討ち取られた龍の祟りを恐れた村人が建てた神社なんだよ」
「龍の祟り?」
「あぁ、言い伝えでは大きなカミナリが落ちた後、龍が姿を現したそうだよ、暴れる大きな龍を恐れた村人は、都の役人に龍退治を依頼したんだ、そこで腕自慢の源氏の武士が派遣された、船で龍を囲んで矢を放ち、弱った龍を刺し殺したそうだ」
「それが、この歯なんですか?」
「うん、龍は大きくてね、都まで運べなかったんだ、そこで頭だけ切り落として、酒に浸けて朝廷に献上されたんだけど、気味悪がられたみたいでね、頭は戻されたそうだ。それで神社を建てて、この地に身体と一緒に埋められたんだ、この歯は腐った頭から落ちた歯らしいね、証拠として絵巻と一緒に残されたんだろうね」
「本物なんですか?この歯」
「うん、昔、学者が調べたみたいだよ、ノトサウルスっていったかな?の歯じゃないかって話だけど、まあ化石ってことで、それ以上は調査されなかったみたいだ」
「へぇ~、コレをなんで僕に?」
「さぁ、なんでだろうね、なんとなくかな」
黄ばんだ尖った歯、確かに犬や猫の大きさではない。
「アイス食べるかい?」
「はい」
僕は、神主さんとアイスを食べながら少し話をした。
神主さんは龍を信じているようだ。
「見てみたいんだ龍を、だから大きなカミナリの夜は池まで降りてくるんだ、まだ見たことないんだけど」
そんなことを言っていた。
大人が、そんな伝説を信じてるなんて意外だった。
大人とは、そういう事をウソだと言いきるモノだと思っていたから、
僕は、この神主さんが少し好きになっていた。
僕の絵は銀賞に選ばれた。
それから、僕はたまに神社に遊びに行くようになった。
ときには友達を連れて境内や池で遊んだ。
神主さんは、僕が行くと、お菓子をくれたり、みんなの前で恐竜の話をしたり、学校より楽しかった。
夏休みのある日、僕らは神社で宿題を見てもらっていた。
夕方、ひどい雨になって、傘を借りて早めに帰った。
その夜はヒドイ雷雨だった。
夕飯を食べて、部屋でゲームをしていると、大きなカミナリが落ちた。
電気が消え、窓の外を見ると真っ暗、停電だ。
(もしかして!)
僕は懐中電灯を持って、神社へ走った。
真っ暗な道路を神社へ急ぐ。
肩で息をしながら、池に向かった。
真っ黒い水面に雨が跳ねる。
ライトで水面を照らすと黄色く丸く光る。
ゴボンッ
水面が盛り上がる。
ライトの光を追いかけるように、黒いナニカが口を開き、目の前を横切った。
ザバーンッ
ザーッと池を泳ぐ影、雲の切れ間から月明かりが池を照らす、
その影は大きく、僕が知る、どの生き物とも違った。
池から時折、大きな頭を覗かせる、ワニのようなトカゲのような、
でもそれらの全てと違う顔をしている。
目なんか僕の頭より大きい。
(これが龍……)
池から少し離れて、しばらく、泳ぐ龍を見ていた。
冷たい雨に身体がズブ濡れだったけど、僕は目を離せなかった。
(神主さんに見せなきゃ!)
僕は境内へ走った。
境内の扉を叩く、
「神主さん、早く!龍だよ!すぐ来て!」
神主さんは出てこなかった。
やがて雨が上がり、街灯に明かりが灯る。
僕が池に戻ると、もうそこに龍はいなかった。
池は、静かに月を映している。黄色い月を。
静かな池の真ん中、黄色い月の真ん中に浮かぶ、神主さん……。
僕は交番に走った。
その後は大変だった、警官になぜ池にいたのか?など色々聞かれたのだが、
神主さんの遺体の損傷が激しく、無関係だろうということですぐに帰された。
あれから20年……。
鬱病を発症後、休職から退職、僕は逃げるようにしてこの街に戻っていた。
今、池を眺めながら、あのときのことを思い出す。
神主さんが龍に食い殺された池、あの龍はいったい?
僕は思うのだ、世界中で目撃されるUMAってヤツは、あんなふうにタマに訪れる過去、あるいは未来からの来訪者ではないのかと。
きっと神主さんは龍に魅せられて池に入ってしまったんじゃないだろうか。
あの日も、
こんな雷雨の夜でしたね、神主さん。
ゴボンッ!池が大きく波打った……。
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