第10話 trillo del diavolo

ある音楽家は、夢の悪魔と契約して後世に残る名曲と引き換えに命を捧げた。

しかし、音楽家は完全なコピーに失敗し、不完全なまま世にだしたのだ。

『悪魔のトリル』として現在でも親しまれる曲である。

不完全な曲は契約として見なされず、彼は80歳近くまで生きたという。



なぜ、こんな職業を選んだのか?

サラリーマンで良かったのに、安定とはかけ離れた職業を生業としてしまった。

稼げない、辞められない、逃げたい。


死にたい、死ねない、怖い、生きているのも嫌だ、死ぬのも嫌だ。


どうしようもない……クズだ……俺は。


今日も何もしなかった。

1週間が早い、このドラマもう3話なの?

1話が昨日のことのようだ。


もうダメだ、貯金も尽きかけている。


なのに、現実を誤魔化すように風俗で女を抱く、酒を飲む。

「いつ死んでもいいんだ俺は」

酒に酔っては大口を叩く、一人になると落ち込む、その繰り返しだ。


今日も例外ではない。


俺はアパートに戻ると部屋の隅でうずくまる様に眠る。

夢もロクな夢は見ない。

夢占いによると、現実に余裕がない状態、そんな結果ばかりだ。

しかし、夢の中だけが現実から離れられる時間なのだ。

願わくば、もう目が覚めませんように……。

毎晩、願うのだが、皮肉にも目は覚めてしまう。


今日もきっと……。


目が覚めてしまった。

だが、いつもと違う夢をみた。


その日から生活が変わる。

金が入ってくる。

マンションを買った。

車も買った。

結婚はしない、女を絞れない。


夢のような5年間だった。


俺は眠るのが怖い……。

毎晩遊び呆けるのは、夢をみないように、眠らないようにするためだ。

クスリに頼る、もちろん覚せい剤だ。

量が増える、うとうとすると打つ。

ドリンク剤の感覚で俺は覚せい剤を打ち続けた。

そんな生活が長く続くわけがない。

俺は病院に運ばれたようだ。

注射を打たれたようだ、意識が遠のく……。

「やめてくれ!眠れないんだ!眠ったらアイツが……」


ZZZZZZZZZZZZZ


「久しぶりだね」

「あぁ、やっぱり待っていたんだな」

「当然だよ、契約したじゃないか」

「死ぬのか?」

「まぁ、ニンゲンとしては死ぬね」

「そうか……」

「でも、安心したまえ、キミの意識は永遠に途絶えることはないのだから」

「永遠に?」

「そうだよ、これから起こることすべてを体験できる」

「すべてを?体験?」

「そうさ、痛みも苦痛もすべてだ、キミの国では火葬だそうだから、まずは燃やされる苦痛から味わいたまえ」

「なっ!」

「あぁ、その前にドナー登録してあるから臓器を抜かれる苦しみが先かな」

「代償か?」

「そうだ、5年間の快楽を保障してやっただろ、その代償だ」

「永遠の苦しみ」

「うん、抽象的な表現ですまないとは思うが、とりあえずは身体を失う苦しみから始めてくれたまえ」

「とりあえず?その後はどうなる」

「魂は、私の主のもとへ送られる、産まれ変わる度に悲惨な人生を歩むんだ、産まれてすぐに殺されるなんて幸せなことは絶対にない、病気、事故、あらゆる災難に見舞われる人生を繰り返すんだ」

「あぁ、あああ」

「キミが死を迎える度に私が迎えにくることになる、名刺の代わりじゃないが、アザを付けさせてもらうよ、クビの後ろにね」

「さて、そろそろ目覚めたまえ、まずは禁断症状に苦しんでくれ、また会おう必ず」

「待ってくれ、やり直したいんだ」

「無理だよ、私は悪魔だ懺悔などで許しはしない、その代りに契約は守る。神は懺悔で罪をリセットしてくれるらしいが、悪魔は快楽と引き換えに苦痛を与えるだけ、考えてみたまえ、自分の幸せは他人の不幸のうえに成り立つものだよ、みんなが幸せになれるわけがない、悪魔はその犠牲者を増やす係りなのだよ、キミはもう絶対に幸せになれない、悪魔と契約したものは神の慈悲を受けられない。神は残酷だよ、我々よりね」


――10年後

「元気な男の子ですよ」

「あら、この子、クビにアザあるわ」

「幸せに育ってほしい、この子の名前はさちの字を入れよう」

「あんなお父さんだけど、あなたが産まれてきたことで、真面目になってくれると信じてるの、だから幸せにしてね、アナタがお母さんを、必ず幸せにしてね」

母親は我が子をギュッと抱きしめた。

「私を幸せにしないと許さない」

我が子を見つめる目には狂気の色が宿っていた。

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