第4話 噂屋
「ねぇ、高野くん、美樹と付き合ってるんだって」
「え~初耳」
「誰から聞いたの?」
「誰だったけな?噂になってるよ」
「いつから付き合ってんだろうね?」
「さぁ、いつからなんだろうね」
他愛もない、女子高生の会話である。
昼下がりのオープンカフェで、おひとり様で、紅茶を飲んでるアラサー女子には、耳触りなBGMだ。
(あと5年もしたら、誰かの恋愛どころじゃなくなるわよ)
わたしのように・・・・・・
たまたま最初の仕事が巧くいって、ちょっと出来る女を気取っていたら、30才手前になっていたのである。
あのとき、軽くつまづいていれば、今頃は、沙織のように・・・・・・。
沙織とは、アラサーの同僚である。
アラサーと違い、天然気取って、部署のマスコットポジションを確立した計算高い女(アラサー視点)。
挙句に、営業部の主任と今秋、結婚予定である。
負けたのかしら・・・・・・。
女として?社会人としては勝ってるわよね。
「ねぇ、それって噂屋に頼んだんじゃない?」
女子高生は、相変わらず恋愛トークである。
「噂屋ねぇ~ありえるよね~」
「そぅだよ、美樹の顔で、高野くんはないわ」
「だよね、高野くんがブスセンでない限りね」
「一緒に歩いてたら、つり合い取れないよねぇ」
「高野くん、豚足好きなんじゃない」
アハハハハハ。
だんだん、会話の内容がエスカレートしてくる。
それに比例し、声も大きくなっているが、本人たちは気づいてない。
ヒソヒソとしていた噂話が、悪口となると、声も大きくなるものだ。
制服のミニスカートの丈を解っているのか、いないのか、
片膝立てカフェラテを飲む。
(それにしても、うわさや?とはなんだ)
「ねぇ、ちょっといい?」
アラサーは女子高生に声を掛けた。
「私、フリーペーパーの記者なんだけど・・・・・・さっきの話?うわさや?ってなに」
と名刺とフリーペーパーを一緒に差し出す。
「えっ、取材?なんかスゴイ!」
キャッキャッと騒ぎ出す、女子高生。
こうなると簡単である、彼女たちは、あること、ないこと話してくれる。
「噂屋は、〇〇通りのシャッター商店街のどこかでやってるんだって」
「うん、でね、そこにゎ、猫とか
「それでね、おばあちゃんに話すの、ウソを」
「嘘を話すの?」
「そぅ、ウソを話すの」
「たとぇば~アタシが高野くんの元カノですってカンジで」
「ソレいいね!面白いょ」
キャハハハハ
「そうすると、徐々に、その嘘が、ホントのように広がっていくんだよ、うわさでね」
「そぅそぅ!現実になっちゃうの!でも、いつ付き合ってた?どのくらい付き合ってた?とか
「うわさだからね」
「噂だからか・・・・・・、ねぇ、さっきの高野くんは、そのナントカって子と付き合ってんの?」
「さぁ、ウチらが見たわけじゃないし・・・・・・そういう話を聞いただけ ねっ」
「うん、アタシはさっきコイツから聞いた」
アハハハハ
「ありがと、あっ情報料じゃないけど、ねぇ、また面白い話あったら聞かせてね」
と1000円差し出した。
「えっ、くれるの?ラッキー」
アラサーは、まっすぐ〇〇通りに向かった。
着いてみると、聞いてたよりも閑散としている。
人住んでるのかな?と思うほどの昭和感が漂う通りであった。
夕方とはいえ、まだ明るい時間、アラサーは商店街をブラブラ歩く。
本当に誰もいない。
ポストに刺さったままの新聞も、ひょっとしたら、昭和30年とか・・・・・・。
本当に、そんな気がするのである。
角で転がっている三輪車も、ゴミ箱に捨てられた雑誌も、よく見れば昭和。
そんな商店街である。
胸騒ぎというか不安のような感傷に襲われ出した頃、
ふいに商店街の街灯に火が灯る。
それが合図のように、あたりも暗くなってくる。
街灯の光も届かぬ1軒のあばら家。
錆びて穴だらけのトタンの壁から猫が数匹出入りしている。
(あそこかしら?)
開きの悪そうな引き戸の前で
「すいません」
と声を掛ける。
少し間をおいて、すりガラスの向こうから、ゆっくりと老婆が顔を出した。
「はい?」
「あの~噂屋さんでしょうか?」
「はい?」
(あ~まぁそうだよな)
自分は初対面の人に何を聞いてるんだろう。
「あの、私、こういうものです、少しお話させてもらえないでしょうか?」
名刺とフリーペーパーを差し出すアラサー。
「あぁ、あぁコレはご丁寧に」
こんなやりとりを経て、アラサーは家の中へ通された。
とはいえ、なにから聞けば、何を話せばよいのやら、そもそも、アラサーは仕事で来たわけではないのだ。
「あの、おばあさん、私の同僚が結婚する予定だったんですけど、破断になっちゃったんですよ」
「あらあら、まあまあ、大変ですね」
「そうなんです。それで彼女、会社辞めちゃって」
「辞めちゃったの?」
「そう、結婚ダメになったショックで、会社辞めちゃったの」
「へ~そうなの」
「そうなの・・・・・・・・・」
――翌朝、アパートのドアの前に
アラサーを見て、ガァーと鳴く。
1週間もしないうちに、同僚は辞表をだして会社を辞めた。
「なんか、村山主任との結婚ダメになったらしいよ」
社内で、そんな噂が広まっていた。
アラサーは、それから、何度も老婆のもとへ足を運んだ。
その度に、
どうやら、秋にはアラサーは主任へ昇進するらしい。
そんな噂が流れ始めた。
もう夏も終わりだ。
――そろそろジャケットの準備をしなければならない秋のはじめ、
会社に行くと人事部からの呼び出しがあった。
(昇進の内示だ)
「キミにね、聞きたいことがあってね」
「はい」
「キミ、佐藤課長と不倫しているって本当かね?」
「はっ?」
「そういう噂が社内で広まっているんだよ」
「そんなことしてません。なんで、あんなチビハゲと・・・・・・あっ!」
「まぁ、ただの噂だと思うけどね、昇進の話、とりあえず見送るよ」
(そんな・・・・・・)
意気消沈で席に戻ったアラサーに、冷ややかな視線が注がれる。
視線から逃げるように、取材と称して、老婆のもとへ。
老婆の家から出てきた、小さい小太りのハゲ、そう佐藤である。
身を隠すアラサー。
(まさか?あのやろう~!)
アラサーは、老婆に尋ねた。
「おばあさん、佐藤は私と、つきあってるの?」
「はいそうですよ、佐藤はあなたと、つきあってます」
(やっぱり!)
あの野郎、どうしてくれようか。
怒り冷めやらぬままに帰宅すると、ポストに招待状。
そう、退職した同僚、沙織の結婚式の招待状と、
幸せそうな2人の写真が入っていた。
彼女達は別れてなかった、沙織は寿退社しただけである。
(所詮、噂か・・・・・・バカみたいワタシ)
項垂れるアラサー。
嫌な噂の出所なんてものは、突き詰めれば、自分の口なのかもしれない。
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