第20話 自分史(続 使役)

ある屋敷に仕えて5年が経った。

今日で私の役目が終わった。


坂村さかむら5年間よく仕えてくれた…礼を言う」

主には一度も会ったことは無い…。

給与は振り込まれている。

住み込みで部屋も食事も保障されている。

私の仕事は、上条という老紳士から引き継いだドナー探しだった。

給金は多い、非合法のドナー探しだ口止め料も入っているのだろう。

主は娘のためにドナーを探していた、臓器移植のドナー探し。

自殺者希望者に金銭を払って適合するか否かを検査する。

検査だけでも相当な対価が支払われる。

適合した場合、望みを可能な限り叶える代わりに臓器を貰うという条件だ。

命と引き換えに払う対価…。


私も自殺する直前に老紳士に促されるまま検査を受けた。

適合しなかったわけで、今も生きている。

私は対価の代わりに、ここで働くことを望んだ。


なぜ?会ったことも無い少女のため?違うと思う。

命を捨てようとした自分が、命を必要としている人のために何かしたくなったのかもしれない。


あれから5年……。

主から手紙が届いた。

坂村さかむら5年間よく仕えてくれた…礼を言う』

わけあって、顔を晒すわけにはいかない、最後まで顔の見えない主によく尽くしてくれた。本当に感謝している。

退職金というわけではないが、最後の振り込みをしてある。

あとで確認してほしい。

5年間、ドナーは見つからなかったのは残念ではあるが…これで良かったようにも思う。

金で命を買う。

これが人道的に避難される行為であることは承知だが…ひとりの親として、私にできることは全てやってやりたかった。

自己満足と言われればその通りだ。


娘は逝った…。


昨夜のことだ。


勝手な言い草だが、今月中にココを離れてくれ。

この件に関わった人間は全てキミ同様の扱いをしている。

許してくれ。


最後にキミに頼みたいことがある。


娘の墓守りを頼みたい…。


娘の墓は、海岸近くの教会に建てた、住所は記しておく。


強制はしない…時々でいい、娘に逢ってやってほしい。


寂しがり屋なのだ…。


最後に本当にありがとう。


キミも次の人生を歩んでほしい。


もう、死を選ぶことの無い人生をキミが送れることを切に願う。



……手紙にはそう書かれていた。


私は屋敷を去り、しばらくは田舎で暮らした。

口座には一生食べるに困らない額が振り込まれていた。


あれから半年、暑い夏の日。

私は、逢うことのなかった娘の墓を訪ねてみることにした。

空虚感に包まれて暮らした半年…。

今日、手紙を読み返して思いたったのだ。


電車の窓から青い海が見える。


教会は海を一望できる場所にあり、少女の墓はすぐに解った。

広い敷地に小さな墓石。

墓石には名前が掘られておらず、一見すると墓には見えない。

オブジェのような墓石。


何をするわけでもなく、夕日が沈むまで私は墓石の前にいた。

ずっと心の中で話しかけていた…逢ったことのない少女へ。

自分のことを…出来る限り話した。


夕陽が沈むと教会を訪ねた。

神父に住み込みで働けるように頼んだのだ。


私は今、教会で働いている。


一度は閉じた自分史を再び開いたのだ。


私は自分史にまだENDを書き記していない。


いや、自分史にENDなど自分では書けるものではないのかもしれない。

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