第16話 密室殺人

窓の無い部屋、出入口もない。

四角い部屋。

隅に死体が転がっている。

頭から血を流して死んでいる若い女性。

血の渇き具合からみて、死後2日ほどだろう。


さて、この謎に挑むは本庁、一課のエースだ。

エースは考える。

「この女性の身元は?」

遺留品から手がかりは掴めない。

「凶器は死体の脇に転がる砕けた水差し、おそらくは満タンに近い水が入っていたのであろう、床が乾ききっていない」

身元不明の他殺体である。


突然だが、こんな話を知っているだろうか?


黒い箱に猫を入れる、外側からは中の猫は見れない。

何日も放置する、だんだん鳴き声が弱くなってくる、ある時を境に猫の鳴き声がしなくなる。

中の猫はどうなってるだろうか?

死んでいる?寝ている?

箱を開けるまで解らない。

つまり、猫の死は箱が空かなければ確定していないのだ。

このときの死んだ確率は50%である。

なぜなら生きている確率も50%なのだから。

『死』は他人が確認して初めて、その事象が公になるという考え方だ。

『死』に限ったことではないが……。


つまり、私がこの部屋で、彼女の死体を見なければ、殺人という事象は起こりえないということだ。


なぜこんな話をするのか?


この話の最大の謎は密室であること。


殺人は問題ではない。

窓の無い部屋、出入口もない。

四角い部屋。

「彼女はどうやってここで暮らしていたのか?」

それも謎だ。

だが違う、違うのだ。


最大の謎は、私はどうやってここに入ったか?

いや、そもそもなぜ、ここにいるのか?


つまり、密室において外からの干渉がない以上、彼女の存在は……。

本当にソコにいるのか?死体はあるのだろうか?

そんな疑念が頭を過る。


部屋の隅を見ると、スーッと死体が消えた。

そう、私が死体を認識しなければ死体は無いのと同じこと。

私が死体を見ないように目を閉じれば、死体はそこに無いかも知れないのだ。

少なくとも目を閉じている間は無いのであろう。


血の跡も、水差しも消えた。


白い四角い空間。


死体が無い以上、私がいる意味も無いのではないか?


死体が無い、事件は起きてないのだ。

捜査一課のエースの存在は……。

警察手帳が無くなった。

刑事が存在している意味がないからだ。

ひとりの男がそこに立っている。

でも、誰も視認できない。


手が透けている、そうだ当然だ。

この部屋にいる必要がない。


消える、消える、私が消える。

この部屋から私が消える。


死体があるから刑事がいる、刑事がいるから事件があるのだ。


刑事でない私はダレ?


誰もいないから名前も無い。


名前があるから個が確立するのだろう。


存在とはなにか?


消えゆく私があなたに問う。


「アナタはソコにいますか?」

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