第6話 使役
日本で1番自殺率が高い県、不名誉なことであるらしい。
今、僕はその比率を少し上げようとしている。
有名な自殺の名所、ベタではあるが、僕はココで首を吊ろうとしていた。
首つりは失敗が最も少なく、またちゃんと首を吊れれば苦しくもないらしい。
手ごろな木を見つけ、いそいそと準備をしていると、ふいに声を掛けられた。
「あの、お話する時間はありますか?」
ビクッとなって身が強張る。
恐る恐る振り返ると、初老の紳士。
身なりがキチッとしており、バトラーといった雰囲気を醸し出している。
「はい?」
「
「あっ、ご丁寧に……僕は、
思わず、口調が移ってしまった。
「お伺いし難いのですが、今、自殺をしようと思ってらっしゃいますね」
ストレートな聞き方だったが、口調と容姿のせいか不愉快ではない。
「はい」
素直に答えた。
「もし、よろしければ
「えっ?はい」
どうやら、僕の自殺を止める気はないらしい。
僕は、この紳士の話を聞くことにした。
実は、この期に及んでも、心のどこかで引きとめる何かを期待していたのだろう。
唐突に表れた紳士の言葉、まぁこの場の空気に完全に呑まれていたのだろう。
「実は、
ドナー登録も済ませて移植待ちではあるのですが、なかなか適合いたしません。
そこで、ご主人様は違法と知りながら、ご自分でも
「それで、なぜ僕に?」
「あなたを特定していたわけではありません。こうして自裁の名所に足を運ぶ方にお声掛けさせていただいております」
「僕にドナー登録してくれということですか?死ぬ前に」
「いえ、登録の強制などは致しません、先ほども申し上げましたが違法行為を行っておりますゆえ……お願いとはお嬢様と適合するか調べさせていただきたいのです」
「個人的にということですか?」
「はい、お嬢様のためだけにということでございます。もちろんタダでとは申しません。ご希望であれば金銭面でも、ご遺族の方にお支払い致します。もし安楽死がご希望であれば準備もあります」
「適合すればの話ですよね?」
「いえ、検査だけでも構いません。適合すれば、もちろん更なるご希望に添えます」
紳士は少し語気を強めていた。
僕は考えていた、どうせ死のうと思っていたんだ、それも気持ちも定まらぬままに準備を進めて今、ここで少しでも引き止められている。
「解りました、いいですよ」
割と軽く返事をした私の手を取り、紳士は
「ありがとうございます」
と深々と頭を下げた。
その後、僕は目隠しをされて広い部屋に通された。
病院のベッドを想像していたが、それなりのホテルの1室のような部屋である。
軟禁状態で1週間、検査をされながら部屋で過ごした。
その間は仮面をつけたメイドが身の回りの世話をしてくれる。
おそらくは看護師の資格を持っているのであろうメイドは採血なども行う。
「適合しませんでした」
軟禁生活8日目の朝、そう告げられた。
「そうですか」
やはりというか、そうそう適合者など現れるわけがない。
その日の昼食後、僕の部屋にあの紳士が現れた。
「坂村様、検査ご苦労さまでした」
「いえ、お役に立てませんで」
「いえいえ、雲を掴むような……まぁ賭けですから」
「そうですか、誰の役にも立てないんですね、僕は……最後まで……」
僕は涙を流していた。
いや、役に立たない自分を責めたわけではない、改めて死を目の前にすると、どうしても涙が溢れてくるのだ。
「どうぞ」
と白いハンカチを私に差し出す紳士。
「すいません」
紳士は、私が泣き止むまで黙って待っていてくれた。
私が落ち着きを戻すのを待って紳士は自分のことを話し出した。
「私も死のうと思っていたのです……」
紳士は、失職がきっかけで転がるように借金を増やし、この屋敷に窃盗に入ったのだそうだ。
そのときに、車椅子の少女に見つかり殺そうと首を絞めようと近づいたとき、少女が胸を押さえて苦しみだした、なぜだか紳士は救急車を呼んで少女は事なきを得たのだが、紳士はそのまま警察へ、不法侵入で刑務所に入ることになった。
出所すると、高級車が待っていて、ふたたびこの屋敷に連れてこられた。
そこで、
何日か、この屋敷で過ごして、
紳士は自分からドナー探しを申し出たそうだ。
細かなところは、
話しぶりから勝手に推測するに、この紳士が生涯を少女に仕えると決断させるだけの何かがあったのであろう。
「それで、報酬のほうですが、いかが致しましょうか?出来る限りお応えします」
「それでは……」
僕は今、この屋敷で働いている。
あれから2年、あの紳士はすでに他界してしまった。
なんとなくで、申し出たドナー探しだったが、ふと思うことがある。
少女は存在するのだろうか?
実は、1度も見たことがないのだ、少女も、
僕は、今も会ったこともない少女のためにドナー探しを続けている。
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