第35話
ラムの様子を郁とルチルは不思議そうな顔で見ていた。
「なによ、流浪人のくせにそんな事も知らなかったわけ?」
「彼の場合、本当に知らなかったからこうやって頭を抱えているのだろうな。…気の毒に」
合掌するルチルの隣で郁は頬杖をついて息を吐く。
「ただの間抜けじゃない」
酷い言われようだが、実際ラムは知らなかったのだから何も言い返せはしなかった。
「て言うか、ちょっとあんた、主人公が追うべき相手見逃してどうすんのよ」
急に、郁の苛ちを含んだ言葉の矛先がラムからルチルへと切り替わった。
「いや、それは…うん…」
「少しだけ筋書きの一部だとか、気に食わない自分の設定をちょこっとだけ変えられても、ストーリー自体は変えられないってこと、忘れてないわよね?そりゃ、委員会の言いなりになるな、なんてあたしも言っちゃったけど…ね?」
「……あぁ」
「だったら、ほら。あの貴族さん…じゃないか、魔王さんに止めさして刺してこなきゃ」
「君、軽く言うけど、ちょっとまだわたしには…その、心構えってやつが…」
そうしてふたりは話を進めていくが、一方でラムは、どうしたものかと悩みこんでいた。
まさか❝物語の終わりの先❞とも❝再スタートまでの休息地帯❞とも呼べるこの街で、自分が消えてしまう可能性があるだなんて思いもしなかった。物語の結末に順調に向かっているとは思えない物語の主人公である自分程、消滅に近付いている登場人物はいないのではないか、とラムが考えたところで、はて?、と思考が停止した。
「なあ、ふたりはそれぞれ物語の主人公なんだよな?」
「はぁ?何よ、突然。当たり前のこと聞いたりして」
ラムの質問に呆れる郁とは違い、ルチルは親切にコクリと一度頷き、口を開く。
「あぁ。貴方の言う通り、わたしはわたしの物語の主人公であり、設定としては見習いの勇者だ」
「あたしも、うん、主人公ってことにはなってる。……新しい本では、何でか知らないけど、あたしは主人公じゃないみたいだけど、ね」
郁は歯ぎしりをさせて最後の言葉を付け足した。ふむ、と考え込むラムは質問を続ける。
「委員会の指示ってさ、目を瞑ると見えるもん?」
その問いかけにはふたり揃って頭上にクエスチョンマークを掲げていた。
「それは…そうだろう、な」
「主人公の管理は委員会でも面子が違う時もあるから、すっかりおんなじ、とは言えないけど、主人公の見る委員会室の様子なんてどこも似たようなもんじゃない?」
当然の事を当然の様に口にするふたり。
だが郁だけはそこで口を閉ざさずに「あぁ、でも…」と何やら言葉を続けようとする。
「あたし、ほら、ちょーっとばかり支持通り動かないもんだから。時たま手紙なんかで注意勧告がされたこともあったりなかったりー…」
てへへ、と可愛らしく笑っているが言っていることは可愛らしさの欠片もない。ただの迷惑人間ではないか。
「けど、基本的にこっちの意見も多少は通るし、融通も聞いてくれる。ラスト1ページに大きな変化がない範囲で、ではあるけどね」
ここが重要よ、とテスト前の教師のように人差し指を立て郁は言葉を強調させた。
「……あ、そうだ。郵便来たりしてないかな。新刊にこのあたしが登場なし、なんて、ちょっと寂しいなぁ…。谷さんたち、いったいどんなストーリーを進んでるのかしら」
郁はそうぶつくさ呟きながら、再びラムとルチルのふたりを残し、今回は逆に外へと行ってしまった。
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