第18話
「では、わたし達は会場にて君を待つ」
「尻込みしねぇでさっさと来んだぞ~」
勇者は雲で休んでいる龍を地上に呼び戻すため、谷はレース開催の話を付けるために屋敷から三人を置いて先に出発していった。
「ところでラムくん、君はその格好でレースに挑むのかい?」
見送りを終えたところで彼がそう切り出した。ラムは「そういえば…」と自分の服を見つめる。
街に来てから今までの間ですっかり着慣れてしまったが、この服装ではあのレースにそぐわない。せめて勇者のようにマントを除いて無駄な装飾品のないパンツスタイルにでもならなければ動きにくそうだ。
「まぁでも、どうせすぐ振り落とされるだろうしな…」
諦め口調で空を仰ぐと、郁が「それってフェアじゃない」と真剣そうに言う。サッと革張りのがま口財布を高く振りかざした。
「え。それ俺の、」
「さあ、決戦に向けての買い物よ!」
郁と貴族の彼は「おー!」とふたり揃って声を上げ、目配せだけの会話でラムの腕を掴む。ラムは毎度の事ながら引きずられて商店街へと連行されていった。
「あんた随分と金持ちなのね」
服を物色しているラムの後ろで、財布の中身を確認したらしい郁がそう投げかける。その目は妙にきらきらと輝いていた。
「それ俺の稼いだ金じゃないんだ」
鏡の自分を見つめながら適当に良さ気な服をあてがい、ラムは郁に事実を伝える。
すると、貴族の彼が「おや」ともったいぶった言い方でラムの発言を言及する。
「ラムくん、君のその発言はまるでこのお財布を盗んだような言い方だね」
「やだー、あんた本当は泥棒だったの?」
「ちっげーよ!断じて違う!」
ぎゃんぎゃんとうるさく言い合いながらもラムの衣装が決まった。摩擦に耐え抜けそうな生地のパンツに風避けのゴーゲル、もしもの事を考え防具を多く揃えた。
買い終えたあと、すぐに着替えたいと言うラムの要望に答え店員は試着室とは別の裏にある部屋へと通してくれた。まるで戦場に向かう戦士のような格好だな、と思いつつも扉を開ける。そこにはふたりの姿はなかった。
「あれ…?」
あたりを見渡しつつも店内にラムは戻る。そこでようやっとふたりを見つけた。
「あぁラムくん、素敵だね。似合っているよ」
「世辞はいらねーよ。どこいってたんだ?」
その質問に彼はよく見ていれば気付くぐらいにぴくっと肩を揺らした。何やら後ろに隠しているらしい。
「なんだよー、何隠してるんだよー」
「貴族さーん。完了よ!」
ちょうどそこへ郁がアクセサリー店の小さな袋を掲げて戻ってきた。貴族の彼は郁の合流にほっと胸をなでおろす。
「それなに?」
「レディーの買い物に口出しすんじゃないわよ」
郁はラムの疑問をピシャリと拒絶する。
結局ラムはふたりの買い物について詳しく聞く事は叶わなかったが、ラムの身だしなみを整え終え、3人揃って会場へと徒歩で出発した。
足を並み揃え、会場までの道のりを歩くラムが空を見ると最初に見た時と同じく空はいつまでも冴え渡った青のままであった。
そこにいくつかの綿菓子のような雲が浮かんでいる。
ラムが街に入ってからだいぶ時間がたったはずなのに日が暮れる気配が全くない。
「なぁ、ここって天気変わんねーの?」
不意に気味が悪くなり、ラムはそう問いかける。すると、
「君が願えば雨も降るだろう。きっと月も顔を出す」
貴族らしい余裕の笑みを浮かべ、ラムの疑問に彼なりの答えを歌うように語りかける。
「空が笑っているのは、君の心が笑っているからさ」
前を歩いていた郁が「それって口説き文句か何か?」と耐えかねたように口を挟む。
ラムはどこかうんざりとした顔にはなっているものの、彼は明るい表情のまま郁の問に答える。
「さぁ、どうだろうね」
恥ずかしげもなく、彼は純粋な笑みを浮かべた。
過ぎゆく女性達の全員が振り向いたのは言うまでもない。
16.03.17
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