第19話

 競技場に辿り着いた3人は目の前に広がる光景をしげしげと眺めるように立ち尽くす。貴族の彼はやけに楽しそうな顔で、今にも踊り出しそうに体をうずうずさせる。


「まるでパーティーでも始まりそうなにぎわいだね」


 春の終わりに桜が散るように、色とりどりの紙吹雪が空から降り注ぎ、活気づいた場に引き寄せられたかのように多くの出店が立ち並ぶ。子供から大人まで、老若男女あらゆる人が笑顔で競技場前を歩き回っている。

 遠くの方から微かに「おーい」と誰かを呼ぶ聞き慣れた声がし、3人がきょろきょろと周りを見わたすと大きく手を降る谷が笑顔でそこにいた。


「遅かったじゃねぇか!」


 ラムの格好を見やると「気合入ってんなぁ!」と言ってバンバンと力強く肩を叩く。その反動でラムは足から地面に突き刺さりそうになる。

 先程とは雰囲気の違う競技場に戸惑う郁が口を開く。


「ちょっと谷さん、これは一体何事?」

「すげぇだろ?今回ちょっとした主催者が現れてなぁ、こーんな豪勢なレースになったんだぜ!」


 ニッと銀歯の入り混じった歯を見せて笑う。

 大々的に貼りだされた紙には、他の出場者2名と龍の背中に合成で付け足されたラムの姿。明らかに縮尺が間違っており、龍に比べてもラムの背格好は巨人のようだ。


「席ももう確保してっからな。あとはラム、お前さんを送り出すだけだな」

「は、はい!」


 ビシッと敬礼でもしそうな勢いでラムは背筋を正す。その横で貴族の彼が「すみません」と珍しく不安げな調子で口を開く。


「勇者さんはどちらに?」

「嬢ちゃんか?たしか龍を落ちせてから顔を出すっつってたな。落ち着いたら競技場の正面に来るようにとは言って…あぁ、来たみてぇだ」


 小柄なせいかひょこひょこと人混みの中から顔を出したり引っ込めたりさせながら、勇者の彼女がこちらに向かっているのが見て取れる。


「すまない、待たせてしまって」


 多少ボサついた前髪を梳きながらぺこりと謝る。

 気にしないで良いのよ、と語尾にハートマークでも付きそうな猫なで声で郁が答え、彼女に近付いていく。先ほどまでと180度変わった態度に勇者の彼女は疑問を抱いているようだが、ラムには何となく分かってしまった。

 おそらく、何か企んでいる。ラムにそう思わせるのは郁の瞳が悪戯っ子のようにきらりと光っているためだ。


「あなたにね、是非着てもらいたい物があってね」


 郁はそう言って貴族の彼に目を向ける。いつの間にやらこのふたりの視線のみの会話はかなり精度を上げ、郁の視線を理解したらしい彼はこくっと頷いて肩に掛けていた袋をガサゴソと漁り出す。


「じゃじゃーん!」

 その掛け声に合わせて彼が中身を丁寧に広げてみせる。


「勇者さんにお似合いかと思いまして、ふたりで選ばせていただきました」

「…はーん、俺の財布を持ちだしたのはこの為か」


 服を見て絶句する勇者の横でラムはそうく呟く。

 彼が取り出したのは郁が着ている服に似通ったクラシカル風の清楚なワンピースだった。フリルやリボンの装飾は郁の服に比べて少なくシンプルではあるが、上品なそれは正に“女の子”や“少女”にだけ許される服である。


「靴もね、合いそうなの買ってきたから履きなさいよ。ローヒールだからきっとあんたでも履きやすいはずだし」

「何で勇者の靴のサイズまでコイツ知ってんだよ」

「紳士は女性の靴のサイズくらい知ってるものです」


 さも同然、とばかりの彼の発言に「ストーカーかよ…」と引き吊った顔でラムは返す。ラムと貴族の彼との会話など気にする素振りも見せず、郁は勇者へ話しかける。


「彼と話して思ったのよ、あんた可愛いのにその格好じゃ損よ?髪型もちょっと細工してあげるから来なさい」


 郁は無遠慮に唖然として固まっていた勇者の二の腕あたりをむんずと掴む。「な、離せ!」と当たり前だが勇者は反抗する。


「貴族さぁん、手伝ってぇ~」


 郁の言葉に爽やかそうな人の良い笑みを返し、ツカツカと歩み寄った彼は軽々と勇者を抱えてしまう。俗に言う“お姫様抱っこ”と言うやつだ。


「なっ、わっ、ちょっ」


 予想外の彼の行動にわたわたと体を動かし、勇者は顔を赤らめる。「暴れると落ちるよ?」と彼が耳元で囁やけば途端に大人しくなる。


「ほーんと、イケメンって役得よね」

「俺を見て言うなよ…」


 じゃあちょっと行くわ、と郁は言い残し3人は会場内へ入っていった。

 呆れた目で見ていたラムに、横に立っていた谷が真剣そうな表情で話しだす。


「レース前にな、お前さんに主催者が会いたいと言ってるんだが、良いか?」

「え、俺にですか?」

「まぁな。今回のレースはお前さんのために開いたと言っても過言じゃねぇし、挨拶ぐらいしとけ」


 こっちだ、と言って歩幅の広い谷はずんずんと進んでしまう。谷に遅れまいとラムも後ろについて歩き出した。


16.03.18

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