第25話
放心状態で観客席の様子を眺めるラムを乗せ、龍は一目散に勇者達がいる観客席の方へ向かい飛んでいく。
「まったく、やってくれるわよね!おめでとう!」
これまでの態度はどこへやら。慎重に、それでも素早く滑り降りたラムに郁は飛びついてくる。あろうことか、無事に生還したラムに抱きついてきたのだ。
足元がふらつくラムはそれに驚きながらも、どこか嬉しそうな表情に変わる。
「あんたの一着ゴールに持ち金ぜーんぶ賭けといて良かったわ!今までにない大儲けよ!」
「…って、おい!俺の感動を返せ!」
「うふふふ、いーやーよっ。返さないもん」
もん?郁の語尾にラムは疑問抱く。
抱きついてきた郁をなだめつつ下を見るといくつかの空き缶が転がっていた。表記された文字を見るまでもなく、その空き缶がアルコール類のそれだとラムはすぐに気が付く。
「あんた、酔ってんのかよ」
ラム以上に足元のおぼつかない郁を座席へ座らせながらラムは指摘する。
郁は気にする素振りも見せず、うふふと笑うばかりだ。
「いい気なもんだな。俺は命懸けでゴールしたってのに」
どこかガッカリした様子で、ラムは妬ましげな口調を意識してブツクサ呟いていると後ろから貴族の彼が軽快な笑い声を上げやって来る。
「ラムくんそこは許してあげておくれよ。彼女、君の身の安全がそうとう心配だったようだよ。素面じゃ見てられない様子だった」
うんうん、と隣で勇者の彼女も頷く。「ツンデレってやつかな?」と貴族の風貌に合わぬハイカラな言葉を彼は言う。
勇者の背後では龍が甘えるよう頭を彼女の首にもたげさせていた。
「それはどうだか知らないが、医者が彼女に酒をどんどん進めていたしな。仕方がないだろう」
お疲れさま、と労しげに龍を撫でつつ勇者は周りを見る。
「そう言えば彼はどこへ?」
「知らなぁい。換金に行くって言ったっきりいなくなっちゃったんだもん」
ヘロヘロになっている癖に缶を傾け、残っていたらしいアルコールを流し込む。郁の可愛らしい服装とその行動とではあまりにもチグハグすぎる。
すると、貴族の彼がもったいぶった口調でラムに話しかける。
「彼なら出かけたはずだ。ラムくん知ってるよね」
ニコニコしていた彼は途端に真剣な面持ちへ変わる。
その表情にギクリとしながらも、緊張感から“もう一人のラム”と会った後の谷の言葉をラムは思い起こす。
「……あぁ、続編か。じゃあ駅?」
ラムの一言で郁はピタリと動きを止める。喉を通らなかった液体が郁の頬をつたりボタボタと綺麗な円を描き汚いシミをつけた。
それにいち早く気付いたラムは怪訝そうにハンカチを取り出す。
「うわ、何やってんだよ」
「…ちょっと、それどういう事?」
郁の右腕が、体全体が、小刻みに震えだす。
「あたし、何一つとしてんな事聞いてないんですけど!」
郁は力任せに隣の席へ持っていた缶を叩きつける。握りしめていたためか平たく畳まれ、叩きつけられたことで完全に小さなアルミの塊となる。
「続編?はぁ?主人公誰よ。あたしはまだここにいるんですけど!ずーっと主役だったあたしが主人公じゃないって言うの!?聞いてないわよ!」
「わっ、ちょい、そんな暴れんなよ。そのうち呼ばれたりすんじゃねーの?」
「だったら委員会から通達くらい来るはずよ!畜生あんにゃろう、ラム着いてきて!」
「うぐっ」
首根っこを掴まれたラムは息ができず苦しがる。
「駅、駅行くよ!早く!」
「んあ!?」
驚きの声を上げるラムを酔っている彼女は軽々と持ち上げ、背負う。タンッと足音を響かせ、彼女は一度の跳躍でふわりと屋根へと着地する。
「捕まってんのよ!」
そう力強く言い、先程までのレースとどっこいどっこいの想像を絶するスピードで郁は駈け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます