第26話
めまぐるしく変わる景色は残像となりラムの横を通り過ぎて行く。
ラムが目を回し、具合が悪くなるより先に、郁は目的地のターミナルへと辿り着いていた。
「ほら、立って!歩いて!谷さん探すんだから!」
郁がぱっと手を離した事でラムはようやっと彼女の背中から解放され、地に足をつけることができた。
だが自分の足で立った瞬間にこれまでの酔いが回り、ラムは顔を青くした。
対する郁はと言えば酒で赤らめた顔のまま「問い詰めてやらなきゃ」と唇を尖ら、せターミナル内を歩く人間(以外の生き物もいるが)の顔をひとつひとつ確認してずんずん歩いて行く。
「いた!ちょっと谷さん!」
程なくして明るく輝いた、広く大きなターミナル内に郁の声がわんわんと忙しなく反響する。
ひとつしかないホームの脇にある待合室で谷が1人佇んでいるのを郁は目ざとく見つけ出したのだ。
「気付けっての!もうっ、谷さんってば!!」
「…げっ、郁!なんで来たんだ」
今度は怒りで顔を赤らめつつ、郁は怒り心頭でそう呼びかける。
驚き、どこか焦った声。谷は珍しく狼狽えていた。視線がちらちらとラムの背後に移るのは“誰か”がこのタイミングでここに戻る事を恐れているためだ。
「あたしを置いてくなんてひどい!ずるい~」
郁は谷の元へ駆け寄ると、しゃがみこんでわーわーと泣き出してしまった。
「おいラム、なんで会場で引き止めなかったんだ」
「いや、俺、何もできなくて…」
レース後以上に青い顔をさせ、今にも吐きそうなラムは口元に手を当てつつ、谷の質問にどうにか答えた。
谷は困った様子で髪を無造作に掻き乱し、うんざりした溜め息を吐き出す。
郁の横にやっと並んだラムはへたりこむ郁をどうにか立ち上がらせようと肩を揺すった。
「触るなアホすけ~!」
「とりあえず地面じゃなくて椅子に座りなって」
「うっさーい!」
随分とか弱い力でラムの胸のあたりをぽかぽか叩きだす。
ラムが首を傾げる中、その様子を見た谷はやっとか、と、どこかホッとしたような、先程までの焦った表情からガラッと変わった表情をさせていた。
「もーちょいで出発なんだ。…揃ったらな」
ラムに視線を移した谷は郁ではなく、ラムにだけ言い聞かせるようにしてそう言った。
それは恐らく彼の事だろうな、と口にはしないがラムの脳裏に過る。郁が諦めて去るかこのまますっかり酔い潰れる瞬間を見計らっての登場だろうと予想する。
不意に郁がうつらうつらと船を漕ぎ始めた。あれだけ走って跳んで動き回っておきながら、今になって酔いが回ったのか、かなり眠そうな様子だ。
ほとんど意識がないのを見やり、谷が苦笑いを浮かべつつ口を開いた。
「コイツはな、ある程度酔うと異常に元気になっちまうがそのピークが過ぎれば力尽きてスヤスヤ寝ちまうんだ」
おぶってやれ、と谷に言われ、ここへ来るときとは逆にラムが郁をおぶる。
郁の体温が厚い服越しでも伝わってくる。やけに熱い。
「まぁ、10分程度が良いとこだがな」
「短っ」
ラムの反射的なその反応に谷は「しゃあねぇ」と言って笑いながら言葉を続ける。
「吸血鬼の血がな、眠るのを邪魔しちまうんだ。コイツにとっちゃ酒は一種の睡眠薬みたいなもんさ」
郁のズレた帽子を直しつつ、優しげな手で頭を撫でる谷は複雑そうな表情をしてみせる。
「ただの人に戻れりゃ良いんだがな」
「それは行く行く治るだろうから心配は無用だよ、谷」
やはりと言うべきか、筋書き通りと言うべきか、ラムと谷とのふたりが話していたはずがその声は自然と入ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます