第27話
「久しぶり、と言うにはあまり間が開いていないかな。お疲れさまの方が適していそうだ」
軽い調子で頭のハットを少しばかり上げ、彼はラムに挨拶の仕草をする。
「結局いかさま屋と呼ばれる道を選んだのかな?」
「そーいやそうだな」
「いえ、それは違いますって!」
「まぁ君は君だからね、どっちに転んでも変わらないさ」
「…それ、本当ですよね?信じていいんですよね?」
確認のようにラムは何度も聞く。
彼は大変愉快そうに手にしていた杖をコツンと鳴らす。
「君が信じさえすればね」
そうしてふたりから離れ列車の入口の段差に足をかける。
「谷、一級品のワインを持ってきたから後ほど君のところへ行くよ。荷物を最後尾のところに置いてきてしまったんだ」
あのぎごちない笑顔よりずっと自然で柔らかな笑顔でこちらを“もう一人のラム”振り向く。そうしてまた、帽子に手を乗せる。
「さらばだ、諸君」
そう言って彼は列車の中へと消えた。
そのドラマのワンシーンのような場面を、谷は飽き飽きした目で眺めながら頭部の髪を無造作にかき乱す。
「血のワインじゃなきゃ良いけどな」
心底嫌そうな口調で谷はそう呟いた。溜息まで漏らしつつ足元に置いていた古めかしい革張りの鞄を手に取る。
荷物を持つ手を肩にかけ、谷はくるりと振り向いた。
「ここいらでお前さんとはお別れみてぇだな。街でまた会えると良いが」
自然と差し出された手に郁が落ちないよう注意を払いながらラムも手を出し、握手を交わす。
「また、会いましょう」
「達者でな。無理すんじゃねーぞ」
そいつの世話よろしく、と最後に付け足しラムの髪をくしゃくしゃと乱す。そうして谷も列車の中へと吸い込まれていった。
窓の少ないその列車を先から先まで眺めていると背中の郁がモゾモゾと身動きを取ったことにラムは気が付く。
「…ちょっと。これじゃパンツ見えちゃうじゃない」
「ご、ごめっ」
ラムは反射的にぱっと手を離してしまう。それでも郁は難なく着地した。そうして、ラムに「バーカ」と声をかける。
「中、履いてんだから見えるわけないでしょ」
そう毒づきながらスカートのシワを伸ばし手慣れた様子でよれたリボンをひとつずつ直している。
郁に「後ろのリボン大丈夫?」と聞かれ、ラムが背後に周り確認をしていると列車からプシューと気の抜けたような音が響く。発車準備が整ったようで前から順に扉が閉まっていく。
「あーあ、谷さんに物語が始まったらすぐにあたしが出るよう仕向けてもらおうと思ったのになぁ」
おそろしく傲慢なその意見をラムは聞こえていないフリをする。
ギシギシときしむ音を低く響かせ、列車はゆっくりと前に動き出す。ラムたちの前方にある窓が急に開け放たれ、完全に開いたと同時に谷がどうにか上半身を小さな窓から出して姿を見せた。
「んじゃな、おふたりさん」
「もー!谷さんの卑怯者!」
「へーへー。何とでも呼べや」
にしし、と銀歯を見せるあよ笑顔をこちらに向ける。手を振る谷はゆっくりと、しかし確実に遠のいて行く。郁は腕を組んだままその姿を見つめ、健気に追いかけようとはしない。
「さっさと貴族さんと勇者のとこに戻りましょ。突然出てったからきっと待ってるわよ」
列車はまだ駅から完全に出てもいないというのに無念そうに諦めたらしい郁は関係のない話題を溜め息のように吐き出している。
ね、と郁はラムの方を向くが、ラムは前を見据えたまま立ち尽くしていた。
ラムは思わず「あ、」と声が出てしまい咄嗟に手で口を覆う。ラムの視線の先は列車の最後尾。小さな窓に切り取られ、そこから見えたのは足を組んで優雅に手を振る“ラムさん”の姿だった。
「嘘、ラムさん!?」
ラムの視線を追った郁は驚いた様子で目を大きく見開く。
無意識に列車へ駆け寄ったが時すでに遅くスピードを上げて猛然と駅から出て行ってしまった。
「つづきにラムさん、出てるのね…」
浮いた線路を飛び出し、空を泳ぐ列車を目で追っていく。郁の瞳はきらきらと輝いていた。
「行くべき時を、あたし待つわ」
「…そうだね。それが良いよ」
「こうしちゃいられない!目一杯可愛くなって待ってなくちゃ!」
そう言って、郁は飛び跳ねてはしゃぎだす。
列車はトンネルのようにぽっかりと穴の開いたぶ厚い雲の中へと入り、その姿はもう見えなくなっていた。
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