第13話

 どうやらこのレースはドラゴン、龍、恐竜に乗って競うものらしい。

 手渡された表に並んだ写真にはどれもこれもとてつもなく大きな生き物たち。そしてその乗り手の人間が写真によっては米粒程に小さく写っていた。親切なのか何なのか、写真の横には乗り手の顔がよくわかる証明写真まで並んでいる。


 初心者のラムはこれまでの成績など知りもしない。

 この受付嬢に聞いてみるべきか、自分で選ぶか、どうしたものか…と頭を抱え悩んでいると「わたしからするとこのルチルという大変可愛らしい方がおすすめだよ」と横から指をさされる。

 示された写真を見ると少々天パ気味の髪を一つにまとめ、それを尻尾のように靡かせた華奢な女の子が乗っていた。

 こんな獰猛そうな龍に乗っていては開始早々振り落とされそうだとラムは不安を感じた。が、


「じゃあこの子で」


“悩むより行動派”のラムは迷う事もなく即座にその子を選択する。


「掛け金の最低金額はこちらです。上乗せしますか?」

「いや、それで大丈夫っす…」


 懐から賭金の最低額を取り出そうとしたところではたと気づく。自分はここで使える金を持っている。持っているというか、勝手に身につけさせられた訳だが。

 そうなると、この展開は自然な流れなのではないか?とラムには思えてきた。考え事をしながら支払いを済ませると、美人な受付嬢はラムの隣に釘付けになりながら券を無造作に押し付けた。


 券を受け取ったところで「よしっ」と意気込んだものの、ラムはそこでようやっと、違和感を覚える。

 受付嬢が見とれていた視線の先、ラムの隣を見ると爽やかな笑顔を貼り付けた見知らぬ青年が立っていた。


「なっ、あんた誰だよ!?」

「ん、わたしかい?貴族、かなぁ」


 ラムの驚いた声に一応曖昧に答えておきながら、答えた本人も首を傾げている。

 ミルクティーを頭から被ったような髪はゆるいウェーブでふんわりとしており、軍服に似た青が基調のそれは正しく貴族と自称されてもおかしくはない格好だ。

 それに加え“王子さま”と自己紹介されても納得できる顔まで付いている。


「お悩みのようだったから助言してあげようと思って」


 彼は髪の雰囲気に良く似たふんわりした人の良さそうな笑顔を浮かべてラムを見つめる。瞳は澄んだグリーンで縁に近付くほど色が淡くなっている。


「そうか、それはありが…って、違う!」


 それはそれは素敵な瞳に魅入られ、無意識に感謝しようとしたところでラムは我に返った。


「賭けに負けたらどうするんだよ!」

「あぁ、君は賭けのためにここへ?」

「それ以外の目的で来る奴いるのかよ…」

「大丈夫さ、負けてもこの子にお金が入る仕組みになっているのだから。あの子の初舞台、その勇姿を見れるだなんてとても楽しみだと思わないかい?」

「…は?」


 こいつ、人の話聞いてるのか?

 輝きを放った至極幸せそうな笑顔を浮かべる彼にラムはうんざりした顔を向けることしかできない。


「…って、おい、離せよ!」


 会話がどことなく咬み合わない自称貴族の彼は唐突にラムの手を取り、くるくると回り出した。

 ラムの驚きと少しばかりの怒りを含んだ声は届いていなそうだ。


 そうこうしていると、いつまでたっても戻って来ないラムを心配したらしい郁が「何モタモタしてるの?」と言って後ろからやって来た。

 幸か不幸か、その瞬間、感極まったらしい貴族の彼はラムに抱きいてきた。


 その場面に出くわした郁、そして抱きしめられたラムはパチリと視線を合わせる。


「あなた、そっちが趣味だったの…」

「ちょっと誤解!違うってば!」


 ラムは必死な形相で訴えるが、貴族の彼は軽快に笑ってばかり。「隠さなくても良いのよ。恥ずかしい事じゃないでしょう」と郁は急に優しげな口調と聖母のような表情になっているが、盛大な誤解である。

 こうして、ラムに対する郁の誤解が増えていった。


16.03.13

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