第38話


 郁が目を閉ざしてから、ほんの数秒後。


「ダメ、何か知らないけどカーテンが閉められてるみたい。いつもみたいに会議室が見えてこない」


 少しばかりイライラした様子で彼女はそう告げた。その言葉を聞いたルチルは落胆し、肩を落とす。

 その様子をただ見つめていたラムは、


「ちょ、待って!まだ俺も試してないし!待って!」


 と言って、ラムも郁に習って目を閉じた。


 そうしてラムの真っ暗であるはずの視界に広がったのは、どことなく見慣れてしまった会議室。

 会議室内に置かれた丸テーブル上にはあの腹の立つ太々しい態度のリスはいない。代わりに、というか、元からそこに置かれていたかもしれないが、あどけない笑顔をした少女の写真が入れられた写真立てが置かれている。それに加え、シルクハットが特徴的な進行役の男性も姿が見えない。


「…で、どうだ?何か見えているか?」


 待ちきれないのか、珍しくルチルからラムに対して声をかけてきた。ラムは視力測定でもするかのように右目だけ手のひらで隠し、左目を開けてラムの言葉を待つふたりに視線を向けた。


「見えてる。ちゃんと会議室に繋がってる」


 繋がってる、と言ってしまったがこちらから声を掛けてはいないので、本当の意味で繋がっているのかはまだ定かではない。


 何やら話し合っている様子の会議室にいるのは男女各二名ずつ。

 ひとりは落ち着きがなく、何度も眼鏡をかけ直す仕草をするスーツ姿の男性。その真正面の位置には所狭しと本を積み重ねた山をバリゲードの様に置いて埋もれる少年。その隣ではふたりのやり取りを見つめる女性に、興味なさげにひとりあやとりをする着物姿の少女がいる。


「……ではなく、『見習い勇者・ルチルの物語』の方、です」


 不意に聞きなれた名の入った物語が議題に出され、ラムは思わず「『見習い勇者・ルチルの物語』…?」とスーツの男が発した言葉のオウム返しをしてしまう。


「えっ、それはわたしの物語の題名だ…!」

「ちょっと、どうしてあんたのトコの委員たちがルチルの物語を議題に挙げる必要があるのよ!」

「わーっ、ゆーらーすーなーよー」


 前後に激しく揺られ(主に郁)、ラムは「やーめーろー」と言葉を続けた。


「…ん?こっちの声は会議室に聞こえないのか?」


 ラムがこれだけ(主に郁に対する)拒否の声をあげるも、議会室にいる誰一人としてラムの方を見もしないし声に気付きもしない。


「まさかこっちと繋がってないのか…!?」

「そ、そんな…」


 ラムの結論にルチルはワナワナと目を見開くが、郁は呆れた溜め息をひとつ吐き出した。


「基本的に両目瞑らないとあっちとはやり取りできないのよ。確認の意味で話しかければ、片目を閉ざした状態でも問題ないけどね」


 「そんなことも知らなかったの?」と郁は言う。

 無論、ラムは知らなかった。今回の場合、ラムの他にルチルも含まれることになるが。

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