第8話
商店街の大通り、郁曰くこの通りを一番街と呼ぶらしい。人通りが多いにも関わらず、郁はすいすいと人混みをかき分け歩いて行く。そうして目的地であるらしい木造建てのラーメン店へと辿り着いた。
「ちょっと、うぐっ…」
郁の横を通り過ぎた人に押され、人の波に流されそうになってしまう。そんなラムを犬のリードのように繋いだ手で自分の方へと引き寄せるのは郁だ。
「ラーメンラーメンっ。楽しみ~」
大変愉快そうに郁は鼻歌まじりに笑っている。
ここに来るまでにラムは何度か人違いではないか、と言う趣旨を伝えようとしが人混みで話が通じなかったり聞き取れなかったりで一向に言える気配がない。
「こっちに帰ってきたらにんにく増々のラーメンって決めてるの。物語の中では吸血鬼だから、そんなの設定にそぐわない!って言われちゃうでしょ?」
このように郁は言葉をまくしたてて会話を繋げる。「そうかもしれないね。だけど僕、」とまでラムは言うのだが、
「食べるなって言われると食べたくなっちゃうのよね、待ち遠しかったの!ラムさんは何ラーメンが好き?」
と、いう具合に話の主導権は郁が握っている状態である。
辿り着いたラーメン店の入り口である引き戸の横には発券機があり、郁は瞳を輝かせすぐに食べるラーメンを決めてしまう。
それに対してラムは発券機の前に立ち、どれにしようか、いやその前に話すべきか、と狼狽えていた。
「そう言えば、ラムさんっていつもラムのお酒飲んでたからあたしが勝手にニックネームでラムさんって呼ぶようになってしまったけど、本名は何さんなの?」
と、ようやくラムに会話の主導権が移りそうな質問がやって来た。チャンスだ、と目を光らせラムはすかさず郁に誤解を解こうと口を開く。
「その…違うんだ、僕は君の物語には出てないんだよ」
ようやっとラムは言いたかった事を最後まで告げる。「きっと人違いなんだよ」とまで言うが郁は首を振り、頑なに認めようとはしない。
「いろいろと忘れてるだけよ。そのうちにあたしと会ってた事も思い出すはずだから」
「いや、そうじゃない。元から君と僕は無関係なんだよ、たぶん」
「お腹減って頭おかしくなっちゃった?早く食事にしようよ」
だから、とラムが言葉を続けようとしたところで郁の肩が小刻みに震えていることに気付く。下を向いた彼女の顔をラムが覗き見ると、驚くことに郁は泣いていたのだ。
ラムがぎょっとして後退りをすると、郁は途切れ途切れに言葉を発する。
「嫌よ、折角会えたのに…物語の中ではもう会いないの、あたしには、もうここでしかチャンスはないのに…」
「ちょっ、待って!泣かないで!ごめんったら」
おろおろと不慣れな手つきで懐に入っていたらしいハンカチーフを郁へ差し出す。が、その途端に郁は笑顔になって顔を上げる。
「じゃ、ご飯食べましょ!」
結局、郁の意のままにラムはラーメン店に入ることとなった。
16.03.08
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