第7話
郁に押され、力なく倒れ込んだラムの様子を痛々しそうな目で見つめる谷。ラムと視線を合わせようと谷はすぐ側でしゃがみこんで口を開いた。
「怪我して出番終わったってぇとこか?お疲れさんなこったなぁ」
「ち、ちが、」
「そう、血が出てるみたいなの。もう吸血鬼じゃないってのにあたしったら、この匂いに敏感になっちゃてて。やんなる~」
「列車に、あのっ」
「そりゃしゃーねぇさ。長いこと演じてそれが板についてきたって訳なんだからなぁ。俺もお前さんとほぼ同じ回数列車に乗り降りしたが、板についたおかげでこっちでも医者になっちまったぞ」
くくっと谷は笑い、郁も楽しげにふふふっと笑い出す。目の前のふたりはどちらにしてもラムが言おうとしていることを最後まで聞こうとはしない様子だ。
「ほれ、これ飲んどけ。一発で治る」
「ぅぐ…っ」
無造作にラムの口元へ小瓶が押し込まれ、中にある謎の液体の薬がするりと喉を通る。
舌で薬の苦味を感じる間もなくそれはラムの胃までストンと落ちていった。
「あれ…痛くない」
ほどなくして体のあちこちから存在を主張していた鈍い痛みが途端に消え失せる。
驚いたラムが服のあちこちを捲るも、その肌にはあざも擦り傷も何一つ残っていない。
「な、なんで…」
驚愕した声を上げると郁は自慢気に仁王立ちをして声を大に自慢する。
「そりゃ谷さんだもの!あたしの物語では残念な事にやぶ医者扱いされてたけど、それは人間に対してであってバケモノ達にとっては唯一の医者だったんだから」
えっへん、と腰に手を当て郁はふんぞり返っている。その様子を一応笑いながらも谷は苦々しげに口を開く。
「バケモノなんて呼び方、自分で自分に言うもんじゃねぇぞ。お前さんらは好きでそう生まれてきた訳じゃねぇだろ」
ラムの回復を確認し終えた谷は立ち上がり、小瓶に蓋をして白衣のポケットに滑りこませる。ポケットの中で落下してきた小瓶が何か金属に当たるチャリチャリとした軽い音がした。
「郁、お前さんこれから飯か?完結祝いに奢ってやっから好きなの食ってこい」
腰を叩きつつもメガネをまた眉上に戻した彼はおもむろにポケットから小銭を取り出す。先程の音の原因はこれだ。
「やったぁ!ありがとっ」
「ついでにこの気の毒な奴にも飯奢ってやれや」
「谷さん太っ腹!ラムさん、行こっ」
「…は?ラム?」
ラムを引きずって立たせる郁の言葉を谷は眉をひそめて繰り返す。その変化に気付きもせず、郁は笑顔で言葉を続ける。
「一番街のいつものラーメン屋!合流OKだから仕事のきりが良い時に顔出してね」
「ぅわっ!」
勢い良く走りだした郁に連れられるまま、ラムは戸惑う谷を残し医薬屋を後にした。
16.03.07
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