第6話

 だが、その痛みがラムの記憶を鮮明に呼び覚ます引き金となった。

 ラムの脳裏に蘇る記憶には殺意が色濃く宿るあの赤黒い目。闇が住み着く深い森。それに囲まれた城。

 そして、何もできない自分自身。

 ラムは反射的に「違う!」と強く否定し、郁の手を乱暴気味に振りほどいた。


「俺…いや、僕自身の物語はまだ終わっていない…はず」


 少々自信なさ気に、自分自身に語りかけるようにラムは小さく呟いた。

 その様子を不思議そうに見つめていた郁がすぐさま口を開く。


「それって、ラムさんが主人公になる続編が見込まれてるってこと?」

「違う、そう言う事じゃなくて」


 振りほどいた手を自分の頭に置き、ラム自身の設定を思い出す。


「僕は親無しで貧相。そして…性格は迷うより行動派で、町の貼り紙通りに龍の討伐へ行って…そして、その、えっと…あれ?」


 折角思い出したはずの記憶はどんどん朧気になり、薄らいでいく。自分の脳内で変化していく記憶に戸惑っていると彼女はまた可笑しそうにクスクスと笑っている。


「ラムさんは重要人物だったし、あんまり思い出せないでしょう?」


 ラムの反応が至極当然であるように郁は頷いた。そして得意げに説明し始める。


「ここではネタバレ厳禁だから、結末に関わる事は詳細に思い出せないようになってるみたいなの。まぁ、確かにその方が憩いの街で敵に会ったとしても気楽に過ごしていけるわよね?」

「そんな、まさか…僕はまだ結末に辿り着いてないんだ。これは真実だ、信じておくれよ」


 懇願するラムの背中には変な冷や汗が伝う。

 ラムの反応を可笑しく笑い飛ばしていた郁であったが、服装は完璧であるのに乱雑な髪型や体から薫る血の匂いに気付き、鼻にシワを寄せる。


「やだラムさん。列車で怪我でもした?」

「そ、そうだ!僕は列車に乗ってない、森から出たらこの街についたんだ」

「寝ぼけて頭打った?大丈夫、病院あるから」


 信じてよ!としきりにラムは訴えるが、郁はその発言は耳を貸そうとはしない。

 振り解かれた手を再び握り直した郁は慣れた足取りでずんずんと商店街を進んでゆく。

 暫くして彼女が立ち止まったのは古い佇まいの屋敷の真ん前。暖簾の隙間からは白衣を羽織った男性が忙しそうに動き回っているのが垣間見える。


「谷さん、お久しぶり!」


 “薬”と“医”の字が左右に書かれた暖簾をくぐり、郁は早々に大声で呼び止める。

 谷さんと呼ばれた人物はピタッと動きを止め眉の上にかけていた眼鏡をあるべき場所に戻し目を凝らす。自分を呼びかけたのが郁だと気付くと、途端に顔をくしゃっとさせた笑顔に変わった。


「おぉ郁か、新作ちゃーんと終わったんか?」

「無事に終わったからここにいるんじゃない!で、早速で申し訳ないんだけどこの人の怪我、見てもらって良いかな?」


 どうやらこの二人は顔馴染みらしく、楽しげに会話を繰り広げている。

 すると、不意にラムはとん、と軽い力で背中から押される。咄嗟に腕をばたつかせ、バランスを取ろうとするも怪我のせいか上手く足に力が入らず、ラムは無惨な姿で床に突っ伏してしまう。


「怪我してるみたいなの。見てくれない?」


 郁は谷にラムを診るよう頼み込んだ。


16.03.06

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