第9話
「あっつ~い!けど美味しいっ」
ずぞぞっと勢い良く郁はラーメンを啜っていく。その食いっぷりはとても豪快で、誰が見てもそのラーメンが心底うまそうに見える。
「ほら。ラムさんも食べちゃいなよ、伸びるよ?」
結局、ラムは郁に連れられるがままラーメン店へと足を踏み入れていた。
お互いに注文した品が目の前に運ばれ、食欲をそそる湯気が顔のあたりを漂っている。
「…あぁ、そうだね」
どこか諦めた様子でラムは郁に言われるがままラーメンを口にする。口にしたラーメンは見た通りとても美味かった、が、今はそうしている場面ではない事も明確であった。
とりあえずは二人揃ってラーメンを啜りつつ、ラムは脳内でこれからの会話を組み立てていく。
まず、人違いであることを説明しよう。
しかしこれまでの傾向を考えるとこれを真っ先に言うのは微妙なところだ。彼女の探す人物と自分とがどれだけ違うか説明するしかない。
名前さえ同じじゃなければ…と、今にも溜め息が出そうになったがどうにか堪えた。
「どうしてそんなに僕と話したかったんだい?」
その途中、熱いスープをれんげに掬い上げ息を吹きかけ冷ましながら、ラムは何気なく郁にそう問いかける。一応、自分が彼女が探す人物である、と仮定して。
ラムの脳内ではどのように自分が探していた人物との人違いであるかを証明しようか、と考えていたところだったが、ふと疑問に思ったことが口に出たのだ。
郁の答えを待つうちに掬ったスープを口に流し込む。にんにくが良く効いている。旨い。
隣に座る郁は煮卵を食べようとしていたらしいがラムの問によってぴたりと動きを止め、ラーメンによる熱さ以外の問題で頬をカッと赤くさせていた。
「それは…えっとねぇ…」
「…あっつ!」
文脈とは決別した悲鳴に近い声をラムは思わず発っしてしまう。
原因はラムの問いかけで動きを鈍らせた郁。郁が握る箸から零れ落ちた煮卵が盛大にスープを撒き散らし、お椀へダイブ。そのスープがラムの顔に当たってしまったのだ。
そして、その時。反射的に瞑ったラムの瞼の裏側に、コの字型をした例のテーブルの置かれた議会室が見えた。
テーブルに座る皆が皆、これからの展開を楽しそうに眺めている。口を出そうともしないし、口が開いてもラムまで声は届かない。
「っあーーーーーー!!」
「ごめんなさい。そんなに熱かった?」
大声を上げて立ち上がったラムへ郁は素直に謝罪を述べる。だが、ラムはそれどころではなかった。
「思い出した!」
「本当!?良かったぁ、これで…」
そこで郁は不意に言葉を切る。
不思議そうにラムの顔をまじまじと見つめ、小さな声で「おかしいなぁ」と呟く。
「あれ…顔、ちょっと、違う…?」
「ほら!人違いだったんだって!」
先程までと打って変わり、ラムの方が嬉々とした態度で郁を見やれば、当の本人は瞳から大粒の涙を溢し泣いていた。
「どこ行っちゃったの本物のラムさんは~!!」
そう叫んで、郁は机に突っ伏した。
16.03.09
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