これが僕らのエンドロール

いわくらなつき

プロローグ

【見習い勇者・ルチルの物語】



 むかしむかしのそのむかし、花と笑顔が咲き誇るステキな町がありました。

 その街の外れにはひとりの勇者が住んでおりました。

 勇者はほんのすこし前までこのステキな町を困らせていた魔王を倒した、それはそれは勇敢な勇者でした。町の人々にとって勇者は輝かしい太陽のような存在でした。


 そんな勇者に憧れ、弟子入りを果たした子供がいました。


 子供の名はルチル。

 ルチルは見習い勇者として毎日毎日稽古に励みました。

 剣術、武術、あらゆる技を勇者から鍛え上げられ、華奢な体には似つかない力をどんどん身に着けていったそうな。



 今よりもうすこしだけ幼い頃のルチルに、勇者は語り掛けました。


「勇者はどんな人にも笑顔を咲かせる存在だ。それを忘れてはいけないよ」


 勇者からの言葉に、夢と希望にあふれた瞳をさらに輝かせ、ルチルは何度も頷きました。



 努力家で純粋な見習い勇者のルチル。

 そんなルチルがついに、真の勇者として認められるべく、戦うときがきたのです。


 森の奥にある邪悪な城、ルチルの師匠である勇者が倒した魔王がむかし住んでいた城に、新たな魔王が住みついたようなのです。

 その魔王はルチルの住む近くの町ではなく、この町から見て城を挟んだ反対側にある村を襲っていました。


 魔王が召喚したという龍が暴れており、畑を根こそぎ荒らしてはせっかく実った野菜や果物を壊してまわっているらしい、と風の噂で勇者とルチルは耳にします。

 龍が暴れまわったことでその村ではおとなもこどもも食べものに困りはて、荒んだ生活を営んでいるというではありませんか。


「その笑顔の枯れた村に花を咲かせようではないか」


 ルチルは町の人々の前で声を高らかに宣言をします。


「今日、我こそが新たな勇者であると証明してみせよう!皆に笑顔の花を、この手で咲かせてみせる!」


 町に、そしてまだ目にせぬ村に向けて、ルチルは宣言をし、魔王の住む城を目指して暗く深い森へと足を踏み入れました。




『城を囲む森には魔王が召喚したと言われる魔物たちが多く住み着いている』


 師匠である勇者から、ルチルはそう聞いておりました。


「いつ、いかなる時にわたしの前を阻もうとも、わたしがこの剣で全て倒してみせよう」


 師匠である勇者から譲り受けた剣をかかげ、しんちょうに、けれど自信をもって歩きつづけます。


 しかし、いざ森で魔物に出会ってみると、その魔物たちにもどうやら心があるのだとルチルは気付くのです。

 姿かたちはそれぞれ異なる魔物たち。嘘か真か、ルチルと出会った魔物たちは口々にこう言うのです。


「魔王を王子に戻してあげてください」


 ルチルの師匠である勇者が倒した魔王にはこどもがひとりいたそうです。

 宝石の名を持つ心穏やかな、人形のように愛らしい、そんなひとり息子であったそうな。


 そのこどもは両親の死後、突然、純真無垢なこころを手放したかのように、真の魔王となるべく手当り次第に魔術を使い出しては成功させたそうです。

 それはもう、狂ったように。

 しかし、日が立つにつれ、強大になっていく己の力を恐れたのか、王子は記憶を捨てて城を飛び出していったと言います。


「勇者はみなを笑顔にする存在。わたしがその王子にも笑顔の花を咲かせようではないか」


 ルチルの言葉に喜んだ魔物たちは城への近道を教え、ルチルは意気込んで城への歩みを進めます。

 そうして、ついに、ルチルは探し求めた城へと足を踏み入れました。ですが、誰一人としてそこにはいません。城はもぬけの殻でした。


 城の中を探し歩くうちに、大きな部屋に置かれた大きなテーブルの上に、革袋と書き置きを見つけました。



“悪いとは思っています。ですが、わたしには、これしか方法がなかった”



 震えた筆跡でそう書かれておりました。隣に置かれた革袋を慎重に開けてみると、中にはきらきらと輝く黄金色のパウダーが入っていました。

 革袋を片手に、丹念に城内を探さねば、とルチルは歩きまわります。


 不意に、ルチルの視界に美しい中庭が映ります。

 惹きつけられたルチルは部屋を抜け、城の中庭へと足を踏み入れました。中庭の一角には薔薇園があり、その中心にうわさの龍がおとなしく目を閉ざし、眠っていました。


「龍よ、君の主人はどこへいってしまったんだ。村の者たちに笑顔の花を咲かせたいのだが、まずは主人と話さなければならないと、わたしは考えている」


 ルチルは龍に問いかけ、語り掛けます。

 龍はルチルの言葉が分かるのか、真っ赤にきらめく瞳を開け、ゆっくりと背中の方に頭をもたげます。龍の瞳はじっとルチルを見ています。


「そこに乗れと、そう言っているのか?」


 ルチルの言葉に、龍は素直にうなずきます。

 そうして、ルチルを乗せた龍は空の旅へと出ました。


 わたあめのように白くふわふわした雲の間を泳ぎ、城を離れて程なくした頃、問題の村の上空へやってきます。恐る恐るルチルが龍から身を乗り出して下を見ると、村に生きる人々に笑顔はありません。本当にその日その日を精一杯に生きていました。


「これはいけない。はやく何とかしなくては」


 その時です。ルチルの言葉に反応したのか手にしていた革袋から光が溢れ出しました。

 黄金に輝くそのパウダーは、みなの生きる力を与える魔法の粉だったのです。


 ルチルが龍に促されるまま、粉を一振りさせると、干乾びた川が潤います。また一振りさせると、畑に作物が実りました。


「これでみなに笑顔が咲くことだろう!」


 ルチルは目的の一つを遂げ、嬉々とした様子で来た方面へ戻るよう龍に言います。

 龍はゆったりとうなずき、ルチルの言葉に従い帰路につきました。


 勇者は人々に笑顔の花を咲かせる存在。

 それを達成出来つつあることにルチルは満足していました。

 ルチルを乗せた親切な龍はルチルが住む場所に近いあの町までわざわざ飛んでくれました。

 ひらりとマントをはためかせ、ルチルは龍の背から飛び降ります。


「ありがとう。しかし、龍よ、君の主人はどこにいるんだ?」


 龍は瞳に涙を浮かべます。

 龍は何かを訴えている。ルチルにそう感じさせる瞳でした。


「出たな、魔王め!」


 不意に、ルチル耳に届いたその声。目を見開いて驚き、ルチルは振り向きました。

 振り向いた先には馴染みの町に住む住人たち。その筆頭には師匠である勇者が剣を構えてこちらに敵意を向けているではありませんか。

 ルチルは人々から向けられる敵意ある目に驚いて尻餅をついてしまいます。


「この勇者が貴様を再び成敗しくれる!」

「な、何を言っておられるのですか?わたしは魔王ではございません」

「龍を操る者が何を言う。幼いそなたを育てはしたが、まさか魔王の子だったとは」

「そんな、まさか!」


 悲痛の叫びは届きません。

 龍を乗りこなすルチルを見た町の者たちは、ルチルが噂の新たな魔王だったのではないかと騒ぎだしていたのです。


「のこのこと帰ってくるなど、馬鹿な奴め」


 憎たらしげにそう言う師匠の勇者に、ルチルは驚きと悲しみを隠しきれません。

 龍と同じように涙を浮かべ、立ち上がろうとしていたルチルはがっくりと地面に手をつき、俯いてしまいます。

 次第に乾いた地面にはたはたと水玉模様が描かれていきます。


 動こうとしないルチルへ近付いた師匠である勇者の片手には、新たな勇者の剣。

 わなわなと震わせた口元を開き、言葉を吐き出します。


「魔王よ、その首を差し出せ!」


 そうして、振り下ろされる刃。

 師匠にすら信じてもらえなかったルチルはもう立ち上がる気力もありません。

 諦めたルチルは痛みを待ち構えていましたが、予想していた鋭い痛みは一向に訪れません。かわりに、ルチルが上げるはずだった叫び声が響きます。

 ルチルの声ではなく勇者の低い叫び声が。


「そんな…龍よ、どうして……」


 顔を上げたルチルの目に広がる光景に、ルチルは目の光を失い、譫言のように呟きました。


 龍が鋭い牙で勇者を噛み殺していました。


 ルチルを泣かせる者、傷つける者は何人たりとも許さない。そんなふつふつと湧き出た怒りが燃える真紅の瞳に宿っていました。


「お願い、やめて…」


 止めどなくルチルの瞳からは涙が零れ落ちます。

 引き裂かれる花たち。あれだけたくさん咲き誇っていたと言うのに、一つ残らず根こそぎ奪われていきました。

 残されたのは、孤独なルチルだけ。

 ルチルの顔に花は咲きません。もう、咲くことはないかもしれません。


「新たな魔王さまのお戻りだ」

「今晩は宴だ」


 背後からその様子を見ていたらしい魔物たちがしきりにそう言い合います。

 独りぼっちになり、枯れ果てたルチル。ルチルは永遠に城で一人、過ごし続けました。



16.02.29

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