第一章 結末はどこまでも昇華する
第1話
「さて。話を進めましょう」
シルクハットを被った、そこそこの正装をした進行役。やけにもったいぶった口ぶりで彼はリモコンを片手に場を共にする者たちへと目を配る。
コの字型のテーブルには6つの席があり、ひとつだけが空席である。テーブルを囲む面々は一時停止されたモニターの画面を見つめていた。皆が皆、何かしら考えこむ仕草を見せている。
「この強敵相手に結末はどうします?」
進行役の問いかけに真っ先に反応したのは豪華絢爛な着物を纏った少女であった。
小さな背中の中ほどまで伸ばした髪を揺らし「はーい!」と元気に手を上げている。少女が動く度に、愛らしさを感じさせる桃色の髪に散りばめられた、無数の星たちが煌めいた。
「たおしてゆうしゃにする!」
「エクセレント!それは素晴らしい考えですね!」
少女の発言に間髪を入れず、賛同の意を込めた拍手をしながら進行役は意気揚々とそう言いのけた。
しかし、それとは対照的な態度で少女の隣に腰掛けた男が溜息混じりに口を開いた。
「現在進行中である別件の企画で似たような案が出ましたが、却下されたはずです。それ故、今回の件でもその案は最適ではないと考えます」
灰色のスーツをきっちりと着こなした男は鼻先の眼鏡をわざとらしくクイッと上げ、至極つまらなそうに己の意見を述べた。
少女は「おうどうってやつだよぅ!」とすぐさま反論するが「確かにね」とテーブルの向かい側に座る女性が男の意見に賛同する。
「そういったものは市場に出揃いすぎた。そろそろ違う方面での終わらせ方を用意する頃合いなのかもしれないね」
そう述べた女性とスーツの男はお互いに頷き合い、流されやすい進行役も何となくそちらの意見に傾く素振りを見せる。
だが、その意見や態度から少女は大変不満そうに頬を膨らませる。
「じゃあどんなおわりにするの?まけ?逃げ?仲間?そうなってしまうと物語を一から遡らねばならぬではないか。妾はそんな面倒事嫌じゃ!嫌いじゃ!」
発した言葉と共に少女はみるみる姿を変えていく。肌は枯れ、髪は色を失い、声も嗄れ声となる。
あの可愛らしい風貌をした少女はあっという間に怒り狂った老婆に変貌してしまった。
「大体、序盤からこの物語は退屈であった。さっさと次、つぎのおとぎ話がみたぁい!」
テーブルをしきりに叩きながら駄々をこねる変幻自在の女に、進行役はおろおろと狼狽えてみせる。
そうした中、大量の本を積み上げた山の中で眠かけていた細身の少年が溜め息とも欠伸とも取れる息を吐き、眉間にしわを寄せながら注意喚起をした。
「うるさいなぁ。この議会が終わらなければこのストーリーは終わらない、つまり次が始まらないんだからしょうがないデショ」
少年は尚も眠そう目を擦る。それでも議会に参加する姿勢を見せようとはしているのか、本の山から参考になりそうな本を手当り次第に探し始めた。
冷静で冷淡な少年の言葉に、明らかな嘘泣きをしていた変幻自在の女は涙を拭う仕草を見せ大人しくなる。その様子にひどくホッとした表情を見せる進行役はクルリと向きを変え「委員長、」と声をかけた。
「どういたしますか?」
そう問いかけられた相手は「ウ~ン」と心の底から悩んでいるような声を出しておきながら、テーブルの上では呑気に寝転んでいる。
「んじゃ~この主人公に委ねよっかなあ」
ひょうきんな声で、だらりと気の抜けた姿で、進行役に問われた相手でもある委員長のシマリスはそう言い渡した。
その発言に皆が皆、眉なり口の端なり頬なりをピクリと動かし「ウソだろ」と言いたげな反応を示すものの、誰かが反論する前に議長のシマリスが主人公への完全放棄を決め込んでしまった。
「ってことで頼んだよお。こっちで見てっから~」
背後から小奇麗な、刺繍入りのハンカチを持ちだし、最後の別れとでも言うようにハタハタと振り回す。
リスの態度を“目を閉ざして”見つめていた彼は、唐突に突き付けられた物語の1ページ……彼の現実へと、目を向けた。
「そう言われたって、こっからどうすりゃいいの…」
おどろおどろしい雄叫びをあげる龍。
勇者の剣も魔法の杖も持たぬ物語の主人公である青年・ラム。
放り投げられてしまった、と思っていた匙は残念な事に元から存在していなかったらしい。完全に放棄された物語の舵取りが何の力も持たぬ青年に譲渡された。
16.03.01
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