第2話
龍のゴツゴツした顔に付いている赤黒いふたつの瞳からは殺意しか感じ取れない。おどろおどろしい声を上げて威嚇をする龍を前に、主人公であるラムは身動きが取れないでいた。
典型的な物語の主人公……それこそこのようなおぞましい龍が登場するファンタジー物であれば尚更、主人公と呼ばれる存在であるならば宿敵なり魔王なり魔物なりを倒せる装備や力、スキルが身についているのがセオリーだろう。
残念ながら、ラムにはそういったモノはひとつも持ち合わせていない。完全な丸腰だ。
「あー…本当にどーしよ」
逃げようか、とも思うが戻り道が丁度龍の身体で塞がれている。
この先に進んでも助かるとは思えない。魔王の城、と呼ばれるものがあると地図に示してある。
噂によると、この龍の生みの親らしい。おそらく魔法使いだろう。ただの人間であるラムでは相手にもなれない。無謀である。
「いやはや、困った…」
諦めからか、ラムの顔には何故だか笑みが浮かぶ。
より掛かっていた背後の木に体を押し付け、腰を抜かしてへたり込んでしまった。
そうして、ラムは走馬灯のように自分自身の物語を遡らせる。
物語始まりである1ページ目は設定通り、身寄りの無い貧相な格好で街へ出ては仕事をせっせとこなす日々をラムは過ごしていた。
しばらくすると、街中に怪物の討伐を謳った貼り紙が貼りだされた。
物語が始まる前に目にしたシナリオにはこんな討伐云々は書かれていなかったような、と訝しげに思い、ラムは貼り紙に目を向けた。
すると「面白そうだ」と、筋書きにはないはずのそれに興味を抱いた者がいた。所謂物語の結末や筋書きを決める選考委員の上層部である。結果として、ラムは城へ行くよう告げられ、冒険も仲間探しもしないままに龍がいると噂される森へと向かったものの、この有り様である。
ラムひとりでは何もできない。
物語の主人公であっても、努力も準備もなしには有りもしない力を発揮できないのだと、“物語・結末選考委員会”の面々はラムがここまで来てようやっと気付いたのだ。
「俺、ここで死ぬのか」
それが俺の、俺なりのエンドロール、なのか?
始まりから結末まで何てつまらない物語であったことだろう。
力無くへたり込み、抵抗することも無さそうなラム目掛け、龍は長く鋭い爪がギラつく手を高々と振り上げた。
ラムが身をずたずたに引き裂かれる事でこの物語は終わりを迎えるようだ。バッドエンドにしても、こんな面白みの欠片もない物語を読むのだろうか。もっとまともな、せめて感情移入して何だがホロリ、くらいできる結末にしてほしいものだ。どうにかしろ。
ラムが委員会上層部に向けた、届きもしない愚痴を思い浮かべていると、背後から木々を揺らす音がした。
「ようやっと見つけた!成敗してくれる!」
森に響き渡るその声に龍もラムも動きを止めた。
振り向くと大木の枝に華奢そうな女の子がひとりで立っている。その背中には似つかわしくない大剣に、頭には冠。
勇者だと彼女が名乗るのであれば、疑いようのない“勇者”らしい姿。
“それ”を見た瞬間、ラムは安堵した。
勇者が助けに来てくれた。いや、目的は貼り紙にあったようにこの龍の討伐なのだろうが、これでひとまず助かった。
だがラムの希望も勇者の一声であっさりと打ち消されこととなる。
「覚悟しろ、魔王!」
「…魔王?」
はて、とラムは首をひねる。
“魔王”と位置付けられ、そう呼ばれる者とは通常凶悪そうな魔法を使う者を指すように感じる。この場所には龍に襲われただけの“ただの村人”であるラムと、問題の獰猛そうな龍がいるだけだ。
もしや、この龍は魔王として有名だったのだろうか、とラムが考えていると、少女は華麗に枝から飛び降りた。
空中で流れるように背負っている大剣の柄を握り、引き抜く。
そこで抜刀をするか、とラムは感心して眺めていた。勇者はラムがへたり込む地点に近い位置へ着地するつもりのようで、ラム目掛けて飛び降りてきているようにも感じさせる。
「その首を差し出せ!」
「…って、ぎゃー!!」
大剣を抜いた少女は迷いなくラムに鋭利な刃物を振りかざしてきた。
間一髪のところでラムは転げまわるようにして避けたのだが右側の髪が不揃いに切り払われた。
「ちっ、逃げ足の早い…」
「ちょっと待て、相手間違ってるよ勇者さん!」
そう声を荒らげ、ラムは龍を指差す。
すると、何故だか勇者の格好をした少女はポッと頬を赤らめる。
「勇者…わたしが、勇者…」
少女は呼び名を噛みしめるように繰り返しどこか浮足立っている様子である。が、今は悠長にそんなことをしている場面ではない。
耐えかねたように再び雄叫びを上げた龍はついにその腕を振り下ろす。
勇者はマントをはためかせ身を翻したが、ラムと少女の間に振り下ろされた事で発生した風によってラムは木々の生い茂る森の中へと吹き飛ばされてしまう。
「いってぇ…」
バキバキと派手な音をたてながら枝を折り、ラムは地面に打ち付けてしまい体の節々が悲鳴を上げた。それでも持ち前の気力でどうにか体を起き上がらせる。
生い茂った木でラムの場所からは様子が伺えないが、あの龍は狙う相手を少女に変えたらしくラムを追っては来ない。こちらには見向きもしていないらしい。
逃げるなら、今しかない。ラムはそう確信した。
あれだけの痛みを負っておきながら案外はやく走り出せるものでラムは来た道とは反対、少女が現れた方角に、奥へ奥へと駆けてゆく。
その場の痛みと生命の危機であれば体も動いてくれるのだな、と脳天気に考えているとこれまで見たことのない世界がラムの視界に飛び込んできた。
「…ここ、どこだ?」
空に向かって緩やかなカーブを描く路線が2本伸びるその根元には色鮮やかな建物たちが広がる、見たことのない街がそこにはあった。
16.03.02
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