第3話


 ぽかん、とラムは口を開け、目まで見開かせる。

 先ほどまで、それこそ龍に逢いに行くまでラムが過ごしてきた村は土塊で出来たレンガの軒並みが並ぶような、見るからに酷く廃れた町であった。いつしか川も枯れ、畑も荒れ果て、人々はその日の暮らしで精一杯。

 そんな村でラムはどうにかこれまで生き延びてきたのだ。


 この、これまで生きてきた中で目にしたことのない光景を前に、ラムがただただ呆然として突っ立っていると、


「やっだあ。汚いカッコー」


どこからともなく小さな妖精がラムの前に現れた。


「えっ!?」


 開口一番に非難されてしまった。しかも、妖精はゴミでも見るような目つきでラムを見ている。

 目の前に妖精が突然現れたことに驚きもしたが、龍と同じように初めて見る魔法生物の部類が喋る言葉が理解できていることにも驚いてしまう。

 妖精はキラキラと輝く4枚の羽を器用に動かし、ラムの周りを舐め回すように見て回る。


「服の布も元からこ汚いし、靴なんて素足に草履じゃない!せめて足袋ぐらい履きなさいよね、まったくもーっ」


 妖精は呆れた口調で腕を組み、頬を膨らませる。

 ラムの格好としては何から何まで物語の設定通りの風貌である。それを批判されてもラム自身は変更のしようがないので、どうしようもない。


「仕方がないだろ、これが決まりだったんだから」


 咄嗟に反論をしてみるが、妖精は気にも止めない様子でぶつぶつと独り言ちている。


「今までの傾向と世界観が異なるのよ。入る分には構わないけど、そのまんまで入るのは勘弁して。折角、全体的に世界観を整え終えたって言うのに。こっちが困っちゃうわ」


 妖精はラムが聞きとれないほど小さく早口な口調でぶつくさと呟き、どこからともなく光る爪楊枝…ではなく、杖を持ち出した。

 と、思えば、妖精はブンッと勢い良く一振りさせる。妖精が飛び回った跡をなぞるように光りがラムの周りを滑り、ぱっと一瞬にして服装を変えてしまう。


 ラムが瞬きをする間もなく、ボロ布の格好が高級感のある黒地に薄手のとっくりを中に着た緩い着物姿に早変わり。

短めのコートが第一ボタンのみ留められた状態でマントのように羽織らされ、足元は先ほどまで履いていた草履ではなく下駄に変わりシックなデザインのボタンが足首のあたりについた足袋が足を覆っていた。


「これでばっちり。こっからは好きなのように動いていいわよ、終わりまで過ごせるくらいのお金は懐に入ってるから」

「は?いや。おい、ちょっと、」


 訳の分からないラムが妖精に待てよ、と呼びかけるよりも先に「さて、そろそろかしらね」と言って、現れた時と同じように忽然と妖精は姿を消してしまった。


 取り残されたラムの手は、虚しくも空を掴む。どうしたものかと何も掴めなかった手のひらを見つめ、少しばかり悩みはしたものの、物語で設定された性格にある“迷うより行動派”を遂行すべく、ラムは目の前に広がる馴染のない街へひとまず行ってみようも試みる。


 そうして、ラムは目先の坂を駆け降り、新たな一歩を踏み出した。


 しかし、ラムが自分で選んだ道のりを画面越しに静かに見つめていた議会室がいま現在、これまでに無いほど大騒ぎになっている事を主人公のラムは知りもしなかった。



16.03.03

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る