第16話
騒ぎによって、今回のレースは已む無く中止となった。勇者を加えた愉快な一団は場所を谷の所有する屋敷へと移すこととなる。
郁と勇者の彼女、ラムと貴族の彼とで畳が張られた和風のソファーに二人ずつ腰掛け、向き合う形となる。勇者はいつラムが逃げ出しても追い掛けられるよう、瞬時に走り出せるような体制を取っている。
「ほれ、茶だ。あんたは紅茶の方が良いよな?」
谷は用意してきた湯のみとお茶とを持って応接間へとやってきた。貴族の彼にはわざわざ紅茶一式を揃えを持ってきている。
「お気遣いありがとう。有り難く頂くよ」
彼は完璧な笑顔でそれを受け取る。
勇者の彼女が一瞬そちらに視線を移し、それに気付いた彼が満面の笑みを返すものの、すぐにラムの顔へ視線を戻してしまう。
「ずるいなぁ、君ばかり…」
「いや、こんな警戒心丸出しで見られても全然嬉しくないし全っ然落ち着けないから」
何故か落ち込んで見せる彼にラムは苦々しげな口調で即座に言葉を返した。
谷が湯のみへ順に茶を淹れる中、コホンと自分へ注意を引くよう勇者の彼女が咳払いをした。
「で、貴方が魔王でないと証明できる証拠や証言は?魔法の杖を持っていない、と言うだけでは隠している可能性もあるので証明としては希薄です」
「証明?証明か…うーん…」
「わたしは一刻もはやく、わたしの物語を終えたいんだ!」
何故か彼女は涙声になり、そう訴える。
貴族の彼は胸ポケットから清楚なハンカチを取り出しては彼女へと手渡し「一緒にこちらへ来た人は?」とラムに問いかける。
「残念ながら俺いっつも1人だったからなー…」
いや、森を出てすぐに妖精がいたな。
ラムは不意にそう思いついたものの、あの生き物は突然現れ突然消えたのだ。今、どこにいるかラムには検討もつかない。
「わたしは魔王を倒さねばならない」
考え込むラムを現実に引き戻すかのように勇者は語る。
「町の人々は町外れに捨てられていたわたしを魔王の隠し子ではないかと何故か疑っていた」
俯いた勇者はハンカチを握りしめポツリポツリと言葉を続ける。
「師匠の勇者が魔王を倒し、平和となったはずが、いつしか隣の村へ被害が出るようになった。それを解決すればきっと、やっと、わたしも笑顔でいられるはずなんだ」
勇者からの切実な訴えを聞き、自分はどうすべきか…、と真剣に悩みだしたラムの耳に「はぁ…」と溜め息が響く。
顔を上げると郁が足も腕も組み、見下すような目を勇者に向けて背もたれに寄りかかっていた。
「誤解させる理由があんた自身にもあったんじゃないの?」
心底めんどくさそうに郁はそう口を開く。
その一言にしょんぼりと項垂れていた勇者は顔を上げる。
「そんな事はな…いや、まぁ確かに女であるが剣術は町一番であったし、あらゆる面で妙に強すぎるとは言われはしたが…」
「あんたね、そんな目立つ行動してるのが悪いのよ。そんなに嫌なら町を出るなりすれば良かったじゃない」
「しかし委員会からの指示が、」
「指示通り動いてちゃ何も変えられない。多少強引になったって自分で切り開かなきゃ」
郁は杯を仰ぐように湯のみのお茶を一気に飲み込む。
ラーメンも同じようにほぼ一気飲み状態であったが郁は熱さを感じないのだろうか、とラムは無関係な事を考えだす。
「涙見せて女を武器に出来るんなら、そのカッコどうにかしなさいよ。可憐な少女の一面でも見せれば男共はそんな馬鹿げた噂話広めたりしないわ」
経験者は語る、とでも言うかの様に郁はそう言いのけた。
勇者の彼女は郁のその発言にムッとしたのか表情が変わり、即座に反論をする。
「これは勇者の正装、変える必要性はない」
「…あんた若いのに頭固いのね」
「歳相応の格好をしない貴女に言われたくはない」
「はぁ?あたしが年増だって言いたいの!?」
郁にとってその勇者の言葉はどうやら地雷であったたらしく、郁は途端に逆上する。剥き出しになった八重歯はいつの間にか鋭く尖り、電球の光を反射させギラリと怪しく光っていた。
「まーまー、おふたりさん落ち着けや」
谷はずずーっと音を立てお茶をすする。谷の言葉で「あたしより若くて小さくて可愛いからって…」と郁は尚も悔しげにブツクサと言いながらも腰を下ろし、気分を落ち着けようと努めている。
「流浪人が増えちまったってぇわけだな」
谷は勇者の彼女、そして貴族の彼にもチラリと視線を移しながらふう、と一息吐く。
「わたしは流浪人ではなく勇者…いや、まだ魔王を倒せていない身ではそう名乗れないな、見習い勇者のルチルだ」
「あんた宝石から名前取ってんの?はーっ、名前まで可愛いじゃない、羨ましい…」
「え、宝石?ルチルってのが?」
ラムは思った事をそのまま口にしてしまう。
「野暮な事聞かないで、金紅石の事よ」
野暮な事か?とラムは郁の冷淡な答えに感心しつつも首を撚らせていると、谷が小声で「思春期特有のを拗らせてるからな、日本語をカタカタにした単語は丸暗記してんだ」と教えてくれた。
ラムの隣では「可愛い」と勇者の彼女が何か発言する度にそう呟くため、黙らせる意味も込めてラムは彼の脇腹を軽く小突いた。
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