第22話

 手を見つめていたラムはようやっと立ち上がり“ラム”と同じように部屋を出る。すると。廊下には谷が待ち構えていた。

 谷はラムが部屋から出ると手元の本をポケットに、眼鏡を眉上から目元に戻しニッと微笑む。


「その面だとだいぶ緊張したみてぇだな。それともこれからのレースに緊張してやがんのか?」

「谷さんは、全部知ってたんですね」


 谷の質問を受け付けず、ラムは言いたい事だけ言いのける。諦めたような息を吐きだし、谷は言う。


「続編の話しあったろ。それが始まるにあたってな、レース終了後に俺とあいつは電車に乗り込むことになってんだ。郁が悲しむのは来るべきその時であって、まだ先だろ?」


 しかも泣かれると面倒だ、と片方の口元だけ釣り上げた顔で笑う。ラムが最初に会って以来、初めて見るような顔で彼は笑みを作った。


「大事なんですね、彼女が」


 谷のその表情から誰からも語られてはいないこれまでの物語をラムは想像し、独り言のように言葉を漏らす。


「まー家族みたいなもんだからな。どっちとも付き合いは長ぇし、あんま辛い場面にはお目見えしたくねぇもんだ」


 頭をガシガシと掻きながら今度は軽い調子で笑う。その谷の笑みに合わせて、ラムも同意を込めて笑っておいた。



「ラム!ちょっとどこに行ってたの?見てよ、ほら!」


 興奮気味にラムを呼び止める声がした。谷とラムは並んで上階から立ち去り、今しがた人の多い会場前に戻ったばかり。

 声の人物は、やはりと言うべきか、郁だった。


「ほらほらぁ。見てよ、やっぱり可愛いでしょ?」

「こ、こら!見せびらかす必要性はない、離せ!」


 ジタバタと暴れ恥ずかしがる彼女を郁はグイグイと前に押しやる。少々ガニ股なのが難点ではあるが郁の言う通り、あの服を着た勇者はそれらしく見え、大変可愛らしかった。

 無造作にまとめられていた髪は器用に三つ編みとなっており、綺麗なグリーンのリボンが結ばれている。

 後ろでは貴族の彼がしきりに写真を撮っていた。


 ラムは奥歯を噛み締め、決意の意を彼女に言う。


「このレースで俺が魔王でないと証明してみせよう」

「そうね、一着でよろしく。無様に落ちる演技は無用よ」


 勇者ではなく、何故か後ろの郁が冷淡に答える。


「あんた何言ってんだよ!それじゃ俺が魔王になっちま」

「おーいラム、お前さんそろそろ行かねぇと欠場扱いになっちまうぞ」


 遮られた谷の言葉に、げっ、と顔をしかめ「ちゃんと見てろよ!」とラムはもう一声付け足し彼女達に念を押す。

 そうしていざ走りだそうとするとラムの手を取った貴族の彼が一度静止させる。

 急な静止にラムは怪訝そうな顔で彼を見るが、当の本人は人当たりの良さそうなにこにことした表情をしている。


「あの龍は獰猛だろう?これ、もしも龍が噛み付きそうだったら食べさせると良いよ」


 ラムの手に押し付けられたのは袋で縛られた大きめのキャンディー。包装紙から見るにレモン味だと予想ができる。

 ラムが不思議そうに手のひらで転がしていると彼は口元に人差し指を立て、魅惑的な表情を作る。


「ほら、秘密兵器。カッコイイだろう?」


 ラムの心をくすぐる言葉の羅列に、彼に対して疑問も抱かずにラムは純粋に目を輝かせる。


「最終兵器…カッコイイ…そうだな!」

「客席で応援してるよ。気を付けて」

「おうよ!」


 緊張しつつも元気にそう返し、ラムは龍の元へと駆け出していった。


16.03.21

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