『掃除屋』の忠実な狂犬2


「……今と大して変わらねえな」

「そうなんですか」

 それだけ言うと、再び男は黙って運転に集中する。

「おい、お前も昔話の一つでも話したらどうだ」

「いやあ、あの……」

 しまった、というような表情をして、男は言葉を詰まらせる。

「人に聞いといて、自分は言わないなんて道理はないぞ。なあ、ユキ」

「ええ。スミちゃんの言う事は全部正しいわ」

「待て、アタシだって、間違う事はあるぞ?」

「そんな事は無いわ。だって私が全部正しくするもの」

「そんならいいか」

 ユキホの白い髪の毛を、ワシャワシャと撫でた。

「いいんですか……」

「どうせこいつに何言っても、考えを改めねえからな」

 スミナが肩を少しすくめて、男にそう言ったその時、

「! スミちゃん!」

 彼女に甘えていた黒い少女の目が、唐突に険しくなった。

「やれやれ、愉快なお友達のお出ましか……」

「ブレーキ踏みなさい」

 面倒くさそうにため息を吐くスミナを抱き寄せて、ユキホが男にそう指示を出す。

「はいっ?」

 状況を把握できていない彼は、間の抜けた声で聞き返す。

「ブレーキ」

「はひぃ!」

 ユキホのナイフがルームミラーに映って、驚いた彼はバンを急停車させる。

 すると、その数十メートル手前で、転がってきた手榴弾が爆発し、

「アクセル」

「ひええええ」

 男が半泣きで急発進すると、さっきまでバンが居たところで、もう一つ爆発した。

「何なんですかこれええええ! もういやだー! 自分何もしてないのにー!」

「死体運んでるじゃねえか」

「あぁ~」

 スミナがバケツを指さして言った短い言葉に、彼は深い深いため息を吐いた。

「止まりなさい。でないとあなたが死ぬわよ」

 既に手に得物を持ったユキホは、スライドドアのロックを外していた。

「あー、本当だー。道塞がれてるうううう!」

 進行方向の正面に、何台かの車を停めて作ったバリケードが見えた。

 アハハハハ、と泣きながら笑って怒る男は、ドリフトの要領で停車した。

「お前、器用だな……」

 なるべく低い姿勢で頭を抱えている男に、スミナはそう言った。それからユキホを先に行かせ、続いて自分もバンから降りた。

 似たような黒いスーツを着た十数人が、懐に手を突っ込んだまま、一定の距離をとって二人の前に横並びになっていた。

 その中から、リーダーっぽい男が出てきて、白い少女に銃口を向ける。

「貴――」

 出てきたのが女の子二人だったので、ぽい男は完全に舐めていた。

「断る」

「あはぁ」

 そんな彼にスミナはほぼ何も言わせずに断り、続いてユキホがリーダーっぽい男の首をはねた。

「……えー、あのー、『掃除屋』さん」

「なんだよおっさん」

 その頭がバウンドした瞬間に、副リーダーっぽい初老の男が、バンザイをして集団の中から出てきた。その薄くなった頭部から、汗がダラダラと流れていた。

「全てそいつが言い出した事です。私達は従っただけです」

「よし。帰れ」

「総員撤収!」

 スミナが許可を出すと、黒服グラサン達は迅速に車へと乗り込み、さっさと帰っていった。

「やれやれ、『社長』の野郎から手間賃むしり取るか……」

 スミナは、スミちゃんに銃向けるから悪いのよぉ、と言って、グラサンリーダーを挽肉に加工したユキホを呼びよせた。

「おいポリバケツ、サービス残業だ」

「『ポリッシャー』です! あとサービスは――」

「いいからやれ!」

 返り血が顔に付いていて、怖さが増したユキホが剣を振り上げる。

「はいはいはい! 分かりました!」

 やけくそ気味な男の視界に、本日二つ目の人肉ミンチが入った。

「って、またミンチィィィィ!?」

 将来禿げる絶対禿げる……、と、呪文の様に言いながら、涙目で男は赤い水たまりを処理した。


 『掃除屋』の社屋内にある大浴場で、白と黒の少女は同じシャワーブースに入ってシャワーを浴びていた。

「隣、空いてるだろ」

「いいじゃないの」

 白い少女のスミナの全身には、余すところなく無数の傷跡が付いている。その身体をユキホはじっと見て、一番見た目が酷い背中の傷に触れる。

「あなたを傷つけるものは、全部私が殺してあげるから」

「どうした? いきなり」

 シャワーを止めたスミナは、特に止めさせようとするわけでもなく、ただ単純に彼女へそう訊ねた。

「貴女への忠誠の誓いよ」

 ボディーソープをスポンジに出して泡立て、スミナの身体を洗う。

「それだと、お前がお前を殺す事になるぞ」

 一番大きいが、一番綺麗に治っている左腕の傷を見てから、彼女は脚を洗っているユキホを見下ろす。

「それでも良いわ、私は貴女を傷つけたのだから」

 お座りする犬の様に座ってスミナを見上げて、どこか違和感を覚える笑顔を浮かべる。

「よくねえよ」

「どうして?」

「言うまでもないだろ」

 スミナは真っ白なユキホの髪を乱暴になでる。 

 彼女の人との深い繋がりがあるのは、たった一人。自分を愛してくれるユキホだけだ。

 うなだれているスミナの表情は、彼女には見えなかった。

「そうね、私しか居ないものね」

 身体を洗い終えると、ユキホは高い方のフックにシャワーヘッドを掛け、それから湯を出した。

「分かったわ、それじゃあ止めておくわね」

「なんだよ、やけに素直じゃねえか」

 スミナは頭から湯を浴びて、身体に付いた泡を流す。

「忠犬は主人の嫌がる事はしないわ。それに、」

「それに?」

 後ろから包み込む様に、スミナを優しく抱きしめる。

「もうあの時みたいに、泣いてるあなたを見たくないもの」

「……アタシ、そんとき泣いてたか?」

「ええ」

 耳元でささやくユキホの顔を、横目でみてスミナが訊ねると、彼女はそう答えた。

「……前から思ってたけど、お前はアタシのこと、なんでも分かってるんだな」

 ユキホは手にシャンプーを出して少し泡立ててから、風呂イスに座ったスミナの頭皮をマッサージするように洗う。

「当たり前じゃない、あなたを愛しているもの」

「だろうと思った」

 目を閉じて、彼女はその身の一切をユキホに任せる。

 ややあって、

「……お前は、アタシの傍にずっと居て……、くれるか?」

 シャワーヘッドを手に持ったユキホが、頭髪の泡を洗い流した後、スミナは不意にそう訊ねた。

「当たり前じゃない。地の果てから底まで、貴女と一緒に居ると約束するわ」

「それは……、心強いな」

 トリートメントをスミナの黒いショートカットになじませているユキホは、鏡越しに彼女の目を見てそう言う。

「あら、貴女が笑うなんて珍しいわね」

 やっぱり凄く可愛いわ、とユキホは今日一番の笑顔を見せた。

「……どうやったら、お前みたいに笑えんだよ」

「そうねえ……。私には分からないわ」

「そうか」

「ええ」

 スミナは二人で一緒に居られることさえできれば、大概のことはどうでも良く、それはユキホも同様だった。


                  *


 いつか……、いつかあなたが、思うままに笑えますように……。

 その願いを込めて、黒いネグリジェを纏う少女は、安心しきった表情で眠る、白いシャツだけを纏っている少女の額にキスをする。

 そのためなら、どんな手だって使うわ。

 黒い少女の表情は、慈しむ女神と好戦的な武神が、混在しているようなものになっていた。

 それまでは、私が貴女の分まで笑うの。

 窓ガラスにうっすらと映る己の笑顔は、何かが致命的に欠落している感じがした。

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