蒼い薔薇の棘3

 予定の時刻よりも早く到着したジョウジは、集合場所の潰れたガソリンスタンドの裏に車を止めた。

 地面が砂利で覆われたそこで、既に来ていた紳士がレトロな車の外に出て、煙管でたばこを吹かしている。

「よう」

「やあ。1時間ぶりだね」

 窓を開けて彼に挨拶したジョウジは、その車の隣にシルバーのセダンを駐車させた。

 紳士とそれ以上は会話を交わさず、お互いに無言で待つこと40分、

 ……あの子、時間に間に合うのか?

 ジョウジは車でも50分の距離を、歩く、と言った、少女のことが気がかりになってきた。

「さすがに、後30分は厳しいよなぁ」

 そう独りごちてエンジンをかけたジョウジは、あの少女を逆ヒッチハイクするために山道を下り始めた。

 真っ暗な一本道を15分ほど走り、何台かの車とすれ違ったとき、

「おっ、いたいた」

 かなり足早に歩いている少女の姿が視界に入った。

「おーいお嬢さん。乗っていきなよ」

 彼女の真横に車を停車させたジョウジは、窓を開けて軽い感じでそう言った。

「……なぜ?」

 立ち止まった少女は、いかにも不快そうな声で彼に訊く。

「どう考えても間に合わないだろ?」

 ジョウジにそう言われて時刻を確認した彼女は、

「あっ……」

 自分の予想よりも、遥かに遅れていたことに気がついた。

「ほら、乗って」

「……」

 少女は少し逡巡しゅんじゅんしたが、仕方なく、といった様子で助手席に乗り込んだ。

 3回ほど切り返してUターンさせたジョウジは、少し飛ばし気味に元来た道を引き返す。


 時間まで、後5分ほどになったとき、

「……なぜ貴方は、私を気にかける?」

 ばつが悪そうな様子の少女は、運転席のジョウジにそう訊ねた。

「俺は、君みたいな子を放っておけないたちでね」

 彼は前方を見たまま、殺し屋らしくない柔らかな表情でそう答えた。

「ていっても、普段は孤児院に寄付するくらいしかしてねえけどな」

 彼が殺し屋稼業で稼いだ金は、大半をそのために使っている。

「……それと私は違う」

「そんなことねえよ」

「いいえ。――私は、純粋じゃないから」

 呻(うめ)くようにそう言う少女は俯いていて、どんな顔をしているのか分からなかった。

「赤ん坊じゃねえ限り、純粋な子供なんていねえよ」

「……」

 二人の間に再び沈黙が訪れると同時に、集合場所の目印である廃スタンドが見えた。


                    *


 ジョウジと少女集合地点に降り立つと、そこには既に二人を除く全員がそろっていた。

 少しして時間になると、各自、森で覆われたターゲットの別荘を目指して、木々の間を分け入っていったのだが、

「何のつもり?」

 ジョウジだけは少女と同じく、少し傾斜のある獣道を彼女の後に続いて進む。それは少し遠回りになる代わりに、見張りもかなり手薄になっていた。

「偶然同じ道なだけだよ」

 少女の疑問に答えたジョウジは、他意は無い、ということを彼女にアピールした。

「……」

 疑わしそうな目でジョウジをにらんでから、そう、とだけ言って少女は歩き始めた。

「ところでお嬢さん、なんでその若さでこの稼業に?」

 早足で進む彼女の後を同じ速度で歩きながら、世間話をするようにジョウジは訊ねる。

「……無駄話はやめて」

 一瞬だけ足を止めて振り返った少女は、かなりとげのある言い方をした。

「ごめんごめん」

 ナイフの切っ先を向けてくる彼女に、ジョウジは顔の前に手刀を作っていい加減な調子で謝る。

 その後は、しばらく静かにしていた彼だったが、一歩ごとに彼女から心の余裕が無くなっていくように思えた。

「ひゃん!?」

 素早く少女との間を詰めたジョウジは、そのうなじの辺りに息を吹きかけた。

 きょを突かれて驚いて振り返った彼女は、素早いバックステップでジョウジから離れる。

「……何?」

 骨の奥から非難のまなざしを向けてくる少女に対して、

「おつむは常にクールにな」

 ジョウジはイタズラ小僧のような顔でそう言った。

「にしても君って、結構かわいい声出すね?」

「……」

「マジでごめん――、って石を投げないで! 石を!」

 悪ふざけが過ぎる彼に、怒りを通り越して呆れてきた少女は、無言で足元の石ころをいくつも投げつける。

 ジョウジが飛んでくるそれを避けていると、甲高い銃声が森の中に響き渡った。

「誰か見つかったか?」

 それと同時に地面に伏せていた二人は、じゃれ合いを切り上げてそそくさと屋敷の方へと移動を開始した。

 目的地へと向かう途中、数発の銃声と誰かの断末魔が聞こえた。だが、いずれの音の発信源も、二人のいる位置からはかなり距離があった。

 そちらの方に敵の戦力が集中していたため、二人は苦も無く屋敷を囲う、3メートルほどの塀の裏口にたどり着いた。

 扉の前のいかつい黒服の守衛二人を仕留めると、

「よいしょっと」

 ジョウジはかぎ付きのロープを塀に引っかけ、軽業師のように登っていく。塀の上から頭を出している木を伝って、彼は地面に降りていった。

 彼が手助けのつもりで放置していったロープを、少女は若干不満そうな様子で見る。

「……」

 あえて別の方法をとるまでもないので、彼女もそれを使って侵入した。

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