星海の船2
「ゲームでも博打はつまらねえもんだな」
「面白くない位がちょうど良いのよ」
大浴場の湯船に浸かりながらスミナは、じっと外を見ているアイリに言った。
「スミちゃん好き……」
「知ってる」
うっとりとしているユキホは己の脚の間に座る、スミナを優しく抱きしめる。
「……空を飛んでるみたいね」
浴槽から身を乗り出して、マジックミラー仕掛けの窓に近づくアイリ。
「アイリ。見えないとはいえ、そうやるのは良くない」
水着姿で出入り口付近に居るタケヒロが窘めると、アイリは若干不服そうに窓から離れた。
「……にしてもやけに平穏だよな」
「そういえばそうね」
二人の場合、何か有るなら有るで面倒だが、無いなら無いでどことなく不吉なのだ。
「たまにはそういうことも有るのだろう」
「平穏に越したことは無いわ、スミちゃん」
タケヒロに続いてそう言ったユキホは、スミナの無い乳を撫でようとして、彼女からエルボーを喰らう。
「とか言ってたら何かあったりしてな」
冗談めかしてそう言い、彼女は顔を湯ですすぐ。
「フラグ立てるのやめてよね……」
その後、本当に何事もなく無事に夜を迎えた。
*
「わざわざ何の用だハゲ」
「寝たいんですけど私」
四人は『社長』にラウンジへ来るよう呼び出された。
「景品の送料ぐらい自分で払ったらどうだ!」
二人は勝手に領収書を切って、それを経費で落としていた。
「そんな事かよ。ケチだな」
大変不満そうなスミナは、隣に座るユキホに身体を預ける。
「お前らのせいで費用がカツカツなんだよ!」
ルームサービスで勝手に高級料理を注文されて、怒り心頭の『社長』はそうぶちキレる。
「ヘイヘイ、スイマセンデシター」
耳を塞いでいるスミナは、適当な調子で『社長』の苦情を受け流す。
「反省の色ぐらい見せたらどうだ……」
「そんな色アタシのパレットにはねえ!」
「いけしゃあしゃあと貴様……」
肘をついて小馬鹿にしたように言い放つ彼女。あきれ果てて物も言えない『社長』に、秘書が胃薬と水を手渡した。
「給料から引いとくからなお前ら」
それを服用してからそう言い、席を立ったタイミングで、
「私が出ます」
部屋にある電話が鳴った。
秘書が受話器を取ってから『社長』に代わった。
「……」
急に顔面蒼白となった彼の様子を見て、ユキホがオンフックボタンを押した。
『あー、急で悪いが、その船に強盗5~6人が乗ってるから、そっちで捌いてくれ。そいつ等船内ミュージアムの絵が欲しいんだと』
こっちの『兵隊』は出せないからシクヨロー、と軽い感じで言って電話を切った。
「やっぱり裏があったじゃねえかハゲ!」
スミナは『社長』につかみかかって、烈火のごとく怒り、
「もう……、こんなのばっかりじゃないの……」
アイリは頭を抱えてそう呻く。
「私だって知らなかったのにどうしろと!」
後、禿げてねえからな! と文句を垂れるスミナに反論する。
「あの……、社長、ご指示を」
恐る恐る会話に割って入る秘書。
「一般社員の安全確保を最優先だ。盗人共の処理はこっちで考える」
それを聞いた彼女は早速、管理職級が止まる部屋に内線をかけ始める。
「実質3.03人でどうしろと……」
「その小数点はなんだ」
「お前ら二人と私に決まってるだろ」
腕を組んでうろつく『社長』は、ゲンナリした顔でそう答える。
「そんなに低くないわよ」
評価の低さに不服を申し立てるアイリは、
「チャカもって一般人以下なのにか?」
「……」
バッサリとそう切り捨てられて黙り込む。
「ユキとそこのデカイ迷彩でバラせばいいだろ」
タケヒロよ! とスミナの適当な呼び方を訂正するアイリ。スミナは面倒くさそうに、うるせえな、誰かわかりゃいいんだよ、と言い返す。
「手前らはB級映画のセットでも作る気か!」
『社長』の猛反対にあって、スミナの案は却下された。
「じゃあどうしろってんだこのクソハゲ!」
「禿げてねえっつってんだろクソガキ!」
もう単なる罵り合いになった二人の間に、
「あの……、よろしいでしょうか」
またもや秘書が話に割って入る。
「どうした」
水を掛けられた二人は彼女の方を見る。
「あっ、はい。犯人達を1カ所に集めて、ガスで眠らせれば良いのでは」
「んなもんどこにあるんだ乳メガネ」
「乳メガッ!?」
メガネの位置を直してそう言った秘書に、容赦無い発言をかますスミナ。
「何セクハラしてるのよ……」
まだ少し顔が紅い秘書は、気を取り直して、
「……暴徒鎮圧用に装備していると、これに……」
手に持っていたバインダーを『社長』に渡してそう言った。開いたファイルを全員でのぞき込む。
「確かに書いてあるわね」
「よくやった! それで行こう!」
先程まで、散々もめていたのにも関わらず、あっさりと方針が決定した。
*
「やけに警備が手薄だよな?」
「面倒がなくて良いだろ」
「弾代もバカにならないしな」
ぞろぞろと強盗達は、ミュージアムへの通路を歩いて行く。照明を落としてあるので、ライトが無いと先はほぼ見えない。
「おい、物がねえぞ?」
全員がミュージアムに入った所で、目的の絵画がないのに気がつく。
「くっそ! ハメられた!」
それに気がついた頃には、もはや手遅れだった。
「良い眠りを」
タケヒロはそれだけ言って、缶のような物を放り込んで防火扉を閉める。
「おい毒ガスじゃねえのこれ!?」
「自首するから助けてええええ!」
「お家帰りたい……」
しばらく防火扉を連打していた強盗達だったが、夢の中へと全員仲良く行く事になった。
「よし全員居るな」
「バラす手間が省けたわね」
ユキホとタケヒロが窓を全開にしてから、主人二人はガスマスクを外した。
簡単に捕まった哀れな強盗達は、GPSが付いたゴムボートで海に流された。
「全く、旅行なんざ行くもんじゃねえな」
「そうね……」
流されていくそれを見送りながら、そうぼやくスミナとアイリ。
「ユキ」
「はーい」
歩くのが面倒くさかったスミナは、ユキホに自分を部屋まで運ばせる。
「アイリは、戻らないのか?」
白黒コンビが去ってから、タケヒロは欄干に身を預け、街の明かりを眺めている彼女に訊く。
「もうしばらく、ここに居るわ」
「そうか」
そう答えたアイリの隣にタケヒロが立つ。ネグリジェの裾が、ぬるいそよ風にはためいた。
「私の知らない事は、まだたくさんあるのよね」
タケヒロのその大きな身体に、アイリは自分の身体をくっつける。
「そうだな」
そう言ってタケヒロは、彼女の細い背中に腕をまわした。普段から少し高い体温が、腕から伝わってくる。
「アイリは、幸せだけを知っていれば良い」
アイリにとっての不幸は――、私が全力で潰す。
「じゃあ、私にもっとそれを教えてもらえる?」
顔を少し紅くしたアイリは、タケヒロを見上げて笑う。それだけは、二人が出会った頃と何も変わらない。
「ああ、勿論だ」
彼はそう言って、長い前髪から覗く黄土色の瞳を細めた。
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