蒼い薔薇の棘1

 『掃除屋』の『社長』は、会社の仕事納めである年末の28日、社員全員に社屋の掃除を命じた。

「あー、面倒くさ……」

 その手前、自分が居住する最上階フロアも、『社長』自ら大掃除することになった。

「あのガキ共め……、こんちきしょう……」

 『社長』はぼそぼそと文句を言いながら、玄関を入って右側にある、天井の低い物置を整理していた。

 中に詰め込まれていた大量のガラクタが、その出入り口周辺にいくつも無造作に置かれている。

『社長』ジョウジさん、私も手伝いましょうか?」

 その様子を見て、『社長』の秘書をしているアオイは、そう言って手にしているタオルを汗だくの彼に手渡した。

「台所は?」

 『社長』はそれを受け取って礼を言い、背後にいる彼女にそう訊いた。二人とも『掃除屋』の表向き用のロゴが、背に入った作業着を着ている。

「終わりました」

「お、そうか」

 じゃあそこのガラクタを、ゴミとそれ以外に仕分けしてくれ、と『社長』はアオイに指示を出して物置の奥へと入っていく。

「はい、承知しました」

 二つ返事で了承した彼女は、眼鏡の位置を人差し指で直し、台所へゴミ袋が入ったビニール袋を取りに行く。

「何だこの汚い箱?」

 その間に荷物の下から発見した汚れた古い段ボールを、『社長』は物置の逆サイドの壁際に置いた。

「それにしても、たった2~3年で散らかるものですね……」

 ゴミ袋が入ったビニール袋を手に帰ってきたアオイは、そう言って塊たちの隙間に座った。

スミナとアイリあのチビ二人が不要品を入れに来るから余計な」

 ゴミ捨て場じゃねえっての、とぼやく『社長』は、首のとれた扇風機をアオイに手渡し、さっきの段ボールの横に置かせた。

「あ、だからあの子達、よく出入りしてたんですね」

 スミナ達の行動が腑に落ちたアオイは、なるほど、とつぶやいて折れたモップの柄を袋に入れた。

「いや、なるほどじゃねえよ。気がついてたなら止めてくれよ」

 中でずっこけそうになった『社長』は、物置から出てきて彼女にそう言った。

「す、すいません!」

 そう言われて頭を下げたアオイが、あまりにもションボリしているので、

「……次からは、俺にすぐ言えよ」

 『社長』は彼女の肩に手を置いて、不器用だが優しげにそう言った。

「あっ、はいっ!」

 アオイは一度ビクっとした後、肌が耳まで朱に染まっていく。

「……」

「な、何でしょう?」

 『社長』は彼女の肩に手を置いたまま、表情を変えずにその様子をじっと眺める。

「何でもねえよ」

 『社長』はそう言うと、何事もなかったかのように整理に戻った。

「はあ……」

 その行動の意図がくみ取れず、アオイは目をしばたたかせてしばし放心していた。

 ややあって。

 気を取り直したアオイが、古着をきれいなものと、それ以外とを分別していると、

「……」

 『社長』はそう言って奥の方で発見した、壊れたハンディーマッサージ機を、無言のまましかめっ面でゴミ袋にぶち込んだ。

「あいつら、どこからこんな知恵仕入れたんだよ……」

 ヘンな物に手を出す前に、天谷あまやの先生に教えてもらわせようか、と、引き続きぼそぼそぼやきつつ、彼は向かって左側のアルミラックのトレーを引っ張り出す。

「ジョウジさんは、あの子達のお父さんみたいですね」

 あのくらいの若い娘は良く分からん、と言う『社長』に、アオイは眼鏡の奥から暖かい目線を彼に送った。

 食費などの生活費に惜しみなく予算をつぎ込むなど、何だかんだ言いつつ彼は彼女らのことを、自分の子のように大切にしている。

「何言ってんだアオイ。いくら年頃だつっても、もうちょいかわいいだろが」

 あんな守銭奴共が娘とか冗談じゃねえ、と、『社長』は耳を赤くして、明らかにそれと分かる反応をした。

「ふふ、素直じゃないですね」

「うるせえ」

 その様子を見てにこやかにそう言ったアオイに、『社長』は彼女の額にデコピンを食らわせた。

 ちょうどそのとき、

「――あっ」

 ノックもなしにスミナが、玄関のドアを開けて中に入ってきた。その後ろには、背もたれが壊れた座椅子を担いだユキホがいる。

「やべえ! 逃げるぞユキホ!」

「はいはーい」

 にこやかにそう返事したユキホは、その辺に座椅子を放り出し、スミナを小脇に抱えると、猛ダッシュでその場から逃げ出した。

「待てゴラァアアアア!」

 『社長』はトレーをアオイに手渡し、その後を美しいストライドで追いかける。

「待てと言われて待つ馬鹿はいねーよ!」

「運ばれてるくせに偉そうに言うな!」

 三人が廊下のコーナーを曲がって、その姿が見えなくなった所でドアが閉まった。

 ……楽しそうで何よりです。

 その様子を苦笑いしつつ見送ったアオイは、『社長』の代わりに荷物の整理を再開しようとすると、

「おや?」

 さっき彼が運び出した段ボールが、アオイの目についた。

 何でしょう、これは?

 彼女はその前に屈みこみ、ふたを開けて中をのぞき込む。

「……懐かしいですね」

 これ、まだとってあったんですね、ジョウジさん……。

 その中に入っていたのは、肉食獣の頭蓋骨の形をしたかぶり物だった。その右側頭部には、大きくひびが入っている。

 なんとなく、それを被ってみたくなったアオイは、眼鏡を外してそれを手にとった。

 ……これはもう、被らないって約束しましたね。ジョウジさん。

 だが、途中で考え直したアオイは、かぶり物を元の箱に戻してふたを閉めた。

「さてと。あの人が帰ってくるまでに、少しは進めなきゃですね」

 自分に言い聞かせる様にそう言った彼女は、昔に『社長』からもらった、銀色で下縁の眼鏡をかけ直した。

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